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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『忠義のメイドたち』

「我らを舐めるなよ、闇猫。そんな小娘たちになにができる?」


 夜風に晒される屋根の上で、五対の視線が交差する。

 殺意を抱き、互いに攻撃しやすい位置の者に狙いを定める。ベリアル左腕部隊の者たちは、即座に武器を構えた。


「……全員がヒタイト・コレクションですか。さすが連合、お金がありますね」


 ウルミの言葉に、隊長が覆面の下でニヤリと笑った。


「応よ。最新の武器や銃は便利だが、暗殺といえばこれよ。血を吸い続けてきた刃こそ、我ら暗殺者の手に馴染む」


 次の瞬間、彼ら彼女らは同時に動いた。

 外から眺める者がいれば、残像で人数が増えたと錯覚しただろう。


「キヘヘヘ、大きい胸だなぁ」


 右端で戦う少女は、娘たちの中でも豊満な体つきをしていた。

 対峙する敵から、下品な笑みがこぼれる。


「ありがとうございます〜」


 しかし、少女は優しい笑顔を返した。

 男の欲など知らぬのか、純粋な喜びを礼に込めた。


「いいねぇ、俺の好みだよぉ!」


 男の体が加速する。

 操るヒタイト・コレクションは細剣。突き出すと同時に刃が光を帯び、少女の胸を貫いた。


「爆ぜ甲斐がある」


 刀身の光が熱を発し、ファイアボールにも劣らない爆発を起こした。

 少女は爆散し、男の体にも欠片が付着した。


「あぁ〜、やっぱりこの瞬間はたまんねぇわぁ。あ、そういや名前聞くの忘れてたぁ。ま、いいかぁ」


 絶頂を感じるかのように痙攣する男。

 その耳に囁く声があった。


「プリンと申します〜」


 ぎょっとして剣を振るう。

 しかし、声の主は見当たらない。いや、そもそも聞こえるはずがない。

 声はたしかに、今殺したばかりのメイドだったのだから。


「な、なにが」

「わたしの名前ですよ〜。ヒューマノイド・スライムのプリンと申します〜」


 男はそこで、声が首筋に付いた肉片から出ていることに気がついた。

 それどころか散った欠片が透明性を帯び、動いていることに驚愕した。


「スライムだとぉ? なら、なおさらファイアボール一発で死ぬ雑魚じゃねぇかぁ!」


 必死でプリンの欠片を払いのけながら、男は叫んだ。

 

「以前はそうでしたね〜。一度散らばったら元に戻れませんでした〜……でも、変わったんです。コアが無事なら、何度だって戻れるし人間にだって擬態できる。コア自体も、簡単には破壊されません。これがスライムの、本来の力ですよ〜」


 声が低くなり、男の恐怖は増した。

 積み重ねた殺しの技術も、剣の能力もまるで意味を成さない。


「いぎっ! いぎゃあああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

 

 プリンが触れている部分に激痛が走った。


「強くなったんですけど、ひとつ問題がありまして〜。すごく減るんですよ〜、お腹が」

「ひっ!」


 自分になにが起きているのか悟った男は、手当り次第に爆発を起こした。

 

