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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『ついてたりツイてなかったり』

 見える星はどの国でも変わらない。ただ、どう感じるかは大いに変わる。

 旅の吟遊詩人ジョニーの前世は、生前そんな言葉を残した。


 現世を生きるナミラは、その言葉は少し間違いだったかなと思っていた。窓から見える星空は、故郷よりも少しかすんでいて数も少ないように見えたのだ。


「……結局、最後はダーカメと会えるはずだったのに、急な予定で延期か。まぁ、それはべつによかったけど、あれは流石にキツかったな」


 ベッドに横たわり、天井を見上げる。

 事情を聞き、連合政府本部から立ち去ろうとしたとき、思わぬ人物と出くわしたことがはっきりと目に浮かぶ。


「ナミラ・タキメノくん」


 声をかけてきた長髪の男。

 警備兵も緊張の面持ちに変わる権力者。

 さんざん話題にしていた、レイイチ・ベア本人だった。

 

「は、はい」

「せっかく来てくれたのにすまない。どうだろう? 私でよければ、少し時間を」

「なにしに来た!」


 ナミラたちの間に入り、レイミが吠える。

 噛みつくような視線を兄に向け、今にも殴りかかりそうだった。


「今日はタマガンの別荘を見に行くんじゃなかったのか? ダーカメ様と賭けをして勝ったんだって、もっぱらの噂だ」

「……貴様には関係のないことだ。どけ、お前と話す気はない」


 対峙するレイイチは、そんな弟を一瞥もせずに言い放った。


「彼の案内役は僕だ! 予定していたダーカメ様との面会がないのなら、今日はこのままホテルに帰る!」

「貴様に決定権はない。決めるのは私か、当事者のナミラくんだ」


 静かな物言いにも関わらず、空気がビリビリと震える。

 近づこうとする者は誰一人おらず、本部に用があった人々は遠巻きに眺めながら、戦々恐々としていた。


「さっさと家に帰って、古いおもちゃでも磨いているといい。あの愚か者が寄こしたガラクタをな」


 レイイチが悪態と共に鼻で笑った。

 その瞬間、レイミの拳が強く握られ顔が怒りで真っ赤になった。


「愚か者……レイジ兄さんが? あの人は立派な人だ! お前なんかより、よっぽどこの世界に必要だった人だ! 取り消せ! 今すぐ取り消せぇ!」


 我慢できなくなったレイミは飛び出し、拳を振り上げた。

 遠くで短い悲鳴が上がり、誰もが悲劇を予感した。


「レイミさん。落ち着いてください」


 しかし、悲劇は起こらなかった。

 ナミラが素早く回り込み、レイミの拳を受け止めた。


「な、なにを」

「気持ちは分かりますが、どうかこの場は落ち着いて。せっかく仲良くなった友人を、失いたくはない」


 ナミラの言葉に、レイミはハッとして周囲を見渡した。

 いつの間にか、何人もの警備兵が銃口を向けている。もし連合のナンバーツーであるレイイチに危害が加えられようものなら、たとえその身内であっても彼らは引き金を引いただろう。


「……くっ!」


 苦々しい表情で、レイミは拳を引っ込めた。


「今日は帰ります。貴方とのお話も、また後日お願いします」

「……分かった、お茶菓子でも用意して待っていよう。身内の恥ずかしいところを見せて、すまなかったね」


 その後。

 ホテルに着くまでレイミとの会話はなかったが、小さく「こっちは身内だと思ってない」という声は聞こえた。玄関ホールで謝罪を受けて別れると、ナミラはなにをするでもなく時間を潰し、気づけばこんな時間になっていた。


「レイミ。レイイチ兄さん」


 魂の中のレイジが呟く。

 自分の死後、一体家族になにが起こったのだろう。


 目も当てられぬほど崩壊した兄弟の関係。

 両親の死と兄の変貌。


 悲しさが胸に広がる。

 この滞在は、あくまでセリア王国のため。主な任務は偵察だ。

 でも、かつての家族を救いたいと思うのは、関係のない出過ぎた行為だろうか。


 ぐるぐると回る頭を切り替えるため、ナミラは自分の頬を叩いた。

 飛び起き、着替えを手に取ると部屋を出て、エレベーターに乗り込んだ。


「ここ、温泉があるって言ってたからな。いろいろあって疲れたし、リフレッシュさせてもらおう」


 一階で降り、左に進む。

 すると、突き当りに男女に別れた入り口が見えてきた。


「そういえば、あの二人はどうしたかな」


 服を脱ぎながら、今朝出会った獣人とドワーフのことを思い出す。

 ガオランはレオニダスの前世とまだ話したがっていたし、アーリは竜心に興味が尽きない様子だった。しかし、ギフトのことを言うわけにもいかない。どう説明していこうかと考えながら湯を目指すと、湯気の向こうに先客が見えた。


