『東西会談』
「お初にお目にかかります、セリア王国の皆様。レイイチ・ベアと申します」
丁寧なお辞儀をすると、レイイチは座席の前に進んだ。
中央に置かれた円卓に人数分の椅子が置かれており、東側とは向かい合うようになっている。
「以上が、こちらの代表でございます」
「うむ。では、こちらも挨拶を」
一呼吸置くだけで、場を飲み込む獅子王の威圧。
レイイチに意識を向けていたナミラも、ハッと集中力を取り戻した。
「余はセリア王国第二十五代目国王、ルイベンゼン・フォン・キングス・セリア。会えて嬉しく思う、ダーカメ連合の者たちよ」
続いてガルフ、シュウと名乗ると、ダーカメはその都度嬉しそうな声を上げた。
特にシュウのことは少年のように瞳を輝かせ「ホンマもんの英雄様や!」と、べた褒めであった。
そして、ナミラの番が回ってきた。
「儂はヴェヒタ。この国で技術顧問をしとるドワーフだ」
顎に生えた立派な髭を触りながら、ぶっきらぼうに言った。
ナミラは今、真似衣の魔法でヴェヒタに姿を変えている。少年のまま参加するわけにもいかず、なおかつ古代文明の知識をフルに活かせすための偽装であった。
「……へぇ。よろしゅう頼んます」
ダーカメがニコリと笑うと、八人は席についた。
「さ! 早速やけど、こちらが来たわけはセリア王国と仲良ぉしたいなぁ〜と思いまして」
人懐っこい笑顔のダーカメに、王国側は見定める視線を送った。
「……連合はすでに、大陸の西で多くの国々が加盟しておると聞く。南西のタマガンとレッドとも手を結んだとなった今、我が国に声をかける理由はなんですかな?」
ガルフが低い声を発する。
「そりゃあ、セリア王国は人間の国として最古の国ですやん! 伝説の人聖国アンスロポスからの流れをくむ唯一の国! そんなとことお近づきになりたいっちゅうのは、人族として当たり前ですよぉ〜!」
愉快な笑いが響いたが、王の「世辞はいい」という言葉に、空気は落ち着きを取り戻した。
「ホンマですよ? そんじゃ、まずはこれを見てください」
短い目配せののち、レイイチが大陸の地図を広げた。
「赤く塗り潰したところが、ダーカメ連合加盟国でございます」
淡々としたレイイチの言葉。
地図を目にした東側の四人は、一瞬で血相を変えた。
「馬鹿な!」
声を上げたのはルイベンゼン王だった。
「我が国と同盟関係にある、エシアとバルキン王国までもか!? 聞いとらんぞ!」
連合との境に位置している二つの国を、王は睨んだ。
「まぁまぁ。そこの二つは、経済的な支援だけや。せやから、なにも言わへんやったんとちゃいます?」
「……それだけではありませぬ」
ガルフが口を開いたが、かすかに声が震えている。
「王よ、ご覧ください。領地だけならば、北を支配したバーサ帝国と変わりませぬ」
広がる赤は、まるで大陸の真ん中を両断するようだった。
その進行を抑えているのは、西端の海に面した国々と南の砂漠地帯。黒く塗り潰された北の大地と、東のセリア王国のみであった。
「勘違いせんでほしいんは、ウチはドンパチやる気も、ましてや支配する気もあらしません。どこも主な繋がりは、貿易やらの経済的なもんです。せやけど、こんだけたくさんの国が手ぇ繋いどるんや。いろいろ大変やったおたくには、魅力的ちゃうかなぁと思いまして」
王、ガルフ、ナミラの眉がピクリと動いた。
「……どういうことですかな?」
「噂で聞いたのよぉ〜」
艷やかな唇で、サニーが口を開いた。
「そちら、レオナルド左大将軍が瀕死みたいじゃなぁ〜い。それに、数日の間に二回も王都が襲われたんでしょう?」
深い水底のような瞳。
人の懐に入るダーカメとは違い、こちらを見透かす妖しさがあった。
「……どこでそれを?」
「噂よ、う・わ・さ! 連合に入ると、国中商人が行き来するからねぇ〜。ちょっとお洋服買いに行くだけで、いろいろ聞こえてきちゃうのぉ〜」
ガルフの問いかけに微塵も怯まず、サニーは微笑み返した。
(情報戦は完敗だな)
ヴェヒタの姿で、ナミラはまた髭を触った。
レオナルドやルーベリアの件はともかく、目撃されぬよう一般人を避難させ、公には天災としていた魔王戦の存在を知られている。それはつまり、密偵の可能性を意味していた。
「そんなセリア王国に、ええ儲け話や!」
ダーカメが金歯を光らせ、手を叩いた。
「連合から経済的・技術的な支援をお約束します! 王都の改修費用はもちろん、南の戦で消費した諸々も補填しましょ! そんで、技術的なもんは例えば……こちら!」
パンパンッと景気のいい手拍子を合図に、連合の兵が長い包みを持って現れた。
古くからのしきたりを守り、上半身裸で下着のみの格好で敵意の皆無を示している。
