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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『三ツ目が押し通る』

「うおおおおおお!」


 闇夜に薄っすらと浮かぶ美しい花々を、火器の光が花火のように照らす。

 鉛の弾丸はたった一人の命を奪うため、暗闇の中を飛んだ。


「な、なんで……」


 十人による一斉掃射。

 鋼鉄も鉄くずに変える雨あられの中で、若いベリアルが叫ぶ。


「なんで死なねぇんだよおおおおお!」


 たしかに弾は当たっている。

 だが、着弾点には必ず白い手袋が待ち構え、握り潰し、足元にパラパラと落としていた。


「うーむ。初めて見る武器ですが、なかなかに強力」


 銃声が響く庭の中心で、シャラクが他人事のように呟いた。


「しかし、弓矢のような命中精度はないようですねぇ。弾道と言うのでしょうか、それなりにブレる。せっかく修繕したお庭が、また壊れてしまいます」


 第三の目が怪しく光る。

 闇の中に狙いを定め、手の中に貯めた弾丸を指で弾いた。


「ごっ!」

「ぐあっ!」


 銃と変わらぬ速さで飛び、二人の脳天を貫く。


「くっ!」


 しかし、他の者は咄嗟に愛銃で防ぎ直撃を免れた。


「やられたのは……うちの二人か」


 右腕部隊の隊長が口を開く。


「魔人と言ったか、ご老体。力の源はその目か」

「いかにも。皆様の武器もそれなりに速いですが、この三ツ目で見切れぬものではありません」   


 態度はへりくだりながら、シャラクの表情は自慢気だった。


「そうか……なら、こうすればいいな!」


 隊長の上げた右腕を合図に、閃光玉が投げ込まれる。


「ぬっ!」


 炸裂した眩い光は、シャラクを中心に昼間の明るさを召喚した。


「ふっ!」


 同時に、生き残った右腕部隊の三人が襲いかかった。

 暗殺部隊ベリアルにおいて、全部隊最強の人員で構成され、指揮を任せられるのがこの右腕部隊。

 最小限の動きで、確実に獲物を狙う。

 握る暗器には、魔物も仕留める毒が塗られ、かすっただけでも致命傷となる。


「甘い」


 反応し、跳び退いたのは隊長だけだった。


「ぐごっ!」

「ぎい!」


 他の二人はそのまま斬りかかり、短い悲鳴を上げた。

 閃光が消えたあとには、変わらぬ姿勢で立つシャラクと首を折られた二人の死体だった。


「……視界は遮った。近づく音もなかったはずだ」

「はい、鮮やかな奇襲見事でございました。ですが、目が眩むのは以前の私。力を取り戻した今、チャチな光ごときで不覚を取りませんよ」


 にっこりと微笑む姿は、癒やしではなく恐怖を与えた。


「……左脚部隊」


 無線で周囲の生き残りに声をかける。


「準備はいいな?」

「は、はい! いきます!」


