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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『父に捧ぐ』

「フォーメーション、ミドル! いけぇ!」


 隊長の掛け声で、素早く動き出した右脚部隊。

 少女一人を相手だろうと迷いはなく、統率の取れたコンビネーションは訓練と信頼の為せる業であった。


「闘技 影縫い!」


 先程下衆な欲求を抱いていた小柄の男がナイフを投げ、足元に浮かぶ影を捉えた。


「いくぜ、兄貴!」

「もらったぁ!」


 双子の暗殺者が同時に小型の銃を撃つ。

 それぞれ頭と腹部を狙い、見事命中させた。


「あぁ、エプロンが……」

「「はぁ!?」」


 しかし、倒れない。

 そればかりか、額にはかすり傷一つ付かずメイド服には血も滲まなかった。


「どうなってやがんだ!」

「狼狽えるな、インデックスに切り替える!」

 

 隊長の言葉に、隊員たちはすかさず配置を変えた。

 移動しながら牽制攻撃を続け、シュラは猛攻に晒された。


「『氷柱アイシクル・ピラー!』」


 隊長の魔力が解き放たれ、床から氷の柱が出現した。

 シュラはその凍てつく世界に飲まれ、氷漬けにされた。


「氷ごと叩き割ってやる!」


 闘気を纏った筋肉質な男が走り、手甲で覆われた拳を振るった。


「おらぁ!」


 轟音響かせ、氷柱が砕け散る。

 闘気の熱気に当てられた冷たい空気が、蒸気となって廊下に満ちた。


 完璧だった。

 銃弾で仕留められなかったのは予想外。しかし、魔法は完全にシュラを封じ込めており、闘気の攻撃も通った。このパターンで撃破できなかった標的など、五人が冒険者だった頃にもいない。


「よし、このままファラ・タキメノの部屋まで進む。今の音で異変に気づかれたかもしれない。急ぐぞ」


 指示を出し、任務を続行する。

 しかし、一人だけ動かない者がいた。トドメを刺したばかりの、手甲の男である。


「おい、なにをしている? さっさと」

「行かせませんよ?」


 聞こえるはずのない声が聞こえ、立ち尽くしていた仲間の体が貫かれた。

 

「なっ!」


 顔に出た動揺は、覆面が隠してくれた。

 しかし、身構えた先の行動が躊躇われる。声は紛れもなく倒したはずのメイドであり、体から突き出た凶器は細く白い彼女の腕だったからだ。


「なぜ……生きている?」

「あの程度、子どものイタズラと同じです」


 ずるりと倒れた男の陰から、シュラが姿を見せた。

 メイド服は破け肌があらわになっている。

 その姿に、隊長は昨年親権を奪われた娘が幼い頃に送った、着せ替え人形を思い出した。

 無機質で温もりのない作り物。そして、傷一つ付いていない。

 右脚部隊は、戯言と聞き流したゴーレムという言葉をやっと飲み込んだ。


「た、隊長! どうすんだ!」

「逃げるのか?」

「逃げようぜ!」

「撤退などない! 狼狽えるな! フォーメーション、リング! 全力で討伐するぞ!」


 慌ただしく動く右脚部隊。

 その敵意をすべて受けながら、開かれたシュラの瞳にはここに至るまでの記録が蘇っていた。


 ヴェヒタダンジョンの守護者アーシュラ。

 天才魔法技師ヴェヒタによって造り出されたその目的は、彼が持つ技術の粋を遺すこと。最強の体に自立思考するプログラムを施し、心を産み出そうとした。

 その結果、誕生と同時に父を殺した。

 元は弟子の男を狙った。ヴェヒタ以外を異物と捉えての行動だったが、彼は一番弟子を庇って死んだ。早々に存在の意味を失ったアーシュラを、弟子は根気強く支えた。その後の永い時間、彼らは共に過ごすことになる。


「師匠のすべてがきみには詰まってる。この時代の最高傑作がきみだ。文明が滅んだあとも……僕が死んでも永遠に存在しててほしい。それが、願いだよ」 


 絆を結んだ頃、弟子は語った。

 アーシュラの存在を隠すため、ダンジョンにミスリルの粉を吹き付けたのも彼である。


「ワカッタ……ヤクソク、シヨウ」


 友となった彼の死後。

 アーシュラは約束を果たすために戦った。工房であるダンジョンを、そして己自身を守るために。しかし約一二〇〇年後、ギルドの先駆けとなる集団に討ち取られてしまう。


 破壊され、完全に沈黙した。

 だが、再び目覚めた。

 時代を経たダンジョンで、目の前で笑っていたのは自身が殺したはずのヴェヒタであった。


「トウ……サマ?」

「おうよ。ま、厳密に言えば違うがな。最初はこのツラのほうが、受け入れられると思ったんだ……久しぶりだな、このじゃじゃ馬め」


 破壊前には見られなかった、豪快な笑顔を見た。

 そのとき、研磨し直され小さくなったスフィアに、喜びと感激が湧いた。悠久の時を越え、心の片鱗が芽生えた瞬間だった。


「……転生とギフト。ナミラ・タキメノとしての今生を聞きました。新たなボディと名前、かつてできなかった奉仕の機会を与えられました。ワタシは今度こそ友との約束を果たし、任務を遂行します」


