『歓迎』
「こちら右腕、正門側より庭に侵入完了。各部位、報告を」
「こちら左脚、同じく西側より庭に侵入完了。遠見にて、王都兵及び学院の生徒に動きがないことを確認。作戦を続行せよ」
闇夜に動く黒い影。
音もなく、誰にも悟られず、殺意の刃を秘めた者たち。
暗殺集団ベリアルが、タキメノの屋敷を包囲しつつあった。
「右脚、裏門に到着。頭からの情報に変更なし」
ベリアルはレイイチを頭とし、左右の手脚を称する五人づつの部隊で構成されている。
全員が冒険者や暗殺者からスカウトされ、さらに過酷な訓練を突破した闇のエリートである。
「こちら左腕、屋敷上空へ到着」
「よし、右腕から各部位へ。作戦行動開始。ターゲットは寝室にいるファラ・タキメノ。生かして捕らえよ。従者は皆殺しだ」
美しい庭に不釣り合いな黒衣が、ズルズルと蠢く。
裏の壁を這い上がる影や、上空から舞い降りる者が屋敷の景観を奪っていく。
全部隊による包囲網から逃れた人間など、この世にはいない。ましてや、相手はただの貴族。鉄の忠誠を誓うベリアル部隊が作戦前に、頭は警戒し過ぎだという声が上がったほどだ。
「おやおや、こんな時間に来客ですか」
庭の部隊の動きが止まる。
屋敷から中央の参道を歩く、老いた人影があった。
「いつの間に……さっきまではいなかったはず」
「左脚、落ち着け。データ照合……執事のシャラク。ただの人間の老いぼれだ」
「はっはっは! そういえば最後に職案に履歴書を出したのは、ここにお勤めするときでしたねぇ……もう他に仕えるつもりもありませんが、正しいものに書き換えたほうがよろしいですかな?」
比較的若い隊員は、シャラクが通信に答えたことに驚き身構えた。
しかし、ベテランの者は即座に動き、匕首を投げて有無を言わさず殺しにかかった。
「ふむ、鋭い」
「なっ!」
黒く染めた匕首は闇に紛れ、視認は困難。
ましてや老執事が指で摘むなど、あり得ない所業のはず。
相手が、本当に人間だったなら。
「右腕から左腕、右脚へ。庭に執事のシャラクが現れた。こちらは交戦に入る。速やかに任務を遂行しろ」
「ご安心を」
白い手袋の上で匕首を遊びながら、シャラクが笑った。
「旦那様であるシュウ・タキメノ様より、留守の間に来客があれば丁重にもてなすよう、申し付けられております。お連れ様も、我ら従者一同が心を込めてお迎え致しますよ」
仰々しいお辞儀の背後で、屋根の上に動く者たちがいた。
左腕と呼ばれる彼らは、ベリアル部隊でも暗殺者上がりの者で構成されている。感情は最初に殺したとうたう彼らが、生唾を飲み込み武器を構えている。
「貴様……闇猫!」
隊長の男が唸った。
睨む視線の先には、メイド服の女が一人。
ウルミこと、ウルート・ミズチ。
かつてナミラに瀕死の重傷を負わせた、裏社会で知らぬ者はいない暗殺者、闇猫であった。
「あら、たしか昔いっしょに仕事をした……連合の犬になっていましたか」
「やはり生きていたのか。ここでなにをしている」
「なにって、私はタキメノ家のメイドですので。それに、屋根の上は猫の眠る場所でしょう。ねぇ? 貴女たち」
背後に現れた四人のメイド。
彼女らは、シャラクが連れてきた魔族の娘たち。ナミラに絶大な恩義を抱き、タキメノ家に忠誠を誓い、一族を代表して仕えることに全身全霊の喜びを感じる若き従者である。
「「その通りです。ウルミお姉様」」
「よろしい……さて」
スルスルと、ウルミの手から銀色の刃が伸びる。
「ナミラ様が私の専用に構想を練り直し、ゴムダムさんが打ち直した新たなコーシカ。あの者で試し斬りをしますので、貴女たちは他の相手を」
並び立つ女たち相手に、連合を裏で支えてきた手練たちに冷や汗が流れる。
