『三ツ目が押し通る』
「うおおおおおお!」
闇夜に薄っすらと浮かぶ美しい花々を、火器の光が花火のように照らす。
鉛の弾丸はたった一人の命を奪うため、暗闇の中を飛んだ。
「な、なんで……」
十人による一斉掃射。
鋼鉄も鉄くずに変える雨あられの中で、若いベリアルが叫ぶ。
「なんで死なねぇんだよおおおおお!」
たしかに弾は当たっている。
だが、着弾点には必ず白い手袋が待ち構え、握り潰し、足元にパラパラと落としていた。
「うーむ。初めて見る武器ですが、なかなかに強力」
銃声が響く庭の中心で、シャラクが他人事のように呟いた。
「しかし、弓矢のような命中精度はないようですねぇ。弾道と言うのでしょうか、それなりにブレる。せっかく修繕したお庭が、また壊れてしまいます」
第三の目が怪しく光る。
闇の中に狙いを定め、手の中に貯めた弾丸を指で弾いた。
「ごっ!」
「ぐあっ!」
銃と変わらぬ速さで飛び、二人の脳天を貫く。
「くっ!」
しかし、他の者は咄嗟に愛銃で防ぎ直撃を免れた。
「やられたのは……うちの二人か」
右腕部隊の隊長が口を開く。
「魔人と言ったか、ご老体。力の源はその目か」
「いかにも。皆様の武器もそれなりに速いですが、この三ツ目で見切れぬものではありません」
態度はへりくだりながら、シャラクの表情は自慢気だった。
「そうか……なら、こうすればいいな!」
隊長の上げた右腕を合図に、閃光玉が投げ込まれる。
「ぬっ!」
炸裂した眩い光は、シャラクを中心に昼間の明るさを召喚した。
「ふっ!」
同時に、生き残った右腕部隊の三人が襲いかかった。
暗殺部隊ベリアルにおいて、全部隊最強の人員で構成され、指揮を任せられるのがこの右腕部隊。
最小限の動きで、確実に獲物を狙う。
握る暗器には、魔物も仕留める毒が塗られ、かすっただけでも致命傷となる。
「甘い」
反応し、跳び退いたのは隊長だけだった。
「ぐごっ!」
「ぎい!」
他の二人はそのまま斬りかかり、短い悲鳴を上げた。
閃光が消えたあとには、変わらぬ姿勢で立つシャラクと首を折られた二人の死体だった。
「……視界は遮った。近づく音もなかったはずだ」
「はい、鮮やかな奇襲見事でございました。ですが、目が眩むのは以前の私。力を取り戻した今、チャチな光ごときで不覚を取りませんよ」
にっこりと微笑む姿は、癒やしではなく恐怖を与えた。
「……左脚部隊」
無線で周囲の生き残りに声をかける。
「準備はいいな?」
「は、はい! いきます!」
周囲を囲んだ五人が、同時に印を結んだ。
紅のオーラが五芒星を作り出し、禍々しい力がシャラクを包む。
「これは……呪いですか」
「左様。殺しの術はなにも肉体のみではない。ベリアルには、この道のスペシャリストもおるのだ」
他に比べて若く、実戦経験も乏しい若者で構成された左脚部隊。
しかし、その真価は呪術で発揮される。
女を知らぬ無垢な少年が集められ、その身に人の業と怨嗟で満たす。頭であるレイイチに「最も恐ろしい部隊」と言わしめたほどである。
「我らベリアル左脚部隊。貴方を殺します!」
強まる光の中から、老若男女の重なる悲鳴が聞こえた。
「「喝っ!」」
次の瞬間、均等に並べられた石畳に大量の血が流れた。
「がぼばがばあ!」
「ぐべぁがびば!」
「ごぼぼぼぼばあ!」
「おぼごばぼごお!」
血を吐いたのは四人の左脚部隊。
白目を剥き、血の涙を流し、赤黒い血が滝のように吐き出される。内蔵が骨とともに体内ですり潰され、それすら吐き出すと少年たちは醜い皮と化し、絶命した。