「ダメですよ〜。屋根に穴が空いちゃいます」


 気の抜けた注意と共に、男の手首にひんやりとした感覚があった。

 しかし次の瞬間燃えるような痛みが広がり、愛剣を握ったままの手が落ちた。手首に巻き付いたプリンの一部が、食い千切ったのだ。


「ひぎゃあああああ!」

「じゃあ、そろそろ……いただきます〜」


 モゾモゾと動いていた欠片たちが、一斉に男へ飛びついた。


「ひぎゃっ! や、やめて、ゆ、ゆるしああああああ!」


 全身が半透明のスライムに包まれると、断末魔の叫びは聞こえなくなった。

 そのうちすべてが消化されると、裸のプリンが起き上がって笑った。


「ごちそうさまでした〜」


 その背後では、小柄なメイドが奮戦している。


「あー、うー、やー」


 細い腕をただ振り回すだけだが、相手のベリアルは死の危険を感じていた。

 一見すれば、ただの顔色の悪い少女。

 しかし、その攻撃を受けてはならないと、長年の勘が警告していた。


「貴様、いったいなんなんだ」


 老練な声が呟く。

 躱しながらナイフを投げるが、それも当たらない。


「うー、クルルは女屍人ゾンビーナ。タキメノ家にお仕えするメイドー」


 喋りながらも動きは止まらない。

 単調ではあるが、明確な隙もなかった。


「……そうか。なら、頭を貫けば死ぬな」


 不敵な笑みが生まれる。

 男はクルルに向かって拳を作った。次の瞬間、先程から躱し続けていたナイフがクルルに突き刺さる。それらは躱した先の空中で固定され、主の指示を待っていたのだ。


「魔族が女神シュワに会えるか知らんが。次に生まれるときは、いらんことを口にせんようにな」


 トドメのナイフを額に投げ、見事に貫く。

 男は踵を返し、闇猫を相手にする隊長の加勢に向かおうとした。


「うー、クルル、まだ死なない」


 背中に聞こえた声に驚き、振り返りながら一刀を投げる。

 それは顔面めがけて飛んでいったが、開いた口に噛みつかれ折られた。


「なぜ生きている。頭を潰されれば、お前たちは死ぬはずだ」

「うー、それ古い。もうそんなんじゃ死なない。クルルたち、今はたくさん魔力がある。それがなくならないと、死なない」


 クルルは両手を突き出した。

 瞬く間に闇が渦巻き、圧縮された魔力の玉が生まれ、敵に狙いを定める。


「なっ、なんだその魔力は!」

「うー、いらんこと、もう言わない」


 放たれた黒玉は、逃げた男を追いかけた。

 そして、足の先に触れた瞬間。

 ブラックホールのように、圧縮された空間へ吸いこんだ。


「うわああああああ!」


 バスケットボール程度の玉の中に、成人の男が無理やり押し込まれていく。

 姿が見えなくなると、玉はさらに小さくなり、クルルの口へと入っていった。


「うー、奥様のお菓子のほうが美味しい……」


 しょんぼりしながら、クルルは自分に刺さったナイフを抜き始めた。


「おらあああああ!」


 雄々しい叫びが夜を駈ける。

 長身のメイドが大柄の男と拳を交えていた。男の体躯はダンにも迫る。


「ハッハァ! 暗殺者ってのは、もっとコソコソしてる奴らだと思ってた! お前みたいなのもいるんだなぁ!」


 男の武器は分厚い手甲。

 どんな刃も通さぬ、攻防一体のヒタイト・コレクション。

 それに対し、メイドは素手であった。


「……俺も、びっくり……お前、強い」


 野太く呟くような声に、メイドは愉快な顔を見せた。

 