 周囲を囲んだ五人が、同時に印を結んだ。

 紅のオーラが五芒星を作り出し、禍々しい力がシャラクを包む。


「これは……呪いですか」

「左様。殺しの術はなにも肉体のみではない。ベリアルには、この道のスペシャリストもおるのだ」


 他に比べて若く、実戦経験も乏しい若者で構成された左脚部隊。

 しかし、その真価は呪術で発揮される。

 女を知らぬ無垢な少年が集められ、その身に人の業と怨嗟で満たす。頭であるレイイチに「最も恐ろしい部隊」と言わしめたほどである。


「我らベリアル左脚部隊。貴方を殺します!」


 強まる光の中から、老若男女の重なる悲鳴が聞こえた。


「「喝っ!」」


 次の瞬間、均等に並べられた石畳に大量の血が流れた。


「がぼばがばあ!」

「ぐべぁがびば!」

「ごぼぼぼぼばあ!」

「おぼごばぼごお!」


 血を吐いたのは四人の左脚部隊。

 白目を剥き、血の涙を流し、赤黒い血が滝のように吐き出される。内蔵が骨とともに体内ですり潰され、それすら吐き出すと少年たちは醜い皮と化し、絶命した。


「ひいぃぃぃぃぃぃ!」


 左脚の隊長である生き残った少年が、仲間の死に取り乱す。


「な、なにをした!」

「我が三ツ目の暗示です。その呪法陣じゅほうじんは強力ですが、相手を見ていなければならない。彼らの目に映る私を、お友達の姿に変えてあげたのです」

「じゃ、じゃあ、なんで僕は……」


 震えながら、覆面から出た口元に笑みが浮かぶ。

 自分だけは助かる、見逃してもらえるという期待がにじみ出ていた。


「おや、呪いのスペシャリストではなかったのですか? 貴方たちの呪いは失敗しました。ともすれば、起きることはひとつなのでは?」


 少年に冷や汗が流れる。


「呪詛……返し……」


 口から、鼻から、目から、耳から、おどろおどろしい黒が溢れる。

 呪うために生まれ呪うために生きた人間が、その身に背負った末路。


 溜まり溜まった怨みの果て。

 巡り巡った因果の終焉。

 汚した血肉と奪った命が今、復讐のときを得た。


「gぢゅsjhsぐやyjsbvgzfhf?っkgbdじゅdhhsぎいqjsjsづえxxxxxxx!!」


 およそ生き物から発することのできない音の反響。

 のたうち回り苦しみ狂う姿は、断末魔と呼ぶにはあまりに酷い死に様であった。


「き、貴様! まだ年端もいかぬ子どもだぞ!?」


 右腕部隊の隊長が、思わずシャラクに怒鳴る。


「……それがどうした」


 執事とは思えぬ冷徹な目。

 歴戦の暗殺者が、思わず身震いする。


「かつて、彼より幼い魔族が何人も汚され、殺されていった。人間に憎しみはあれど、かける情など微塵もない。我らが心を開くとすれば、タキメノ家の皆様とセリア王家。そして、彼らが信を置く者たちのみ。だが、他は下水のゴミにも劣る。ましてや屋敷に入り込んだ不届き者など! 死以外の末路などあり得ぬ!!」


