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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部二章 西に行くもの
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『少女の笑顔と女の香水』

「……そうやって伝わっとるんやねぇ。ええよ、じっくり眺めて。そんな余裕があればやけど」


 ダーカメとは少し異なる西の訛り。

 おっとりとした口調とは裏腹に、重い寸勁がガオランに叩きこまれた。


「ガオちゃん!」


 アーリが思わず名を叫ぶ。

 歯を食いしばりなんとか耐えたガオランだったが、顔を上げるとすでに拳が眼前に迫っていた。


「っぷあ!」


 威力も、速さも、技のキレも、自分とは比べ物にならない連撃。

 なにが起きたかも分からない状況で、一方的に攻め立てられる。しかし、少女の瞳には燃える炎があった。憧れを目にし、圧倒的な強さを身に受けて、胸の躍らぬ獣人などいない。


 この力に一矢報いたい。

 この強さに近づきたい。

 この強者を超えたい。


 最も戦いを愛する種族の本能が、ガオランの爪と牙を動かした。


「ガアアアアアアアアアアッ!」


 繰り出された正拳に噛みつき、刹那の間動きを止めた。

 短すぎる好機に、自らの血と闘気に染まった爪をありったけの力で突き立てた。


「ふんっ」


 しかし、前蹴り一蹴。

 爪は届かず、仰向けに倒れ込んだ。


「く、そ……まだ……まだ……」

「……やるやん」


 なおも噛みつくような視線を送るガオランに、レオニダスは微笑んだ。

 その左手に残る歯型からは、僅かに血が流れている。その血を舐め取ると、そっと手を差し伸べた。


「あんた、見込みある。さすが、うちの子孫やわ」

「……え?」

 

 ガオランが目を丸くした。


「なんや、知らんやったんか。まぁ、うちが死んでもう、何万年も経つもんねぇ。この鎖の技はね、うちとダンナの血族にしか使えんのよ。あ、このナミラって子ぉだけはべつやからね? 事情があるんやわぁ」


 面白そうに笑うレオニダスからは、温かい母性が感じられた。


「うちが出てきたんも、そのへんが理由なんやけど。ま、それは秘密いうことで。じゃ、このまま決着つけようか?」

「ふざ……けんな!」


 伸ばされた手を払いのけ、ガオランは立ち上がった。


「今すぐ、戻れ! アタシが決着つけたかったのは、シュウ・タキメノの息子だ! そりゃあ伝説の戦士と戦えて、楽しかったし嬉しかったしまだ話したいけど……でも! 今は違うんだ!」