「我々は銃と呼んでいる武器でございます」
レイイチが手際よく包みを解いた。
しかし同時に、ガルフが眉をひそめた。
「……会談の場に武器を?」
「ご心配なく。これは今、ただの鉄の塊に過ぎません。こちらが、使い方の映像でございます」
懐から水晶玉を取り出し、円卓の上に置いた。
すると銃を持った男が浮かび上がった。
(……大昔の火縄銃に似ているが、少し違うな。面白い)
放たれる音と光、そして銃弾の威力に王たちが驚愕する中、ヴェヒタの知識に照らし合わせたナミラはほくそ笑んだ。
「どうでっか? これは引き金引くだけやさかい、弓みたいな技術もいらん。そして火球にも負けん威力。極端な話、女や子どもも戦えるようになりまっせ? 興味おありなら、お近づきの印に三百ほど差し上げましょ。もちろんタダで!」
手を擦り合わせながら、ダーカメが笑う。
「……技術顧問の意見を聞こう」
王の言葉で、一人のドワーフに視線が集まる。
「……少し見せてもらおう」
ヴェヒタは銃を手に取ると、素早く解体してみせた。
「ちょちょちょー! なにすんねん!」
「なるほど、作りはなかなか精巧なようだ」
ダーカメの叫びを聞き流し、一通り眺めたヴェヒタは元通りに組み立てた。
「……やるやんけ」
「そちらこそ、なかなか面白いものを作る。着火に芽痰の粒子を使うとは。あれなら、火種がなくとも衝撃で爆発してくれるな。そっちの生成法は秘密か?」
今度は西側の者たちが目を丸くした。
「……なんで分かったん?」
「あの橙がかった爆炎は芽痰の特徴だ。王よ、三百丁であれば受け取ってよろしいかと。ただし、臭いには注意が必要ですがな!」
ヴェヒタは生前の通り「ガハハ!」と笑ってみせた。
「そうか。ダーカメ殿、その銃とやら有り難く受け取るとしよう」
「あ、あぁ、おおきに。しかし、とんでもないお人がおったもんやなぁ。魔法の粉言うて紹介しよう思ってたんに」
会談が始まってから常に余裕を見せていた西側が、明らかに動揺している。
好機とばかりに、ルイベンゼン王は続けて口を開いた。
「それで、こちらに得な話ばかりだが、見返りになにを求める?」
獅子王の視線に、ダーカメの肌がピリピリと痛み出した。
「ほな、包み隠さず。北の魔族共の情報や」
部屋に、胸を握る緊張が訪れた。
「そちら、なんか知っとるんやろ? 魔喰やったっけ? あんときの話無視したアホ共が塵になってもうてから、みんな手ぇ出せんかったんや。ところがその土地に、急に魔族が国を作って独立を宣言しよった。許さん言うてちょっかいかけた奴らは、噂では女の魔族一人に蹂躪されたって話や。最弱の種族が、何故かめっちゃ強なっとる」
ナミラたちの脳裏に、サキュバスクイーンのマーラが浮かんだ。
先程までの軽いノリから一変、ダーカメの声には厚みが増している。
「奴らはあくまで平和的な関係をって言いよるが、そんなこんなで多くの国は様子見しよる。でも、セリア王国は平和国家ピースフルに続いて独立を容認しよったな? 本来なら、誰よりも北の所有権を主張できるあんたらが。なんか裏があるとしか思えへん。そこんとこ、教えてもらおか?」
この場で最も小柄な男が、誰よりも堂々と言葉を紡ぐ。
黙って聞いていた王は、ふっと笑って口を開いた。
「いいだろう。どのみち、魔王との一件も知られているようだしな。こちらで言えることは教えよう」
静かに語りだした王を、ヴェヒタの緑色の瞳が見つめる。
淡々と語られたのは、魔喰の土地では魔族しか生きられぬことと、新たな魔王誕生の経緯のみ。魔族たちに不利益を与える内容は、上手く伏せられていた。
「……と、いうわけだ。古き魔王討伐に我らが協力し、友好的な関係となった。それに、彼の地との国境を有する国として、下手に刺激するわけにもいかない。だから独立を支持した」
ダーカメは険しい顔をしていたが、また例の人懐っこい笑顔を浮かべた。
「そうでっか! なら安心しましたわ! ほんなら、交易開始の際にはワイらも一枚噛ましてもらいたいもんやなぁ〜」
「無論、良い関係であればな」
その後。
ダーカメの陽気な喋りを中心に、会談は和やかに進んだ。細かな取り決めを行い、正式な書状を交わすと、西側の者たちは席を立った。
「ほな、みんな連れて帰りますわ。今日はええ時間をホンマおおきに! これからよろしゅう頼んます!」
満足気な笑顔の振り撒き、ダーカメらは退出した。
「……シュウ殿」
しかし、レイイチは立ち止まるとシュウの名を呼んだ。
「は、はい」
「ご家族によろしく」
主であるダーカメと違い、冷静を貫く男。
表情からは、一切の思考を読むことはできなかった。
(……変わったな)
遠ざかる背を見つめながら、ナミラの心に僅かな寂しさが滲んだ。