「ひいぃぃぃぃぃぃ!」
左脚の隊長である生き残った少年が、仲間の死に取り乱す。
「な、なにをした!」
「我が三ツ目の暗示です。その呪法陣は強力ですが、相手を見ていなければならない。彼らの目に映る私を、お友達の姿に変えてあげたのです」
「じゃ、じゃあ、なんで僕は……」
震えながら、覆面から出た口元に笑みが浮かぶ。
自分だけは助かる、見逃してもらえるという期待がにじみ出ていた。
「おや、呪いのスペシャリストではなかったのですか? 貴方たちの呪いは失敗しました。ともすれば、起きることはひとつなのでは?」
少年に冷や汗が流れる。
「呪詛……返し……」
口から、鼻から、目から、耳から、おどろおどろしい黒が溢れる。
呪うために生まれ呪うために生きた人間が、その身に背負った末路。
溜まり溜まった怨みの果て。
巡り巡った因果の終焉。
汚した血肉と奪った命が今、復讐のときを得た。
「gぢゅsjhsぐやyjsbvgzfhf?っkgbdじゅdhhsぎいqjsjsづえxxxxxxx!!」
およそ生き物から発することのできない音の反響。
のたうち回り苦しみ狂う姿は、断末魔と呼ぶにはあまりに酷い死に様であった。
「き、貴様! まだ年端もいかぬ子どもだぞ!?」
右腕部隊の隊長が、思わずシャラクに怒鳴る。
「……それがどうした」
執事とは思えぬ冷徹な目。
歴戦の暗殺者が、思わず身震いする。
「かつて、彼より幼い魔族が何人も汚され、殺されていった。人間に憎しみはあれど、かける情など微塵もない。我らが心を開くとすれば、タキメノ家の皆様とセリア王家。そして、彼らが信を置く者たちのみ。だが、他は下水のゴミにも劣る。ましてや屋敷に入り込んだ不届き者など! 死以外の末路などあり得ぬ!!」
一人生き残ったベリアルは、溢れ出た魔力に目を見開いた。
生き物としての格の違い。
最弱の種族と蔑んできた者が纏う強者の力に、戸惑いと恐怖が襲いかかる。
「……失礼。つい、熱くなってしまいましたな」
魔力の風で乱れた襟を正し、シャラクは軽く咳き込んだ。
「本気にならねばいけないようだな」
暗殺集団ベリアル唯一の生き残りとなった男は、足元で苦しみ続ける戦友にナイフを投げ命を断った。
「それが貴方の情ですかな? 苦しみから解放してやろうと。それとも、本気とやらに巻き込みたくなかったのですかな?」
「いいや」
覆面を脱ぎ捨て、大きな口で笑みを浮かべる。
勝利を確信した余裕の笑みを。
「俺の駒になってもらうためさ!」
暗き夜闇の中にあって、さらに深く混沌とした闇が生まれる。
それは隊長の影から広がり、タキメノ屋敷を包んだ。
「……これは」
「ギャハハハハハハ! 頭に人員は大切にしろと言われなきゃ、これで終わってんだよ! さぁ、起きろてめぇら!」
屋根、廊下、庭に倒れたベリアルの死体たちが闇に呑まれ、立体の人影となって立ち上がる。
無くした部位も元に戻り、再び殺意をその身に宿した。
「これが俺のギフト『影人』だぁ!」
シャラクは周囲と他の状況を見渡した。
メイドたちが不覚を取るとは思えないが、影は生前よりも遥かに強いことが分かる。屋敷や寝室のファラへの被害を考えると、無事では済まないだろう。
「仕方ない。数百年ぶりにやってみますか」
呼吸を整え両目を閉じる。
しかし、瞳孔の開いた額の三ツ目だけは敵を見据えたままだった。
「魔眼発動」
膨大な魔力が瞳に集束し、力を与える。
「深淵より覗き見る眼」
技の隠された根源を見つけ、現象を解明し、白日の下に晒す力。