「こんばんは〜」


 あくまで、ここでは親睦のためにやってきた学生。

 国の名誉のためにも、日頃の行いも重要だ。


「こんばん……ふぇっ!」


 人影が飛び上がり、可愛らしい声を上げた。

 間違いなく男湯に入ったはずだが、聞こえたのは少女のようだった。


「ご、ごめんなさい! 入るほう間違え」

「待って、ナミラくん!」


 名前を呼ばれて、声に聞き覚えがあることに気づいた。

 お湯の中を歩いてくる人影は、長い黒髪を肌に張り付かせた華奢な体つきに見える。初対面であれば、罪悪感とともに飛び出していたに違いない。


「アーリ!」


 先客の正体は、ガオランとともに決闘を申し込んできたドワーフであった。


「よかったぁ、きみもこのホテルだったんだね」


 お湯のせいか、ほっと微笑むアーリの頬は少し赤らんでいた。


「アーリも、怪我もないようでよか……じゃない! ごめん、出るよ!」

「待って待って! 大丈夫だから」


 なにが大丈夫なんだ、というツッコミを堪えたナミラの腕を、アーリがぎゅっと握った。

 巨木を振り回した怪力の前に、成す術もないナミラ。

 頭の中で、アニの怖い顔が浮かんでいた。


「よく間違われるんだけど、よく見て?」

「いや、見ちゃだめだろ」

「もう……えい!」


 アーリはなにを思ったか、掴んでいた手を自らの股間に押し付けた。


「アーリ! いけません! 年端もいかない女の子がそんな……女の、子?」


 手に伝わる感触。

 それは親しみのあるシンボル。

 柔らかくも芯の通った、ボール&バット。

 ついていないはずのものが、ちゃんとついていた。


「お前、男の娘だったのか!」

「そ、そうだよ……あんっ、あんまり動かしちゃダメだよ」

「うおっ! ご、ごめん」


 慌てて手を離しながらも、気まずくて言葉に詰まる。

 しかし、見れば見るほど美少女にしか見えない。きっとアニがまた、肌の透明感を羨ましがるのだろうと、容易に想像できた。


「わ、分かってもらえたかな?」

「う、うん。っていうか、アーリはなんでこのホテルに?」


 湯船につかり、二人は少しづつ言葉を交わす。


「あぁ、そういえばダーカメさんとは会ってないんだっけ。このホテルは、ボクらみたいな学生の宿泊先になっているんだよ」

「そうだったのか。なら、ガオランもいるのか?」

「うん。今は部屋で寝てるけどね。先月までは他にも何人かいたんだけど、今は僕ら三人だけみたい」

「たった三人に、この規模の宿か。けっこうな待遇だな」

 

 やれやれと息を吐き、首までお湯につかる。


「でも、ナミラくんと同じところでよかった。ボク、きみに謝りたくて」

「決闘のことか? もういいよ。戦士グリの息子なら、シュウ・タキメノの息子に勝負を挑むのは頷けるから」


 笑って済まそうとしたナミラとは違い、アーリは深刻な表情をしていた。


「たしかに、お父さんの代わりに勝ってこいって言われたのが理由だった。でもね、謝らないといけないんだ」

「……一体、どうして?」


 姿勢を整え、ナミラも真剣に耳を傾ける。


「あー、ちょっとのぼせちゃった、みたい」


 アーリがフラフラと近づき、肌を重ねた。


「ドワーフには、秘密の通信手段があるんだ」


 耳元で囁くアーリ。

 先程までなら情事を疑う光景だが、ナミラは盗聴を警戒していることを察し、そのまま体を支えた。


「普通、きみを襲えなんて重大任務は、国から正式に命令されるはずなんだ」

「違ったのか?」

「父さん個人から秘密の方法で伝わってきた。たまたまガオちゃんのとこが公に命令してきたから、便乗するかたちでやったんだけど。でも、二年も戦争してたタマガンが、きみのことには沈黙を貫いている。なにかがおかしいと思うんだ」