 一人生き残ったベリアルは、溢れ出た魔力に目を見開いた。

 生き物としての格の違い。

 最弱の種族と蔑んできた者が纏う強者の力に、戸惑いと恐怖が襲いかかる。


「……失礼。つい、熱くなってしまいましたな」


 魔力の風で乱れた襟を正し、シャラクは軽く咳き込んだ。


「本気にならねばいけないようだな」


 暗殺集団ベリアル唯一の生き残りとなった男は、足元で苦しみ続ける戦友にナイフを投げ命を断った。


「それが貴方の情ですかな? 苦しみから解放してやろうと。それとも、本気とやらに巻き込みたくなかったのですかな?」

「いいや」


 覆面を脱ぎ捨て、大きな口で笑みを浮かべる。


 勝利を確信した余裕の笑みを。


「俺の駒になってもらうためさ!」


 暗き夜闇の中にあって、さらに深く混沌とした闇が生まれる。

 それは隊長の影から広がり、タキメノ屋敷を包んだ。


「……これは」

「ギャハハハハハハ! 頭に人員は大切にしろと言われなきゃ、これで終わってんだよ! さぁ、起きろてめぇら!」


 屋根、廊下、庭に倒れたベリアルの死体たちが闇に呑まれ、立体の人影となって立ち上がる。

 無くした部位も元に戻り、再び殺意をその身に宿した。


「これが俺のギフト『影人シャドー・マン』だぁ!」


 シャラクは周囲と他の状況を見渡した。

 メイドたちが不覚を取るとは思えないが、影は生前よりも遥かに強いことが分かる。屋敷や寝室のファラへの被害を考えると、無事では済まないだろう。


「仕方ない。数百年ぶりにやってみますか」


 呼吸を整え両目を閉じる。

 しかし、瞳孔の開いた額の三ツ目だけは敵を見据えたままだった。


「魔眼発動」


 膨大な魔力が瞳に集束し、力を与える。


深淵より覗き見る眼オクターウム・インウィデーレ


 技の隠された根源を見つけ、現象を解明し、白日の下に晒す力。

 如何に唯一無二のギフトであっても、モモのように潜在的なものでなければ、発動には条件が伴う。


 この場合は死体と闇。

 死体がなければ発動できず、闇が触れなければただの屍。


 その繋がった結び目を、魔眼は破壊する。


「ぐわあっ!」


 魔力の波動に黒き力が弾かれる。

 屋根の上でも、廊下でも、庭でも。

 風に飛ばされる木の葉のように、抗う間もなく消え去った。


「な……なに、が」

「ふぅ、久しぶりでしたが上手くやれましたな。私もまだまだ若い者には負けないということですね」


 三つの瞳が、残った来客を見つめる。


「では、そろそろお引取りくださいませ」


 暗殺者ベリアル最強と呼ばれ、右腕部隊隊長にまで成り上がった男。


 その胸をシャラクの腕が貫いた。


「ごはあっ!」


 なにも反応できなかった。

 それほど速く、鋭く、正確な一撃だった。


「むっ?」


 しかし、血と共に漏れ出るのは笑い。

 勝機を掴んだ、喜びの声だった。


「気でも触れましたかな?」

「わ、我らは連合の闇を司る者。すべてに優先されるべきは………任務、だ」


 男の体が、ドロリと溶けた。


「これは」

「影人の能力は一つに非ず。さらばだ、三ツ目の魔人よ。この、借りは必ず、返すぞ……」


 染みができた石畳をシャラクは踏み砕いたが、トドメを刺すことは叶わなかった。


「まさか……奥様のところへ向かったか!」


 三ツ目の能力で動向を探ると、ファラが眠る寝室近くに気配を感じた。


「原理は分からんが、一瞬であそこまで」


 敵ながら関心と言った表情は、すぐさま憐れみへと変わった。


「ここで殺されていたほうがよかったでしょうな。私が全力で飛べば間に合いますが、扉は開いてしまう……私も命は惜しい。その向こうの地獄にお任せするとしましょう」


 ため息混じりに首を振り、シャラクは寝室の窓を見つめた。



「よし! このままファラ・タキメノを!」


 男は喜びに満ち溢れていた。

 強者を出し抜き、尊敬するレイイチ・ベアから受けた任務を遂行できる。

 これ以上ない達成感に、涙さえ流しそうになっていた。


「俺が最強のベリアルだ! 俺が、俺だけが!」


 寝室の扉を開け放つ。

 

 次の瞬間、目の前が光に包まれた。

 四色の神々しい光に。


 なにが起こっているのか理解できなかった。

 自分がどこにいるのか、なにをしているのか、どうなったのか、分からない。

 あらゆる思考が鈍くなっている。


 どこでもないたった一人の空間で。

 風に攫われ、炎に焼かれ、水に呑まれ、土に潰され続けている。

 死ねない、死ぬことを許されない。

 きっと大いなる存在を怒らせてしまった。

 触れてはいけない禁忌に触れた。


 しかし、あぁ、なのに、あぁ、なんで、あー、苦しい、痛い、あーあー、自分ガ、あージブンであーナクナるアーAAA。


「aーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 誰にも届かない声が流れた。

 圧縮された空間に一人閉じ込められ、四つの意思が気の済むまで拷問を受ける地獄の末路。


「あれ? 誰か来ましたぁ?」


 寝惚けたファラが体を起こし、虚空に向かって呟いた。


「いえ、誰も」

「静かなもんですぜ」

「さ、ファラさん。お休みください」

「また明日、珍しい果実を持ってきますからな」


 姿は見えぬが声はした。

 他の人間ならひれ伏す圧力の中で、ファラはのんびりと「おやすみなさ〜い」と仰向けに寝ろ転んだ。


「「我ら四大精霊王が貴女を護ります。良き夢を」」


 タキメノの屋敷に静かな夜が戻ってきた。

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