如何に唯一無二のギフトであっても、モモのように潜在的なものでなければ、発動には条件が伴う。
この場合は死体と闇。
死体がなければ発動できず、闇が触れなければただの屍。
その繋がった結び目を、魔眼は破壊する。
「ぐわあっ!」
魔力の波動に黒き力が弾かれる。
屋根の上でも、廊下でも、庭でも。
風に飛ばされる木の葉のように、抗う間もなく消え去った。
「な……なに、が」
「ふぅ、久しぶりでしたが上手くやれましたな。私もまだまだ若い者には負けないということですね」
三つの瞳が、残った来客を見つめる。
「では、そろそろお引取りくださいませ」
暗殺者ベリアル最強と呼ばれ、右腕部隊隊長にまで成り上がった男。
その胸をシャラクの腕が貫いた。
「ごはあっ!」
なにも反応できなかった。
それほど速く、鋭く、正確な一撃だった。
「むっ?」
しかし、血と共に漏れ出るのは笑い。
勝機を掴んだ、喜びの声だった。
「気でも触れましたかな?」
「わ、我らは連合の闇を司る者。すべてに優先されるべきは………任務、だ」
男の体が、ドロリと溶けた。
「これは」
「影人の能力は一つに非ず。さらばだ、三ツ目の魔人よ。この、借りは必ず、返すぞ……」
染みができた石畳をシャラクは踏み砕いたが、トドメを刺すことは叶わなかった。
「まさか……奥様のところへ向かったか!」
三ツ目の能力で動向を探ると、ファラが眠る寝室近くに気配を感じた。
「原理は分からんが、一瞬であそこまで」
敵ながら関心と言った表情は、すぐさま憐れみへと変わった。
「ここで殺されていたほうがよかったでしょうな。私が全力で飛べば間に合いますが、扉は開いてしまう……私も命は惜しい。その向こうの地獄にお任せするとしましょう」
ため息混じりに首を振り、シャラクは寝室の窓を見つめた。
「よし! このままファラ・タキメノを!」
男は喜びに満ち溢れていた。
強者を出し抜き、尊敬するレイイチ・ベアから受けた任務を遂行できる。
これ以上ない達成感に、涙さえ流しそうになっていた。
「俺が最強のベリアルだ! 俺が、俺だけが!」
寝室の扉を開け放つ。
次の瞬間、目の前が光に包まれた。
四色の神々しい光に。
なにが起こっているのか理解できなかった。
自分がどこにいるのか、なにをしているのか、どうなったのか、分からない。
あらゆる思考が鈍くなっている。
どこでもないたった一人の空間で。
風に攫われ、炎に焼かれ、水に呑まれ、土に潰され続けている。
死ねない、死ぬことを許されない。
きっと大いなる存在を怒らせてしまった。
触れてはいけない禁忌に触れた。
しかし、あぁ、なのに、あぁ、なんで、あー、苦しい、痛い、あーあー、自分ガ、あージブンであーナクナるアーAAA。
「aーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
誰にも届かない声が流れた。
圧縮された空間に一人閉じ込められ、四つの意思が気の済むまで拷問を受ける地獄の末路。
「あれ? 誰か来ましたぁ?」
寝惚けたファラが体を起こし、虚空に向かって呟いた。
「いえ、誰も」
「静かなもんですぜ」
「さ、ファラさん。お休みください」
「また明日、珍しい果実を持ってきますからな」
姿は見えぬが声はした。
他の人間ならひれ伏す圧力の中で、ファラはのんびりと「おやすみなさ〜い」と仰向けに寝ろ転んだ。
「「我ら四大精霊王が貴女を護ります。良き夢を」」
タキメノの屋敷に静かな夜が戻ってきた。