『水界のミドラー』
「ターゲットは東商店街方面に移動。ゴーレム隊、迎撃用意!」
建物の屋根を飛び越え、背を狙う銃弾を避ける。
待ち構えていたエージェントを倒しながら進むと、小型と中型ゴーレムの連隊が待ち構えていた。
「撃てぇ!」
エージェントのマシンガンよりも大きな弾が、横殴りの雨となって襲いかかる。
中型からはミサイルも放たれた。
「ガオラン、アーリ!」
「よっしゃ!」
「うん!」
ナミラたちはそれぞれ武器を構え、闘気を以て迎え撃つ。
「闘技 斬波!」
「爪獣紅閃!」
「破状槌!」
斬撃と紅の閃光と衝撃波が重なり、迫るすべてを消し飛ばした。
「こっちだ!」
「追え! ドラゴンチームからサンダーチームへ。そっちに向かったぞ! 挟撃準備!」
街中に三人を追う部隊が配備され、行く先々で戦闘を繰り広げざるを得ない状況だった。
「にゃははは! 楽しいな!」
そんな中、ガオランだけは明るい笑い声を上げていた。
「そんなこと言ってる場合じゃないよ、ガオちゃん!」
「まぁ、たしかにこの三人なら迎撃は簡単だ。だが」
飛び降りた先で、剣やナイフを使う白兵部隊に襲われた。
一人一人倒しながら、ナミラは険しい顔で続ける。
「とにかく数が多い。それに、なにより地理的にこっちが不利だ。いろんな意味でな」
「どういうことだ?」
「いやあああ!」
首をかしげるガオランの向こうで、野太い悲鳴が上がった。
死角に入ろうとしたゴーレムが商店の看板を壊し、野次馬をしていた男に落下していた。
「こういうことだ!」
風のように駆け抜け、男を脇に抱える。
看板を避け、魔氷針の魔法でゴーレムを破壊した。
「ナ、ナミ坊……助かったで」
男は毎朝冗談を交わす顔なじみだった。
ため息をついて、ナミラは男を下した。
「なにしてんの、おっちゃん。地下にシェルターがあるんだから、はやく避難してって」
「そんなんする奴おらへんって。この街の連中は野次馬根性が座っとるんや!」
なぜかドヤ顔で、おっちゃんは胸を張った。
ふと目をやれば、物陰から戦いを覗く一般市民が何人も見える。
どっちを応援しているのか分からない野次も、銃声に混ざって聞こえていた。
「あんたら巻き込むから大技使えないって言ってんの!」
「街中で使おうとすんなや、そんなもん。そや、お前らなにしたんや? ガオちゃんとアーリちゃんまでいっしょに暴れて……いや、ガオちゃんはべつにおかしないけど」
「……ごめん、ダーカメさんと揉めた。俺たちはアブダンティアを出ていく」
ナミラの言葉に、おっちゃんは一瞬悲しそうな目をした。
「そか……あの人もいろいろ腹黒いからなぁ。ま、死なずにおったらまた会えるやろ。三人とも達者でな。捕まったら、待遇良くしてくれって騒いだるからな!」
「捕まる前提かよ」
「当たり前や! 連合の軍は強いんやでぇ? せやけど……逃げられたら、そんときも祝ったるわ」
まるでいつもの朝のように、おっちゃんはナミラたちを見送った。
その後、知り合いに片っ端から連絡を取り、多くの住民を地下へ避難させたことを、ナミラは知る由もない。
「ゴーレム部隊、援軍到着」
「狙撃班、配置についた。ポイントへ誘い込む」
「くそっ!」
エージェントによる攻撃の手は緩まない。
じわじわと、ナミラたちは袋のネズミと化していく。
「ナ、ナミラくん。僕を置いていってくれ。そうすれば、もっと速く動けるだろう?」
背中に抱えたレイミが、泣きそうな声で囁いた。
「そんなことしたら、犯罪者として捕まってなにされるか分かりませんよ」
「しかし……」
「それにさっきの俺の姿、気になるでしょう? 聞きたかったら、このまま耐えてください」
レイミはそれ以上なにも言わなかった。
笑って返したナミラだったが、状況が悪いことも事実。
ただ大技も最高位魔法も使えない状態では、いつかは連合の物量に負けてしまう。
「大型ゴーレムだ!」
アーリの悲鳴が上がった。
道を塞ぐように現れた巨兵は、すでに狙いを定めている。
「誘い込まれたか」
「にゃははは、すげぇい! こうなったら、全力で特攻を」
「ダメだよガオちゃん!」
手から竜心に闘気が集まる。
こうなったら、街の半壊覚悟で真・斬竜天衝波を放つしかない。
「投降しろ。きみたちは完全に包囲されて」
「『水縛の牢獄』」
間延びする声が響いたかと思うと、ナミラたちを美しい水が囲み一気に縛り上げた。
「ぼがぁ!?」
「ごぼごぼごぼ!」
全身を水で包まれ、呼吸ができない。
そして、足元に穴が開いたかのように突如落下する感覚が襲った。
(これは水の中級魔法。だが、俺が知ってるものと違う。こんな効果はないはずだ!)
