『勧誘』
「ナミラくん。おはようさん」
「ナミ坊、今日はうちの手伝いできるか?」
アブダンティアに着いて一ヶ月。
ナミラはガオランとアーリはもちろん、街の人々とも積極的に交流を深めていた。
商店の手伝いや強盗などから人々を助けた結果、噂は街中に広がり、ちょっとした有名人となっている。
「ごめん。これからダーカメ様に会うんだ」
「あー、ならしゃあないな。ってか、やっとお会いできるんやなぁ。失礼のないようにな」
「おっちゃんじゃないから、大丈夫だよ」
「どういう意味や!」
街の人たちは冗談を言いながら笑顔で声をかけ、手を振ってくれた。
目指す連合本部は、街のどこにいても見ることができる。そういう意味で張り合えるのは、街はずれにある西の賢者塔くらいなものだが、こちらは厳かで暗い印象だ。しかし、奇抜なデザインの本部は、良くも悪くも街のシンボルと化している。
路面電車に乗り、最寄りの駅で降りると、建物からの圧がすごい。
「セリア王国派遣学徒。ナミラ・タキメノです」
「……うん、ようこそ連合本部へ。ダーカメ様がお待ちだ。係の案内に従いなさい」
正面玄関の警備兵に声をかけると、顔と首からかけた身分証の確認を受けた。
身分証には特殊な魔法陣が刻まれていて、ガオラン、アーリとの一夜が明けた日に届けられた。解析してみると、警備兵のアイガード越しに視認したとき、ナミラの個人情報が読み取れる仕組みになっていた。
「お待ちしていました、ナミラ様。では、こちらに」
受付にいた女性が微笑み、ナミラを先導して歩く。
さすが本部と言うだけあって、内部は広く清潔感もある。また、古代文明の技術が使われていて、監視カメラや武装したエージェントたちが徘徊していた。
(……なるほど。あのときの強盗が持っていた銃は、ここから盗んだものだったか。なら、警備にも穴がありそうだ)
少年の顔で冷静に周囲を観察するナミラ。
やがて最上階に到着すると、アブダンティアを一望できる広い部屋に通された。
「ナーミーラーくーん! 会いたかったでぇ!」
陽気で明るい男の声。
ド派手な金ぴかの服に身を包んだ連合のトップ、ダーカメであった。
「ごめんなぁ、なかなか会えんで。いろいろ忙しかってん。あ、この二人はもう知っとるな。サニーちゃんとレイイチはんや!」
早口に、同席する者たちを紹介していく。
その中に見慣れぬ男の姿があった。
「んで、こっちは連合の頭脳! プレラーティ博士や!」
「ふひっ、よ、よろしく」
「……よろしくお願いします」
よれよれの白衣に、紫の髪。
笑いながら視点が定まらず、どこか落ち着かない様子である。
(この男が古代文明を再現したってことか……いや、それよりも)
ナミラは部屋を見渡した。
大きな円卓があるのは、セリア王国の会談時と変わらない。しかし、ダイスケがプレラーティに変わったものの、連合側は主要な幹部が揃っている。息を潜めてはいるが、部屋の外には多数のエージェントが待機していることも察していた。
(気を引き締めたほうがいいな)
悟られぬようひっそりと、ナミラは警戒を強めた。
「ま、立ち話もなんやから、座って座って!」
席に着くと、間髪入れずにダーカメの質問が飛んだ。
「どや、アブダンティアは?」
「はい、すごい街ですね。毎日驚きっぱなしです」
「せやろぉ? 初めて来たもんの半分は腰抜かすからなぁ!」
愉快に笑うダーカメだが、他の三人は嫌に静かだった。
「きみの噂も聞いとるで? まだ一か月やのに、街のもんとエラい仲良ぉなったみたいやん。ホンマ大人気やん、グッズでも売ったろうかな? あ、そうや。王国の人らとは、連絡取りよるか?」
「はい。昨日も手紙を送りました。友人たちからは、自分たちも行きたいって言われてますよ」
「おぉ! そりゃええなぁ。はよぉ、本格的に国交開始せなあかんな。ご家族は元気か?」
やることがないからか、レイイチが目の前のお茶を口に運んだ。
「はい、変わりなく」
「そかそか、また妖精剣士に会いたいのぉ。あ、そやナミラくんに相談なんやけど」
「なんでしょう」
「きみ、連合に付かんか?」
人懐っこい笑顔のまま、ダーカメは軽く言い放った。
しかし、言葉の内容は重い。
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味や。セリア王国裏切って、うちの人間にならんかってこと。衣食住、全部保障するし家族やお友達も受け入れる」
「なぜ、そんなことを? 父は偉大ですが、自分は一介の学生なのに」
「きみがギフト・ホルダーやからや」
ダーカメに目立った変化はない。
しかしナミラには、纏う空気が変わったように感じられた。
「きみの活躍は知っとんねん。斬竜団、魔喰、魔王。数々の強敵相手に、アホみたいな力で戦っとるらしいやん。話聞いてピンときたわ。こりゃ、ギフト以外にあり得へん」
「根拠は?」
「ワイの勘や。こういうとき、外れたことがない」