「ありがとうよ! アタシはヴェル! オークの女さ!」


 両の拳を突き合わせて、二人は力比べを始めた。


「……殺すの、もったいない」

「あぁ? なんでだよ?」

「お前、いい女」


 途端にヴェルの力が抜け、屋根の端にまで跳び退いた。


「ば、ばかっ! こ、殺し合いの最中だろっ! そ、そんなこと急に言われても……」


 声を上擦らせ、もじもじとしながら頬を赤らめる。

 男勝りで豪快な性格のヴェルだが、こと恋愛に関してはウブな乙女であった。


「ま、まずは自己紹介から? い、いや敵同士なんだし……でも、アタシは名乗ったんだからそっちも」

「……お前、かわいいな」


 男の言葉に、ヴェルは頭が沸騰しそうになった。


「かわ、かわ、かわわわ!」

「……だから、殺すのもったいない……ずっと飼っていたい」


 覆面をズラして見せた大きな口は、歪んだ欲望に染まっていた。


「腕も……足も……へし折って……ず、ずっと飼っていたい……今までの、女は……すぐに、壊れたから……お、お前なら……長く、保つだろ?」


 火照りを感じていたヴェルだったが、男の言葉に冷水をかけられた気分になった。

 拳を握り、怒りに燃える瞳で睨みつける。


「……最初に言えよ、クズですってな。許さねぇ……女心を弄んだ罪、償わせてやる!」


 ヴェルから闘気が溢れる。

 荒々しく、凶暴で巨大。

 かつて暴食の権化と呼ばれたオーク族の、蘇りし真の力であった。


「……まっ」

「死ねええええええええええ!」


 怒りの剛拳が繰り出される。

 鉄壁を誇った手甲の防御も虚しく砕かれ、ベリアルいちの巨体は夜空に飛んだ。

 月光に照らされた体はバラバラの肉塊と化し、森に住む獣たちの餌となった。


「やっぱ、ナミラ様を超える男はいねぇな!」


 鼻息荒く呟いたヴェルは、自分の言葉に頷いた。


「……なかなかやりますね」

「そちらこそ」


 剣劇の音が鳴る。

 銀髪のメイドが、長剣を操る女のベリアルと戦っていた。煌めく髪と首に巻いたスカーフが、夜の闇に揺れている。


「クレイモアか。その身なりで上手く使う。名はなんという?」

「お褒めに預かり光栄です。わたくし、シルフィと申します」


 刃が交わり火花が舞い散る。

 一歩も譲らぬ攻防が繰り広げられていた。


「シルフィ、残念だがヒタイト・コレクションはただの剣ではない!」


 女の剣が二つに別れたかと思うと、一瞬で大鋏へと変形した。


「その首もらった!」


 別れた刃が、再び一つに閉じる。

 シルフィの首が飛び、スカーフが宙を舞った。


「かわいい顔してたからな。うちに飾ってやろう」

「遠慮致します」


 落下する首が答えた。

 女が凝視すると、首無しの体が自らの頭を捕まえた。


「な、なぜ!」

「改めて自己紹介を。わたくしの名前はシルフィ。首無騎士デュラハンでございます」


 斬られた首の境目が紫の炎で覆われ、脇に抱えられたシルフィが視線を向ける。

 異様な光景に、女暗殺者は震えた。


「な、なんだそれは! そんな魔族聞いたことがない!」

「でしょうね。数を減らし続けて、もうわたくしと母の二人しかおりません。ですが、衰退の日々も終わりました。力を取り戻した今、一族の復興を成し遂げてみせます」


 覚悟と喜びに満ちた瞳は、浮かぶ月と同じ色をしている。


「侵入者の排除などいい手柄になります。どうか、わたくしのために死んでくださいませ」


 ない頭を下げた体はいささか滑稽にも見える。

 しかし、女には笑う余裕などなかった。


「ば、馬鹿にするなぁ!」


 掲げられた首から視線を逸らし、襲いかかろうとする。

 だが、動かない。

 体が石のように固まっている。


「な、なんで」

「デュラハンが持つ能力でございます。離れた首と五秒以上視線を合わせると、首から下が動かなくなります」


 大剣を担ぎ、間合いを詰める。


「ま、待って」


 斬撃一閃。

 今度は女の首が飛び、血が噴水のように噴き出した。


「……この状態であれば、痛みもありません。せめて安らかに」


 頭を戻しながら、シルフィは剣の血を払った。


