『エルフの隠れ里』
タキメノの屋敷を朝日が照らし始めた頃。
ミドラーの私室に置かれた水晶に、セリア王国にいるガルフの顔が映った。
「おぉ! ナミラくん! 無事だったか!」
「えぇ、水界のミドラーに助けてもらいました。ガルフ様の手土産のおかげです」
「やっほー、ガルフ元気〜?」
わざとらしくナミラの腕にしがみつき、ミドラーが赤らんだ顔で手を振る。
「相変わらずじゃの、お前は」
「ガルフ様、状況をお伝えします」
「うむ、頼む」
ナミラは自身の置かれた状況を話した。
ガオラン、アーリ、レイミも顔を出し軽いお辞儀の自己紹介を終えると、今度はガルフが口を開いた。
「そちらで確認しておる通り、すでに我が国はタマガン、レッド、ダーカメの連合軍に宣戦布告を受けた。戦の準備をしておるが、如何せん戦力が足らん。シュウ殿はもちろんじゃが、モモやテーベ村騎士団にも出てもらわざるを得ない……すまん」
「いえ、ガルフ様のせいではありませんよ」
出かけた言葉を、ナミラは飲み込んだ。
本人はノリノリだろうが、ダンたちが戦場に立つことには抵抗があった。しかし、疲弊したセリア王国の戦力を考えると、文句は言えない。
「周辺の同盟国は?」
「こちらの書簡にはだんまりじゃ。連合が裏で糸を引いとるんじゃろう。王子らも結界のために残すし、どうやっても数がな……」
「あ、あの、雷迅のガルフ様が出られれば良いのでは?」
レイミがおずおずと手を上げた。
「それはダメなんだよ〜」
ミドラーのゆったりとした声が否定する。
「賢者にも制約と誓約があってね〜。やっちゃダメなことがあるんだよ〜。戦争に参加するなんて、一番の御法度だからね〜」
「うむ……申し訳ない」
悔しさと罪悪感が、顔の皺を深く刻む。
「まだ賢者ではないモモは戦える。じゃが賢者塔に籍を置く以上、超天魔法は秘匿のために使用を許可されん。誰かしらの使い魔に妨害を受けるはずじゃ」
「そうですか……魔族たちに救援は送りましたか?」
ガルフは苦笑いで首を振った。
「ルイベンゼン王が頑としてやらんでの。恩につけこむようなマネは、絶対にせんと」
「陛下らしいですね」
ナミラも苦笑する。
魔族たちは声をかければ喜んで力を貸すだろう。しかし、今は建国に反対する国々を相手にしており、内政も整っていない。今後を考えれば、自国の問題に集中するべきである。そのことを王は理解し、尊重した。ナミラの中の魔族たちが、獅子王の器に感謝の念を抱いた。
「……あと可能性があるとすれば、エルフですね」
出てきた自分の種族に、ミドラーが首を振った。
「うーん、それは難しいんじゃないかなぁ? 帝国のエルフたちが、北の防衛戦で力を貸したのは聞いてるよ? でも、今はボクみたいなハグレ者以外、隠れ里に籠もってるんだよ」
「隠れ里?」
アーリが首をかしげた。
となりのガオランは腕を組んで立ってはいるが、難しい話について行けずにそわそわしている。
「北の森が消滅しちゃったからね〜。今後のことを、百年くらいかけて話し合うみたいだよ?」
「ひゃ、百年?」
「そりゃ都合がいい。老齢なエルフがいたほうが話しやすいからな」
素っ頓狂な声を上げたレイミとは反対に、ナミラは不敵な笑みを浮かべた。
「どういうことじゃ?」
「かつて古代文明に最後まで抵抗したのは、エルフ族だったんです。今のダーカメ連合を知れば、思うところはあるかと。隠れ里の場所も、なんとかなると思います」
「えぇ! ボクですら具体的なとこ知らないんだよ!? さすがお師匠〜!」
「お、お師匠じゃと?」
抱きつくミドラーに、ガルフが困惑した視線を向けた。
「と、とにかく! 援軍はこっちに任せてください!」
「承知した。恐らく、決戦の地はセキガの草原になるじゃろう。開戦は……長くても半月後には」
「分かりました。それと、そろそろシュラに引き継いだものが出来てるはずです。いっしょに連れて行ってください。かなりの戦力になるかと」
「あー、あれか。いや、儂も見たし性能は素晴らしいとは思うが……どうにかならんかったんか?」
