表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
130/198

『逃走』

 ホテルまでの道中、ナミラは今後の身の振り方を考えていた。

 サニーが正体不明の術で魂に干渉してきたことは、感覚で分かった。だが、数多の前世たちがそれを跳ね返し、逆にダメージを負わせた。ナミラの意思とは関係ない無意識下でのことだったが、状況は良いとは言えない。ギフトについて、情報を与えてしまった可能性がある。


「……能力が前世に関係していることはバレているだろうな。連合から脱出することはできるが、なんとかセリア王国に伝えないと。最悪、口実にされて戦争になる」


 街は意外なほどいつもと変わらない。

 ホテルの従業員も、普段と同じ笑顔を向けてくれた。

 

「部屋は……侵入の形跡もないな」


 傍受の危険性から、今まで通信魔法は使わなかった。

 だが、事は急を要する。なりふり構っている暇はない。


「西の賢者塔に行けば、水晶を貸してもらえるだろうか。そういえば、まだガルフ様からの酒を持って行ってないし」


 水の賢者がどんな人物かは分からないが、酒好きならバボン王の知識が役に立つだろう。

 

「さっそく、今夜行動してみるか……そういえば、今日はガオランとアーリに会ってないな。いつもなら、勝手に部屋に入ってきたりするのに」


 呟き終えると同時に、ナミラの顔が強張る。

 完全防音の部屋の中で、かすかに聞こえた戦闘音。

 そしてそれは、荒々しい殺気と共に近づき、床を破壊して姿を見せた。


「うわあ!」

「ギャオ!」


 床に大穴が空き、短い悲鳴と共に獣人とドワーフが飛び込んできた。


「やりすぎたー! ぶっ壊しちゃった!」

「ガ、ガオちゃん落ち着いて」

「気づいて俺のこと」


 声をかけて初めてナミラの存在に気づいたようで、二人は驚きつつも笑顔を見せた。


「よっ! 本部行ったって聞いてたけど無事だったか! アタシらはさ、なんかいきなり襲われてさ!」


 見ると散らばったゴーレムの残骸があり、二人とも体中小さな傷や汚れで塗れていた。


「理由は?」

「分からない。二人で地下の混浴風呂に入ってたら、急に大人しくしろって乗り込んできて。そしたら、ガオちゃんが殴っちゃって……」

「応援を呼ばれたのか。なぁ、二人とも。今から俺も逃げ出すから、手を組まないか?」


 これ幸いと、ナミラは協力を持ちかけた。

 ガオランもアーリも、二つ返事で了承した。


「当たり前だ! むしろ巻き込んで行こうと思ってた!」

「こちらこそ心強いよ〜。でも、よかった。ギリギリで服着てて」

「よし。なら早くここから」

「逃げられては困るな」


 冷徹な声がした。

 扉から完全武装のエージェントたちが入り、銃口を向けて囲む。そのあとから、レイイチが姿を見せた。


「レイイチ、さん。意外ですね、こんな最前線に出てくるなんて」

「なに、ちょっとした行き違いがあったみたいだからね。決して、私は手荒な真似はしたくないのだよ。皆、銃を下ろせ」


 エージェントに指示を出すと、レイイチは深々と頭を下げた。


「ガオランくん、アーリくん。無礼なことをして申し訳ない。エージェントが暴走してしまったんだ。連合として、こんなことをするつもりはなかった。心から謝罪する」


 ガオランとアーリは目を丸くしてレイイチを見た。

 彼の謝罪が、それほど意外だったのだろう。顔にまで出ていた警戒が和らいでいく。


「そうだったのか!」

「まぁ、レイイチさんがそこまで言うなら許しても」

「嘘ですよね」


 レイイチに負けず、口をはさんだナミラの声も淡々としていた。


「なぜそう思うのかな?」

「あなたは嘘をつくとき、口の端がピクピク動くんだ」


 今度はレイイチが驚きの表情を浮かべる。


「それをどこで」

「とにかくこの場は押し通る。邪魔するなら容赦はしない!」


 ナミラが威嚇の闘気を放つと、一斉に銃口が向けられた。

 ナミラに同調したガオランも牙を剥き、アーリは槌を構えて睨む。


「……仕方ない。彼がどうなってもいいのかな?」


 遅れて姿を現したのは、レイミ。

 銃を突きつけられ、人質にされていた。


「す、すまないナミラくん」

「我々の動きを察して、きみを逃がそうとしていたんだ。ダーカメ様を尊敬していると言いながら、なんと愚かな」

「黙れ! 尊敬しているからこそ、見過ごせなかったんだ! 彼らは他国からの留学生だぞ! こんなことしたら戦争に」

「……なにしてんだ」


 空気が変わる。

 吹雪の中に身を置くように冷たく、鉄を飲み込んだように重たい。

 その中心にいるナミラは、悲しげな目でかつての兄弟を見ていた。


「なにしてんだよ、あんた! 弟だろ! なんでそんなことができるんだ!」

「今だ!」


 突然の怒号に周囲がたじろぐ中、アーリが隙をついて煙幕を発生させた。


「ガオッ!」


 息の合った動作でガオランが駆け回り、囲んだエージェントをあっという間に倒していく。


「なにをしている! こっちには人質が」

「ぐあっ!」


 レイイチのとなりにいた男が、鈍い悲鳴で倒れこむ。

 煙の向こうでナミラが意識を奪い、レイミを助け出したところだった。


「……兄さん」


 だが、現れた男の顔はナミラのものではなかった。

 

 死んだはずの弟、レイジ・ベアが立っていた。


「レイ……ジ?」

「え?」


 抱えられたレイミも目を見開く。

 憎い兄の言葉が信じられなかった。


「なぜ……お前が」

「なにしてるんだ。レイミを傷つけて、あんなに可愛がってたじゃないか!」


 あり得ないはずの死者との会話。

 並みの人間なら取り乱している状況だが、レイイチは鋭い視線を送って答えた。


「お前には関係ないことだ!」

「関係ないことあるか! 父さんと母さんだって……本当に兄さんが殺したのか?」

「あぁ、そうだ! 私が殺した!」

「なんでそんなことを」

「黙れ! 勝手に死んだ奴になにが分かる! お前に……私のなにが分かるというのだ! 死人が口出しするな!」


 レイイチと再会して、初めて見せた感情の昂ぶり。

 拒絶するかのような言葉とは裏腹に、煙越しに見える表情はなんとも痛々しく、レイジの人格では見ていられなかった。


「ナミラ! 今のうちに逃げるぞ!」


 タイミングよく、ガオランが声をかけた。

 ガラス窓の割れる豪快な音も響く。


「……レイミは連れていく。次に会ったら、手加減しない」

「こっちのセリフだ」


 苦々しい表情で、レイイチは消える弟たちを見つめる。

 ナミラたちと共に飛び降りたレイミの悲鳴が遠くなり、煙が窓から抜け出ていく中で、一人呟いた。


「レイジ、お前まで私を否定するのか。《《よりによって》》あの少年に生まれ変わるなんて」


 眠らない街に、かつてない喧騒が広がる。

 銃声と爆発音を聞きながら、レイイチは膝をつき静かに涙を流した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