「さぁ、お掃除の時間ですにゃあ」
闇猫の笑みが月に照らされた足元で、屋敷内に侵入した者たちがいた。
右脚と呼ばれる、機動力に優れた部隊。
元々は冒険者の盗賊職だったこの部隊は、多彩な技を用い最も掴みどころがないと言われている。
「前方に人影確認。メイドのようだ」
廊下の先に、一人の少女がいた。
明かりも持たず、規則正しい足音を奏でている。
「可哀想だが、殺るぞ」
「おいおい、その前にあの子とお楽しみはないのか?」
軽口を叩く者がいたが、日常的なものだったらしく隊長も鼻で笑った。
「なら殺ったあとに犯れ。お前はそれでもイケるだろう?」
覆面の上からでも分かる下劣な笑みを浮かべ、そそり勃つ欲望を抱いた男が走った。
音もなく近づき、短剣を突き立てる。
「あら、どちらさまでしょう?」
少女は振り向いた。
いや、正確には振り向いてなどいない。
体は背を向いたまま、首だけがグルンッと回り男と目を合わせたのだ。
「うげぇ!」
慌てて跳び退き、仲間と共に身構える。
少女のメイドは何事もなかったかのように首を戻し、右脚部隊と向き合った。
「もしかしてお客様ですか? こんな夜更けに、わざわざいらっしゃいませ。ワタシ、メイドのシュラと申します」
律儀に頭を下げるシュラ。
昼間、普通の来客として見れば可憐な姿とも感じるのだろうが、五人の精鋭は不気味さを抱いた。
「なんなんだ、お前は」
隊長が問う。
「おぉ……自己紹介をお求めですね。ナミラ様を驚かせようと、シュウ様と一緒にこっそり練習したものをついに披露するときが来ました!」
目を輝かせたシュラは、腰に手を当てた。
「家事全般から荒事までなんでもお任せっ! 超絶美少女型自立思考万能メイドゴーレムっ! シュラっ、ちゃんっ、ですっ!」
声に合わせて踊り、最後に眉だけキリッとキメ顔を作ると、左手のピースサインを斜めに構える。
ナミラも知らない新たな機能、キラキラとハートのエフェクトを周囲に発生させ、シュラは決めポーズをキメた。
「……なんだ?」
「ゴーレム? あの女の子が? 人が入ってるのか?」
しかし、返ってきたのは困惑の反応だった。
「……おかしいですね。シュウ様は、かわいいかわいいと仰ってくれたのですが。まだ表情部分が固いでしょうか」
頬をぐにぐにと手で押し、無理やり口角を持ち上げる。
ナミラが最後に見たときよりも表現力は増しているが、笑顔を作るのは相変わらず苦手なようだった。
「……どうでもいい。もうお楽しみは諦めて任務に集中しろ。従者は皆殺しだ」
「了解。さっさとファラ・タキメノを拘束だ」
暗殺者に戻った右脚たちだったが、纏う空気が変わったのは彼らだけではなかった。
「……会話内容解析……完了……奥様の拉致計画……目視人物解析……完了……敵呼称、暗殺集団ベリアル右脚部隊……迎撃プログラム起動……『歓迎』致します」
淡々とした、声とも言い難い音声。
廊下に不穏な雰囲気が漂うと同時に、暗殺者たちはシュラを敵と認めた。
睨み合う両者を月明かりが照らす。
差し込む窓からは、二つの部隊に囲まれながらも不敵に笑うシャラクの姿が見えた。
「感謝しますよ、侵入者の方々。私に、目覚めた力を振るう機会を与えてくださるなんて」
覚醒した魔族が持つ、禍々しい魔力が全身に漂う。
額には大きく三ツ目が開き、抑えていた力を解放した。
「タキメノ家執事シャラク。老いた身ではありますが、心を込めて皆様のお相手を勤めさせていただきます。どうぞ、死ぬほど楽しんでくださいませ」
遊んでいた匕首を紙くずのように握り潰し、シャラクは笑った。
いつもの紳士的なものではない。
獲物を見据える強者の笑みだった。