 彼女を動かすのは膨大なエネルギー。

 そして冷たい体に灯った熱いもの。人はそれを、使命感と呼ぶ。


「タキメノ家メイド、シュラ。ワタシのすべてを偉大なる父に捧げます」


 赤く光る両目は、ゴーレムの戦闘モードを意味していた。


「撃てぇ!」


 銃、魔法、闘技。

 四人が操る遠距離攻撃が、一斉に放たれる。


「驚異レベル……低」


 表面の加工は違えど、シュラの体には以前のものが再利用されている。

 材の名をオリハルコン。

 タマガンが戦をしてでも欲し、土の精霊王タイタンが魔喰戦で防御にも使った世界最硬の物質。

 故に、この程度の攻勢では傷一つ付くことはない。


「うおおおおおおっ!」

「このまま押し切れー!」

「目標、排除開始」


 シュラが拳を突き出す。

 すると一瞬で、双子の片割れの頭が吹き飛んだ。


「あんかーぱんち」


 太いワイヤーで繋がれた拳が射出され、頭部を撃ち抜いたのだった。


「兄貴ぃぎぐがぉば!」


 となりで叫びを上げた弟を、宙で円を描いたワイヤーが捉え首をへし折った。

 ワイヤーを巻き取る勢いで体が回り、千切れた首は小柄の男へ飛んだ。


「ひっ、ひぃあ! な、なんなんだこいつはあああああ!」


 がむしゃらにナイフを投げつけるが、へしゃげて弾かれる。

 シュラが間合いを詰めると左の手首が高速で回転し、ドリルのように肉体を穿った。


「……な、なにが」


 時間にして数秒の出来事。

 歴戦の猛者であり苦楽を共にした仲間たちが、悲惨な最期を遂げた。

 隊長は震え、恐怖を抱く。しかし、高めてきたプライドと復讐心が彼を突き動かした。腰に秘めた柄を握り、抜き放つ。


「死ねぇ、化け物ぉ! 魔剣ガリミムス、仲間との冒険で得た、俺たちの力だぁ!」


 真空を纏いし剣。

 封印を施した鞘に納めねば、刃に触れるものすべてを切り刻み、一振りで山をも断つと言われる伝説の一刀。

 右脚部隊がまだ冒険者であった頃、古いダンジョンで見つけた至高の宝。絆の象徴であり、最強の力であった。


「プロテクション起動」


 亀の甲羅を思わせる光が現れ、シュラを守る。

 衝突すると眩い火花を散らし、暗い廊下を照らした。


「このまま両断してやる!」

「……解析完了。反魔害毒アンチ・ウイルス出力開始」


 プロテクションの色が変わり、魔剣にも移っていく。

 次第に纏っていた真空の力は消え、ただの剣と化したガリミムスは敢え無く折れた。


「なっ……」


 声にならない悲鳴を出し、隊長はよろよろと下がった。

 

「……ヨードン、カイ、サイ、ギムラ」


 死した仲間の名を口にし、覆面を脱ぎ捨てる。

 顔を見せたのは、涙を流した中年の男。顔色は青く、絶望が支配しようとしている。しかし、目には狂った殺意が迸っていた。


「お前たちの無念、必ず果たす! 命を捧げ呪いをここに! 我が名は」

「もういいです」


 逆立ちしたシュラは足を水平に開いた。

 下半身が残像を残すほどの速さで回り、隊長を蹴り飛ばした。


「ペんッ」


 裏返った声を最期に、決死の呪いは発動しなかった。

 壁に叩きつけられた上半身は肉塊となり、残された下半身は血を流しながら静かに倒れた。


「……任務完了。これより、お掃除を開始します。強力洗浄剤及び脱臭剤、生成開始……」


 穏やかな青い瞳に戻ったシュラは、何事もなかったかのように掃除を始めた。

 

 窓の下に広がる庭では数多の火花が散っている。

 しかし、彼女は廊下の清掃を優先させた。

 視認したうえで、自分が対応する必要はないと判断したからである。

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