『酔いしれる』
ナミラはまず、アーリに道具の製作を頼み、レイミとガオランには調理場から酒以外の材料を調達してもらった。
「ふふん? あれかい? 酒のつまみのことかな? そんなの、ボクだって知ってるもんね~」
ミドラーは最初、余裕の表情を浮かべていた。
しかし、すべてが揃ったあとのナミラの行動に、あわあわと落ち着きを失っていった。
「ちょちょっと、なにしてるのさ! 混ぜるのは悪酔いしか生まないよ!」
「それは適当に酒同士を混ぜたときだろ? まぁ、見てろって」
アーリが作った道具をシェイカーと呼び、軽やかに操った。
他にも様々なものと酒を組み合わせていく。
「な、なんで果汁と混ぜるのさ! こら! お酒より炭酸水のほうが多いじゃないか! え、割る? 割るってなんだい? え~なんでグラスの縁に塩を塗るの?」
酔いがさめない頭のまま、ミドラーは目をぱちくりさせ続けた。
あっという間に何種類もの酒が並んだが、ガオランは匂いに顔をしかめることなく思わず尻尾を振った。
「シェイカーを使ったものは、カクテルという飲み方だ。酒乱王バボンが編み出し、失脚と共に闇に葬られた。そうだな……こいつはソルティ・ドッグという。塩も一緒に味わって飲んでみろ」
恐る恐る口にしたミドラーだったが、次の瞬間夢見心地の表情を見せた。
「なにこの口当たり……お塩がこんなにいい味出すなんて……」
他もすべて飲み干した賢者の評価は、すべて満点だ。
「ふへぇ~、お酒の飲み方だけでまだこんなに可能性があったなんて~」
「あんた見たところ、ほとんどそのまま飲んでいるようだったからな。これだけで、あと百年は飲んでいられるぞ?」
酒豪の心を理解するバボンの言葉に、ミドラーは涙を流して礼を言った。
「ありがとう……実はもう、お酒も飲み尽くしたと思って絶望してたんだ。この水界のミドラー、きみを師と崇めよう」
「いや、それはいろいろ勘違いされそうだから」
「なら……抱くかい?」
「なんでどいつもこいつもそうなるんだ! 分かった、好きに呼んでくれ」
降参の意味で両手を挙げると、ミドラーは思い切りナミラを抱き締めた。
「お、おい離せ!」
「お師匠~感謝しますぅ~。抱くのも遠慮しなくていいですから、いつでもいらしてくださ~い」
「……ミドラー様が夢中になる酒か。商品化したら売れるだろうな」
「アーリ! このチーズって美味いな!」
「勝手に食べたらダメだよガオちゃん」
もがくナミラを尻目に、他の三人はマイペースに過ごしていた。
「と、とにかく! こっちも助けてくれたことには礼を言う。ただ、西の賢者塔はアブダンティアに近い。ミドラーが手を出したことは知られてるだろうし、安全とは言えない。他の土地に逃げるのが先だ」
乳に挟まれ窒息しかけたナミラだったが、なんとか抜け出して平静を装った。
「あ~、ならいろいろ持って行っていいよ~」
ミドラーが手を叩くと、五人がいる場所が一瞬で道具倉庫へ早変わりする。
「おぉ! すげぇい!」
「ガオちゃん、勝手に触っちゃダメだからね?」
「いいのか? ミドラー」
「もちろん。魔道の世界で弟子はお師匠に尽くすのが決まりだからね~」
うふふふと笑いながら、ミドラーはナミラの腕にくっついた。
「あの、ミドラー様。なんだか、私の見覚えのあるものが……っていうか、搬送途中に盗賊に奪われたと思っていた商品が、チラホラあるんですが」
棚の物を眺めていたレイミが、引きつった笑みを浮かべる。
「あぁ、そうだよ~。盗賊から私たちが奪ったの。弟子の魔法を試すのに、ちょうどいい相手だからさ~。捨ててももったいないから、使えそうなものはもらってくるんだ~」
頭を抱えたレイミが「被害の処理に徹夜で対応したのに」と膝から崩れ落ちた。
「あ!」
そのとき、大人しかったアーリが声を上げた。
「どうした?」
「こ、これ、ドワーフの記録石。ぼくの、お父さんの……」
青い顔で震えるアーリの手には、一見何の変哲もないただの黒曜石が握られていた。
だが、石と共に生きるドワーフの視点で見れば、特殊な加工が施してあるのがすぐに分かる。
「う~ん? それはたしか、何日か前に旅の商人を襲った野党が持っていたものだね。でも、その商人は人族だったって聞いたけどなぁ」
手に入れたいきさつをすべて記憶しているらしいミドラーも、不思議そうに首をかしげた。
「と、とにかく見てみよう」
アーリは小さなハンマーを取り出すと、石の三か所を叩いた。
コンッ、コンッ、キーンッ。
三回目の音が響くと、表面が光り出し立体映像が投影された。
「おぉ! これがドワーフの技術か!」
「しっ! 音声が流れる」
感動するミドラーをたしなめると、ナミラたちは映像に集中した。
「……王よ、正気ですか!」
男の声が聞こえる。
その声にアーリは「お父さんだ!」と言った。映像に映る男は、頭に王冠を乗せたドワーフでタマガン王国を統べる者だろうことが分かった。この映像は、グリの胸元から撮られているようだ。
「何度も言わせるな、大戦士グリ。もうレッドとも話がついている」
「それが問題だと申しているのです。なぜ連合の言いなりになりますか! 我が国の王たるお人が、金に心を奪われたか!」