 傷だらけの体で、なおも覇気を失わない少女。

 その勇ましい姿に、金獅子の獣人は眩しそうに目を細めた。


「……ほんま、いらんことしてもうたね。堪忍やわ、ガオランちゃん。うちは引っ込むから、思いっきりやり」


 レオニダスが頭を下げる。

 そして顔を上げると、ナミラの姿へ戻っていた。


「……悪かったな。子孫に会えて、彼女なりに嬉しかったみたいなんだ」

「おう! あれは獣人の挨拶みたいなもんだからな! 聞きたいことはいっぱいあるけど、もう少し付き合えよ」


 ガオランは笑うと、拳を構えた。


「いいだろう!」


 上着を脱ぎ、ナミラも構えを取った。


「「はあああああああっ!」」


 同時に距離を詰め、拳を叩きこみ蹴りを繰り出す。

 どちらも譲らぬ決闘は続き、闘竜鎧気の波動で気を失っていた御者が目を覚ますと、ナミラとガオランは傷だらけで向かい合っていた。


「ガアアアッ!」

「はあっ!」


 そして、喉元に噛みつこうとしたガオランをナミラが投げ飛ばす。

 地面に衝突した瞬間に鎖が消え、決着を告げた。


「やるな」

「そっちこそ……人族のくせに」


 一時気を失ったガオランだったが、すぐに目を開き笑った。

 ボコボコにし、ボコボコにされた相手に笑いかける精神は、最初から見ているアーリにも理解し難いものだった。


「あらぁ? 間に合わなかったかしら」


 空から女の声がした。

 見上げるとすでに白いスカートが膨らんでおり、細い足の先にピンヒールが伸びている。


「お前は」


 着地すると、女は香水を一振りした。


「サニー・ジュエル」


 ナミラは鋭い視線を向け、警戒の色を強めた。


「そうよ〜、会ったことあったっけ? ナミラ・タキメノくん?」


 何種もの花を混ぜた香りが、ふわりと風に乗る。

 ナミラはなんともなかったが、鼻の利くガオランは顔をしかめた。


「なんの用だ?」

「やだ、そんなに警戒しないでよぉ! なんの用って、そこの子猫ちゃんたちが抜け出したから、連れ戻しに来たの! そ・れ・と、貴方のことも迎えに来たのよ?」


 色目を使うが、サキュバスを知るナミラには効果はない。

 しかし、香りと共に漂う並々ならぬ気配が、視線を釘付けにした。


「さ、あれに乗って行きましょう」


 指差す先には、豪華絢爛な()が向かってきていた。

 しかし、先頭に馬はおらずハンドルを握る運転手がいた。大きさも、ナミラが乗っていた馬車の二倍はある。


「そこの馬車、ついて来なさい」

「え? あ、はい!」


 ナミラたちが乗り込むと、見た目の派手さに反して静かに動き出した。


「ね、ねぇ。ナミラ、くん?」


 眠るガオランの隣で、アーリが声をかけた。

 ナミラは回復魔法で傷を癒したが、ガオランは「情け無用!」と意地の言葉を残し、気を失った。


「ん? なんだ?」

「あんなことしたあとに、こんなこと頼むのは変だと思うんだけど、きみの刀……見せてもらえないかな?」


 アーリは話しかけながら、チラチラと竜心に目をやっていた。


「あぁ、いいよ」


 差し出すと鞘を抜き、まじまじと眺めた。


「ねぇ、これって、も、もしかして竜の」

「御名答。古代竜エンシェント・ドラゴンの牙で作られたものだ」


 アーリは目を輝かせ、頬を赤らめた。


「やっぱり! こ、こんな貴重なもの滅多にお目にかかれないよぉ! すごいなぁ〜」

「見るだけなら、いくらでもどうぞ」


 うっとりとした表情のアーリは、もはや周りの声など耳に入っていなかった。


「あらあら、かわいいわねぇ」


 正面に座るサニーが笑う。

 あの会談以降、戦力として最も注意すべきは彼女だとして、王国でも調査が開始された。しかし、ガルフから送られてくる報告では、ジュエル家のことは分かってもサニー個人については謎のままだった。

 

 ある意味、これはチャンスかもしれない。


 ナミラは表向きの警戒を解き、サニーの情報を得ようと考えていた。


「わざわざダスマニアの実質支配者が迎えに来てくれるなんて、連合の歓迎は手厚いですね」


 だがしかし、嫌味は込める。


「うふふ、ありがとうと言っておくわ。ま、さっきも言ったけど、その二人のせいなのよ。貴方の話を聞いたら飛び出しちゃって。ゴーレム動かしてたら時間かかるから、たまたまいた私が行くことになったのよ」


 軽いため息のあと、サニーは頬杖をついた。


「決闘が見れるかもって思ったんだけど、遅過ぎたわねぇ〜。消える寸前は見えたんだけど、あの鎖って古い王の血筋じゃないと使えないやつじゃない? レアよレア! 惜しいことしたわ〜」


 ガックリと肩を落とす姿に、ナミラは苦笑いを浮かべた。


「……その情報、どこで知ったんですか? ガオラン自身も、自分の血統について知らなかったのに」

「あら、気になる? 連合に来れば、いろいろ聞こえてくるわよ。い・ろ・い・ろ、とね」


 一見なんの変哲もない会話。

 しかし、互いに懐に入らせない水面下での駆け引きが行われていた。


「楽しみです」

「うん、特に首都は楽しいことがいっぱいよ! ほら、見えてきた!」


 カーテンを開け放ち、サニーは両手を広げた。


「ようこそ、ダーカメ連合の首都。アブダンティアへ!」

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