「あの変化は《《本人》》の意思ですよ。途中からあんなんでしたもん」
少しばかりの笑顔を交わし、二人は向き合った。
「では、また会おう。必ず、セリア王国で」
「はい。みんなによろしく伝えてください」
通信が途切れると、ナミラは早速これからのことを四人に話した。
「話に出たように、俺はエルフの隠れ里に行く。レイミさんはここに残ってください。ミドラー、あとを頼んでいいかな?」
「もちろんさ、お師匠。きみたちの魔力の波長は解析済みだからね。連合のれーだー? っても、ここにいるように誤魔化せると思うよ〜」
ただの酔っぱらいではないところを見せ、ミドラーはたわわな胸を張った。
「僕は……行っても足手まといだろう。言う通りにする。でも、約束してくれ。必ず帰って、レイジ兄さんについて教えてくれるって」
「あぁ……約束するよ」
ナミラと同時に、魂の中で兄であるレイジ・ベアが頷いた。
「ガオランとアーリは」
「いっしょに行くぞ!」
「行くよ!」
続く言葉を遮って、二人はまっすぐな視線を向けた。
「本当にいいんだな? 特にアーリは、エルフの里にドワーフが行くことがどんな意味を持つのか、分かっているんだよな?」
胸を突くようなナミラ言葉。
しかし、アーリの決意は確固たるものだった。
「分かってる。ドワーフは先祖代々エルフと仲が悪い。隠れ里なんかに姿を見せたら、その瞬間に襲われてもおかしくないよ。でも……お父さんの想いを無駄にはしない。ぼくは、大戦士グリの息子なんだから!」
儚げな美少年の印象を覆す、強く熱い瞳。
アーリの覚悟が、その場にいた全員に伝わった。
「アタシも! 父ちゃんの分までやってやる!」
牙を剥き出し尻尾を立てて、ガオランも高らかに吠えた。
「分かった。二人共、いっしょに来てくれ」
「「応!」」
気合いの入った声に賢者塔が部屋が震え、何冊かの本が落ちた。
「それじゃあ、善は急げだね〜。魔法で出してあげるよ。ダーカメには秘密だけど、アブダンティアの外ならギリギリ届くから。あ、そこの旅人の服使っていいよ〜」
「助かる。なら、南西の方角に。小国ビピンに続く街道、いけるか?」
「いけますよ〜。お師匠、また美味しいお酒、教えてくださいね〜?」
ミドラーが胸を押し付け、頬にキスマークを付けた。
「わ、分かったよ。じゃ、よろしく頼む」
「三人共、気をつけて。レイイチ……兄さんのことは、僕が見張っておく」
レイミに親指を立て、三人は部屋の中央に並んだ。
「『改造術式展開 座標指定 障害なし 水縛の牢獄』」
ナミラたちを、再び水の牢獄が包む。
「では、いってらっしゃ~い。じゃ、レイミくん。お師匠の作ってくれたお酒、ボクが再現してみせるから味見してよ」
「え、全部ですか!?」
最後に聞こえた声は、レイミの悲痛な叫びだった。
吸い込まれる感覚と息苦しさのあと、三人は朝日の眩しさに目を細めた。
「すげぇ! 本当に外に」
「しっ! 静かに! どうやら街道脇の雑木林みたいだ。だが、警戒を怠るなよ。連合は俺たちを探してるんだ」
ガオランの元気な声をナミラが制止し、アーリが口を塞いだ。
「わ、悪い」
「そ、それでこれからどうするの?」
身を潜め小声で話す。
「このままビピンに向かう。今は首都だけの小さな国だから、抜けるのは簡単だ。その先に広がる、オレへインの森が目的地だ」
枝葉の間から、そっと先を伺う。
人気はなく、ゴーレムや遠隔の監視も見当たらない。
「よし。このまま雑木林を進んで、途切れたところで街道に出よう。そこからは、旅人のフリをして行く」
「了解」
「なぁなぁ、二人共!」
神妙な面持ちのナミラとアーリ。
しかし、ガオランは声こそ小さいものの、興奮を隠せない様子だった。
「冒険みたいで、ちょっとわくわくするな!」
明るい少女の笑顔に、ナミラたちの緊張もほぐれていった。
三人は思わず始まった冒険の旅路を進む。
遥か彼方の背後では、戦火を孕んだ黒雲が広がりつつあった。