「言葉が過ぎるぞ、グリ」
「何度だって申し上げましょう。それであなたの目が覚めるのなら! この期に及んでセリア王国を攻めるとは、どういうおつもりか!」
視線がナミラに集まる。
何も言わず映像を見続けてはいるが、表情が強張っていた。
「国境にオリハルコンが眠っていると分かれば理不尽に攻め入り、金を握らされれば停戦を受け入れ、再び目先の利益のために軍を動かそうとする。これが金の亡者でなく王だと申されるか! ならば、今この世で最も金を持つ連合のダーカメこそが王。いや、世界の覇者と言えるでしょうな! あなたはその言いなりになっているだけだ!」
「そうじゃないですよ。タマガン王は良き協力者です」
奥からべつの男が進み出る。
分厚いその声に、ナミラは聞き覚えがあった。
「連合の将軍ダイスケ! 貴様、ここでなにをしている!」
グリの怒号が響いたが、タカシは表情を変えない。
「先にレッドに寄ったのですが、今と似たようなことになっていましたので。もしかしてーと思って来たんです。グリさん、あなたもこの男と同じようになりたいですか?」
タカシが指を弾くと、背後で扉の開く音が聞こえた。
振り向いたグリが見たのは、エージェントに捕まったゴルロイの姿だった。
「父ちゃん! 嘘だろ!」
ガオランが失意を露わにする。
背中をアーリが撫で、二人は黙って手を握り合った。
「ゴルロイ!」
「すまん、グリ。しくじった……」
乱暴に投げられたゴルロイは、駆け寄ったグリに囁いた。
「こっちの王も同じようなもんだ。ゴーレムや銃に怯えて服従を誓いやがった。獣人の誇りもねぇ。牙も爪も抜け落ちた毛玉になりやがった」
「不敬極まりないですねー」
タカシがため息をつくと、グリが立ち上がった。
映像の端に、闘気の光が見える。
「連合の毒牙のせいであろうが! 将軍タカシ、その首ダーカメへの元へ送り返してやる!」
「グリ、やめ」
ゴルロイの制止を聞かず、グリは殴りかかった。
王の御前であるため武器は持っていないようだが、ドワーフの怪力に人間が敵うはずはない。
「なに!」
にもかかわらず、タカシは片手で軽々と受け止めた。
「さすが幼馴染み。やること同じですね」
「がふっ!」
腹部に正拳突きをくらい、グリは元の場所へ吹き飛ばされた。
(強い!)
ナミラもタカシの実力に目をみはる。
「……さて、市民を扇動されても困るので」
背後に控えていたエージェントが、二人に無理やり首輪を付けた。
「な、なんだこれはああああああ!」
緑の稲妻が映り込み、二人の戦士が苦しむ声がこだまする。
「操らせてもらいますよ。あ、でもご安心ください。妖精剣士との再戦はさせてあげます。このタカシと共に戦いましょう!」
閃光の向こうで、タカシが嬉しそうに胸を叩いた。
「ガオ……ランっ!」
「アーリっ!」
我が子の名を呼ぶと、二人は闘気を振り絞った。
「「ガアアアアアアアアッ!」」
タカシに向けて放たれた荒々しい力は外れ、壁に大穴が空く。
しかし、その光には一部始終を見ていたこの記録石が乗せられており、大空へと飛んでいった。
「父ちゃん!」
「お父さん!」
遠ざかる二人の父の姿は、まるで人形のように立ちすくむものだった。
遥か先で商人の男に拾われたのを最後に、映像は途切れた。
暗い沈黙が漂う。
さすがのミドラーも、酔いに任せて場をかき回すようなことはしなかった。
「父ちゃんたちは大丈夫だ」
ガオランが呟く。
まだ小柄な少女の目は、たしかに戦士の輝きを放っていた。
強く、たくましい光が。
「二人は強いんだ。あんな卑怯なマネで死んだりするもんか!」
「そう……だね。うん! ぼくも信じてる!」
触発され、アーリも笑顔を見せた。
「……問題は話にあったセリア王国の件、かな」
レイミが言葉を選ぶように、恐る恐る言った。
「……この記録石が拾われたのが数日前なら、もう戦争の準備は済んでいる可能性がある。ミドラー、ガルフ様に連絡取れるか?」
ナミラは努めて冷静になろうとしたが、滲み出る怒りは周りに伝わっていた。
「できるよ〜。ただ、この塔は魔法妨害を受けてるから、今からアプローチして繋がるのは明け方かなぁ。それに時間も短くなると思うけど」
「構わない。すぐに用意してくれ」
「は〜い。でも、さっきの話が本当ならいろいろ注意したほうがいいかもね。ダーカメはもちろん、レイイチ・ベアもなかなか黒い男だからさ」
「……どういう意味ですか?」
たまらず、レイミが疑念も口にした。
「おや、弟なのに知らないのかい? レイイチは連合の裏を牛耳る男だよ。特に要注意なのが、暗殺集団ベリアル。彼直属のアサシンたちさ」
水晶玉を取り出しながら、ミドラーは語る。
「お師匠も国に大切な人がいるなら、ガルフに言って気をつけたほうがいい。ベリアルが動いているとしたら、命の危険があるよ」
「そうだな。でも、大丈夫だ。俺の友達はみんな強いよ」
「ご家族は? 戦争になるなら、お父上は留守にするだろう?」
「それなら」
やっと見せたナミラの笑顔は、不敵なものだった。
「優秀な執事たちがいるからな」