「黙って来なさ〜い、ガルフの友よ」
耳元で不機嫌な声がしたかと思うと、四人の視界は荒れる海のように歪んだ。
何事かと発砲したエージェントたち。
しかし着弾前にナミラたちは消え、あとには大きな水たまりだけが残っていた。
「ほっ!」
「うわぁ!」
「ぐへぇ!」
辿り着いた先は薄暗く、床や壁は石造りになっていた。
疲れ果てているレイミを下ろしてやり、ナミラは周囲を観察する。図書館のように書物が積まれているかと思えば、そこらの酒場より充実した種類の酒瓶が並んでいる。
初めて訪れた場所。だがナミラには、この部屋の主に心当たりがあった。
「おぉ~、全員来たね〜」
先ほど聞こえた声がした。
見ると、本と酒が転がる部屋の隅に人影があった。
「水界のミドラー。西の賢者か」
他の三人が驚いて人影を見る。
無理もない。第一印象はただの酔っ払いだ。
「はぁ~い、ボクがミドラーさんですよぉ。そしてここは、西の賢者塔のボクの部屋〜。はい、賢者様に拍手~命の恩人に感謝~」
立ち上がったミドラーは、千鳥足で近づいてきた。
よれよれのローブに、大きな丸眼鏡。薄緑色の髪は光石に照らされてキラキラと光っている。
そして、特徴的な尖った耳。
「エルフか、あんた」
「そだよ~。お酒の魅力に憑りつかれたエルフとは、そう、ボクのことぉ!」
うへへへと笑いながらよろけたミドラーを、咄嗟にアーリが支えた。
「あ! ご、ごめんなさい。ドワーフが、エルフに触って」
「うみゃ? べつに気にしないよそんなことぉ~。きみかわいいし」
離れようとした華奢な体に、酒臭い女が抱きつく。
「こいつ酒臭い! 鼻が曲がりそうだ~!」
近くにいたガオランが涙目で唸った。
「ミ、ミドラー、様。いつも酒のご注文ありがとうございます。ベアズ商会のレイミ・ベアと申します。えっと、普段はお弟子さんが窓口になってますので、お会いするのは初めてですね」
商人の癖なのか、顔色の悪いまま背筋を伸ばしたレイミが頭を下げた。
「はいはい~、こちらこそいつもお世話になってたりします~」
「……酒の探求のために水魔法を極めた変人ってのは、本当だったんだな」
呆れて言ったナミラだったが、さきほどの魔法には関心していた。
ただの拘束魔法に強制転移の効果を追加し、しかも複数人を移動させた。並々ならぬ研究と才能がなければ、できることではない。
「あははは、そう言われてるみたいだねぇ。きみはナミラ・タキメノくんだよね? はい、出して」
ぶるんっと巨乳を揺らし、ミドラーが手を出して物欲しそうな瞳を向けた。
「え、なにを?」
「お酒だよお酒! ガルフから預かってるんでしょ?」
腰を振って期待の視線を送る。
気まずい気持ちになったナミラは、さっと顔を逸らして答えた。
「あ、あの……すいません。部屋に置きっぱなしです」
体にヒビでも入ったのか、ミドラーは膝から崩れ落ちて泣き叫んだ。
「そんなひどいよぉー! お酒もらうために助けたのにー!」
「そのためだけかよ!」
思わずツッコんだが、部屋中に転がる酒瓶を見ればその理由に納得してしまう。
「もういい! 怒った! ダーカメのところに送ってやる!」
ミドラーが胸の谷間から杖を取り出し、魔力を込め始めた。
「いやいやいやいや待って待ってくれ! そうだ、あんたが知らない美味い酒の飲み方を教えてやるよ」
酒で赤くなった耳がピクリと動き、魔力の光が消えた。
「……それ、本当かなぁ? この百年、世界中のお酒を飲み歩いたボクに向かってそんなこと言うなんて〜。嘘だったら承知しないよ?」
バボン王の前世が、ナミラの顔をニヤリと笑わせた。
「ま、楽しみにしてくれや」