「……分かった。なにかあれば、その都度教えてくれ。協力する」


 二人は離れ、互いに信頼の笑みを浮かべた。


「ありがとう。助かったよ」

「無理はするなよ? あ、そうだ。もしよかったら、あの刀……竜心をまた見てみるか?」

「え! いいの? やったー!」


 湯の中を飛び跳ねるアーリの姿は、まるで可憐な少女だった。

 ナミラの目の前に、揺れるモノさえなければ。



「じゃあ、みんなこの階なんだね」


 十分にあったまった体で談笑しつつ、二人はエレベーターに乗った。

 アーリの部屋は二つ隣にだったらしく、そのさらに奥がガオランのものだという。


「そうだな。まったく、贅沢な使い方だな」

「今日はボクも疲れたから、刀はまた今度見せてもらうよ。ナミラくん……これからよろしくね。ガオちゃんも、よく突っ走って行っちゃうけど悪い子じゃないんだ。だから」

「分かってるよ。もう二人とは友達だと思ってるから」


 ナミラの言葉に、アーリは嬉しそうな表情を浮かべた。


「うん、うん! 友達だよね! じゃあ、おやすみ!」

「おやすみ。また明日な」


 ぶんぶんと手を振るアーリに別れを告げ、ナミラは自室のベッドに腰掛けた。


「いろいろあるが……今日はもう寝るか。少しでも休んでおかないと」


 明かりも付けず、そのまま目を閉じる。

 心身共に疲れた一日だったからか、寝入りはいつもよりもはやく訪れた。


「ぐへへ……ぐへへへ」


 しかし、数時間後。

 せっかくの眠りは下品な笑いで妨げられた。


「ガオランか!」


 体に跨る獣人の少女。

 白い短い体毛を揺らし、牙を垣間見せながらよだれを垂らしている。

 なにより、なぜか服を着ていない。


「お、起きたのか! ちょうどいい、お前の子種くれ」

「いきなりなに言ってんだお前」


 抵抗しようと動いた瞬間、もう一つの影に手足を鎖で縛られた。


「アーリ! お前こっちの味方じゃないのか!」


 涙目のアーリは小さく「ごめん~」と呟いた。

 どうやら、彼も巻き込まれた側らしい。


「あのな、あのな、お前と戦ってから疼いてしかたないんだよ。アタシら獣人の女はさ、強い雄に出会うと我慢できなくなっちゃうんだよ。な、分かるだろ? レオニダスになれるんならさ!」


 その習性ならば、たしかに前世の記憶でも知ることができる。

 だが、レイイチのことなどがあって、すっかり忘れていた。


「な? 頼むよ。これでも、自分でなんとかしようとしたんだ。でも、同じ階にお前がいるって知ったら、居ても立っても居られなくなったんだよぉ」


 まるで甘える子猫のように、荒い息で首筋を舐めた。

 レオニダスの経験がなければ、闘気で無理やり引き剥がしていただろう。しかし、その苦しみと抗えない本能を知ってしまっては、無下にもできない。


「……分かった。逃げないから、せめてこの鎖外してくれ」


 観念して言うと、アーリは痛くないように優しく鎖を外した。

 ガオランはお座りの状態で、ぶんぶんと尻尾を振っている。


「……アーリは、部屋に戻ってろ」

「いや、その……」


 しおらしく、アーリがもじもじと体をくねらせた。


「お、温泉でボクもムラムラしちゃって」

「おい!」

「大丈夫だ! アーリも強い雄だから、半年前からアタシとそういう関係だ! なにも恥ずかしくない!」

「そういう問題じゃねぇ!」


 完全に欲情した獣人とドワーフは、荒い吐息で近づいてくる。


「あーもう、分かったよ! こうなったら、サキュバスとインキュバスのテクで相手してやる!」


 ほとんどやけくそだったが、ナミラは二人を受け入れた。


 アブダンティアに、熱い夜が更けていく。



「ねぇ、モモちゃん」

「なに? アニちゃん」

「なんか、ムカつかない?」

「うん。なんか、ナミラくんが許せない気分」


 同じ時刻。

 王立学院アインズホープの女子寮では、二つの殺意が芽生えた。

 再会したあかつきには、ナミラは生死の境を彷徨うかもしれない。

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