周りのエージェントたちに、息苦しい緊張が満ちていく。
「誰からなにを聞いたのか知りませんが、少なくとも王国を裏切ることはないですよ」
「うんうん、今はそれでええよ。頭の隅にでも置いといてくれ。ワイは、きみみたいな優秀な子ぉが、連合にいてくれることが嬉しいんや。もっと仲良ぉなって、贈り物の中身も教えてくれたら、なお嬉しいんやけどな?」
「……そうですね」
お互いに含みのある笑顔を交わすと、ダーカメが腕時計に目をやった。
「お、もうこんな時間や! 悪いな、ナミラくん。ワイ、次の仕事があんねん」
わざとらしいと思いながら、ナミラは「残念です」と返した。
「じゃ、気をつけて帰ってな? ガオランちゃんとアーリちゃんにも会ったら、よろしゅう伝えとってや」
「えぇ。今日はありがとうございました」
お辞儀をし、ナミラは部屋をあとにした。
「やってくれたな……」
ごくごく小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
そして扉が閉まるとすぐ、サニーとエージェントたちが血を吐いて倒れた。
「どないしたんや!? みんな大丈夫か?」
一斉に倒れたエージェントたちは、一様に苦しむ声を上げている。
ただ一人、こぼれた自身の血を見つめるサニーだけは、不気味な笑みを浮かべていた。
「なにあの餓鬼……面白いじゃない」
「サニー女史。なにがあったか説明していただけますか? プレラーティ博士、下に救護の要請を」
淡々とした口調のレイイチが、ハンカチを手渡しながらサニーに問うた。
「……いつものことよ。魂に干渉して操ってやろうと思ったの。そしたら、なんて言うのかしらね。個人ではあり得ないほど大きくて深かったのよ、魂が。まるで……そう、まるで大勢の魂が一つになっているような。覗き見た途端、私のほうが壊されそうになったから、周りの子を盾にしたのよ」
口を拭うと、赤く染まったハンカチを悪びれもせずに返した。
「……全員ですか。彼らは皆、優秀なエージェントたちですよ?」
「ちょっと血を吐いて錯乱してるだけよ。明日には治るわ。なに? 自分がなりたかった?」
仲間であるはずの二人だが、相性は悪いらしい。
「ま、なんにせよや!」
パンッと手を叩き、ダーカメが注目を集めた。
「博士、測定器見してもらえます?」
話を振られて、プレラーティが白衣に隠していた端末を手渡した。
「……なんやこれ、数値めちゃくちゃやんけ。これ、魔力やら闘気やら潜在能力計るもんですやろ? 災害並みのバケモンから、そのへんの虫レベルまでブレっブレやんか」
いっしょに覗いていたプレラーティは、呆れるダーカメと違い思案する表情を見せた。
「い、いや。もしかすると、これが彼のギフトなのかもしれない」
「どういうこっちゃ?」
「サニーの話と合わせると、恐らく彼の魂に関係する能力でしょう。そしてこの数値……わたしの推測ですが、彼は様々な生命体になれるのでは? 例えば……魂に刻まれた前世の姿とか」
ダーカメはハッと目を見開いたかと思うと、納得したように頷いた。
「それや! そんなら会談のときのドワーフも説明がつく! ヴェヒタいう名前でピンときたで! あれがあの子の前世なんや!」
「ということは……」
「あぁ、ヤバいなんてもんやない。こっちの技術全部まるっとお見通しっちゅうことや」
ダーカメの苦笑いと対象的に、プレラーティは知的好奇心に溢れ身をよじらせた。
「はあぁっ! それならぜひ、古代文明の知己を教えてもらいたい!」
「そうなればええけどな、博士。すんなり協力してくれると思うか?」
「それなら、せざるを得ない状況を作ればいい。ワタクシは彼と意思疎通ができれば、体がどうなっていようと構いませんよ?」
さも当たり前の如く、プレラーティは微笑んだ。
「……せやな。さすが連合一の変態や。んで、そんなんはワイらの十八番やんな。のぉ、レイイチはん?」
怪しく、闇に浮かぶような笑み。
連合のトップにまで上り詰めた、ダーカメ・ゴルドの本性が垣間見えた瞬間であった。
「はっ。すぐに手配を」
「うん、よろしゅう。タマガンに行っとるダイスケにも、連絡しとってな」
「私は少し休ませてもらうわ。でも、このままで終わる気はないわよ~?」
「ワタクシはゴーレムの整備を行いましょうか。あぁ、最新装備の試運転にもちょうどいい相手ですねぇ!」
幹部たちの目に、冷たく燃える光が宿った。
これこそ、派手さに隠れた連合発展の礎。
人情を謳いながら情け容赦のない、闇の側面である。
「さぁ、ワイら敵に回したこと、後悔させてやろうや」
その後。
救護班が到着したときには、ダーカメはいつもの笑顔を振りまいていた。
しかしすでに、連合の魔の手はナミラに狙いを定めている。
そして、それに気づかないナミラではなかった。
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