『ベア家の人々』
「いろいろ驚いただろう? ここは連合でも、特に異質な場所だからね」
寡黙な運転手に操られ、ナミラたちが乗る車はアブダンティアの街を進んだ。
車窓には、整備された街並みが次々に映し出されていく。
「そうですね……セリア王国はもちろん、他国でこんなに文明の進んだところはないでしょう」
「そうだと思うよ。初めて来た人の半分は腰を抜かすから。ほら、あそこが首都で一番大きなビルディングだよ。あ、ビルディングっていうのは、そこら中に建ってる窓がたくさんある建物でね……」
冗談を交えつつ、ひとつひとつ丁寧に話すレイミの様子からは、人柄の良さが伺えた。
不意に「そういえば昔も、率先して生き物の世話や手伝いをしていたな」と、記憶が蘇った。
「……あの丸い建物が、商業ギルドのギルド館。いろんなお店が入ってて、一般人も利用できるよ。滞在中に一度は行くといい」
「ありがとうございます。冒険者ギルドはどこにあるんですか?」
「あぁ」
レイミが気まずそうに頬をかいた。
「アブダンティアに、冒険者ギルドはないんだよ。五年ほど前に、ダーカメ様が解体してね。代わりに、護衛や魔物の討伐なんかは、連合に所属するエージェントと呼ばれる人たちが行っている。まぁ、ほとんどが元冒険者の人たちだよ。エージェントは、ギルドと違って固定給があるからね。転職する人が大勢いたんだ」
話しながら再び外を見たレイミは、明るい笑顔で指を差した。
「見てごらん! あの一番大きな建物! あそこが連合政府の本部さ! すごいだろう!」
アブダンティアに入ったときから見えていた、一際目立つ前衛美術品のような建築物。
いかにも派手好きなダーカメが好みそうだと思いながら、ナミラは愛想笑いを浮かべた。
「あの、質問してもいいですか?」
窓から見える一通りの説明を受けたところで、ナミラは口を開いた。
「もちろん! そのために僕がいる」
「レイミ、さんのお兄さん。レイイチさんって、どんな方なんですか?」
「……どうして、そんなこと聞くんだい?」
終始ニコニコと笑っていたレイミの表情が、あからさまに曇る。
ナミラはレイイチに感じた変化を探ろうとしたのだが、予想外に重い空気になってしまった。
「え、えっと、あんなに大きな商業ギルドのギルマスをしてるって聞いてたんで。それに、ベアズ商会も有名ですよね? すごい人だろうなぁって」
信号が変わるまでの沈黙のあと、レイミはようやく語り始めた。
「冷たい人間さ」
吐いた言葉を印象付けるかのように、レイミの言い方も冷たいものだった。
「ダーカメ連合の暗部は、あの人がほとんど請け負ってると言っていい。ギルドはベアズ商会が入会してから一気に、対立する商会が次々に潰れていったんだ。その結果、ギルドで最も力のある商会になったのさ。あの人はギルマスとして、今じゃダーカメ様の右腕気取り……もちろん、僕はダーカメ様を心から尊敬している。でも、あの人は」
表情や言葉の節々に、憎しみが込められている。
心優しい弟と尊敬していた兄の現在。かつての身内の姿が、悲しく思えた。
「……僕には、もう一人兄さんがいたんだ」
魂の中のレイジがざわつく。
「とても優しい人だった。よく遊んでもらった記憶があるし、プレゼントのおもちゃは今でも大事にしてる。襲われていた見ず知らずの女性を庇って死んだ、勇気ある人だ。自慢の兄さんだよ。今でも、レイジ兄さんが生きていれば、ベアズ商会はこうはならなかったって言う人は大勢いるよ」
目にうっすらと涙が滲んだのは、レイミもナミラも同じだった。
「ご、ごめん。関係ない話まで。なんだか、身内と話しているみたいに感じてしまって」
「い、いえ。気にしないでください」
二人は慌てて涙を拭き、同時に頭を下げた。
一連の動きはよく似ていた。兄弟と言っても過言ではないほどに。
「あの……最後に。ご両親は」
レイミの話を聞いて、どうしても気になった。
厳格な父と子ども想いな母。この二人が、レイイチの暴走を止めないはずがない。
「それは……」
「キャー!」
レイミが答えようとした瞬間、前方の建物で爆発が起り、周囲の人々が逃げ出した。
「な、なんだ!」
悲痛な顔で震えるレイミを庇うように、ナミラは臨戦態勢に入った。
「ヒャッハー!」
黒煙が昇る先から、盗んだ車に乗った男たちが現れた。
奇抜な髪型をしているが、あまり健康そうな顔色をしていない。
「金金金ぇ! 邪魔する奴は手加減せんでぇ!」
「兄貴ぃ! ベアズ商会の車がありますぜ!」
逃走中の彼らだったが、ナミラの乗る車を見つけると目の色が変わった。
「レイイチのクズ野郎のせいで、ワシは借金背負ったんや! 一発、痛い目見せたる!」
身を乗り出し、殺気を放つ男の手には銃が握られていた。
ただし、セリア王国に送られたものよりも数世代新しく、ナミラも初めて見る代物だった。
「レイミ! 伏せていろ!」
「え、ナミラくん!」
ナミラは車外へ飛び出し、刀を抜き放つ。
「なんやねん、餓鬼! 邪魔すんなぁ!」
男が引き金を引くと、鉛の弾が発射された。
絶望の表情を浮かべるレイミを尻目に、ナミラは冷静だった。
(銃身に刻印されている魔法陣、やはり古代文明のものだ。大規模な兵器庫でも発掘されたか……だがこの程度、まだまだ贋作に過ぎん!)
周囲で見ている人々は皆、異国の少年に訪れる死を想像していた。
しかし、人間離れした剣捌きにより、銃弾は次々に叩き落とされていく。
「な、なんやねん、こいつ! かまわん、轢き殺せぇ!」
スピードを上げた鉄の塊が突っ込む。
だが、ナミラにとってそれは小さな脅威にもならなかった。
「はあっ!」
上段からの一閃。
車体は真っ二つに裂かれ、ナミラの背後を滑ると犯人を吐き出すように爆発した。
「おぉ!」
「かっこええぞ、ボウズー!」
野次馬から歓声が湧き、ナミラは少し気恥ずかしくなりながらも手を振って応えた。
「す、すごいね。さすが妖精剣士の息子だ」
驚きを隠せないまま降りてきたレイミは、拍手で健闘を称えた。
そして、新たに上がった二つの煙を見上げた。
「僕らの両親、だったね」
ゴーレムの足音近づき、人々の興奮した声が響く。
しかし、レイミの低く細い声は、嫌にはっきりと聞こえた。
「殺されたよ。レイイチ・ベアに」
頭から冷水をかけられたように、体の芯が熱を失う。
レイミはそれ以上、家族について語ることはなかった。
高く高く昇る黒煙が、ナミラには不吉な竜の姿に見えた。
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