「ぐははははは! これがお前の殺猫冥風刃さつびょうめいふうじんか!」


 隊長とウルミの周囲を、銀色の刃が囲む。

 かつてナミラにも放った、ウルミの必殺技。高速で動き続ける刃のせいで、二人は他の者の状況を知らない。


「だがしかぁし! 銘具持ちが貴様だけだと思うなよ!」


 有無を言わさず、ウルミの刃が襲いかかる。

 しかし、現れた鎧に弾かれた。


「これぞ防具の最高潮、亜類魔自牢アルマジロ! 大型ゴーレムの攻撃にも耐え抜いた代物だ!」

「そうですか。で、守ってばかりでどうやって勝つというのです?」


 心なしかウルミの目には、軽蔑の念が込められた。


「闇猫よ、銘具は一人一つとは限らんのだ!」


 隊長は胸のポケットから小さな笛を取り出した。


「これが二つ目ぇ! 軍犬召笛サバーカだぁ!」


 思い切り吹くと、耳鳴りのような高い音が響き渡った。

 すると、魔力で作り出された犬が現れ、ウルミに吠えた。

 

「へぇ」

「ははははは! 最強の守りと死を恐れぬ獣! 俺が負ける道理はない! いけぇ!」


 勢いよく飛びかかった魔犬だったが、コーシカの刃に両断された。


「こんなものですか?」

「そんなわけないだろう? もっと増えていくぞぉ!」


 笛を吹くたび魔犬は増え、ウルミに襲いかかった。

 倒せども次々に生み出され、纏う鎧も破壊できない。


「やるなぁ、闇猫! しかぁし! これで終わりだぁ!」


 ひときわ大音量の音が鳴る。

 すると、刃のドームを埋め尽くす魔犬の群れが現れた。


「どうだぁ! 一気に生み出せる最大数! この群れを相手に、いつまで耐えられ」

「もうけっこうです」


 唸り、主の命令を待っていた魔犬たちだったが、一瞬で消え去った。

 言うまでもなく、ウルミの攻撃によって。


「……え?」


 目を見開く隊長に向かって、ウルミはため息をついた。


「話を聞いていましたか? 以前ならともかく、このコーシカは私専用に打ち直されたんです。この程度、対処できないわけないでしょう」

「な、ならなんで今まで」

「私に合わせてどこまで速く動けるか、試していただけです……さすがナミラ様、本当に自由に動く」


 空を覆う自身の愛刀を見つめ、ウルミはうっとりとした。


「し、しかし! この鎧を突破しないかぎり、貴様に勝機はない!」


 隊長は丸まり、鎧の中に閉じ籠もった。


「ヒタイト・コレクションの特性について、ナミラ様からすべて聞きました。貴方なんかよりも、私はずっと詳しいんですよ?」


 コーシカの速度が上がり、超高速の斬撃がアルマジロを襲った。


「たしかに、その鎧は衝撃に強いです。でもね、削れるんですよ。鮫鑢目ホオジロというべつの銘具だと簡単なのですが、今のコーシカでも可能です」


 最強の片鱗が散っていく。

 鎧の中で大きくなる音と衝撃で、隊長も自身が置かれた状況を理解した。


「ままま待ってくれ! そうだ、連合の情報をやる! だから助け」

「言ったでしょう、お掃除だと。私、きれい好きなんですよ」


 ついに刃が肉に達し、死の激痛が訪れた。


「ぃぎゃあああああああああ!」

「バイバイにゃあ」


 最強の守りはあっという間に崩壊し、左腕部隊最後のベリアルはどす黒い血溜まりと化した。

 

「みなさん、無事ですか?」

「「はーい!」」

 

 コーシカの血を払い、ウルミは魔族の娘たちに声をかけた。

 命のやり取りをしたばかりというのに、皆普段と変わらぬ明るい返事を返した。


「よろしい。では、汚れた屋根のお掃除をしましょう。プリン、広がって肉片を全部食べちゃいなさい。他のみなさんは血を落としましょう。早くしないと染みになりますからね」

「「はーい!」」

「いただきます〜」


 改めてメイドの仕事に取りかかるウルミたちだったが、その胸には共通して一つの心配事があった。


「……あの子は大丈夫でしょうか」


 夜空を見上げる者、足元の屋敷を見つめる者。

 それぞれの脳裏には、感情表現の苦手な妹分の姿があった。

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