「来客」
「なんだあれは……」
シュウが帰還した翌日の、王都セリアルタ。
人々は二年もの間、南で国を守っていた右大将軍らの凱旋に湧いていた。
だが、その興奮に水を差すように正門前の平野には、歴戦の兵士も見慣れぬ影が並んでいた。
二階建ての建物程度の大きさから、時計台ほどまで様々な、二足歩行の鉄の塊。そして、彼らに囲まれて立つ六足の要塞が、陽気な音楽と色とりどりの光を輝かせていたのだ。
「どうも〜、ダーカメ連合ですぅ〜。ここで待ってるさかい、ワイらの処遇はゆっくり決めてや〜。なんやったら、子どもたちとか遊び来させてもかまへんで? なんもせんって約束する! アメちゃんもたくさんあるで〜!」
シュウたちが聞いた男の声が、王都の隅々にまで響く。
鉄の兵士たちに武装はなく、代わりに巨大な蝶ネクタイを着け、ハリセンで味方を叩いたりと、コミカルな動きを披露した。初めは警戒と恐怖を抱いていた人々も、次第に挙動のひとつひとつに笑顔を見せるようになっていた。
「……見ての通り、わけの分からない連中ですが敵意はないようです」
城に着いたドドンは、真っ先に王へ現状を報告していた。
「うむ、シュウから概ねのことは聞いた。連合がタマガンやレッドと盟約を結んだことが、此度の介入の理由だそうだな」
玉座に座るルイベンゼン王の隣では、アレクが顛末の書かれた書状に目を通している。
「はい。そして、我が国とも同盟関係を築きたいと。奴らがここまでついて来たのは、そのための会談を希望しているからでございます」
「にしても、ずいぶんと強引ですなぁ。あれでは、タダで帰すわけにはいかん」
ドドンの傍らで、ガルフが苦笑しながら髭を触る。
「たしかに。だが、上手いやり方だ。あの要塞や鉄の兵士は、嫌でも興味を引く。少なくとも、話し合いの場は設けられる。というわけだな。しかし」
王はニヤリと笑った。
「こちらには古代文明の叡智があることを、奴らは知らん」
視線の先には、親子並んで膝をつくナミラの姿があった。
「おぉ、きみが例の!」
ほとんど初対面であるドドンは豪快な笑みを浮かべつつ、興味深そうな視線を向ける。
王都で起きた一連の出来事を聞きはしたものの、ナミラの力は戦場で培った自身の目で見定めるつもりでいた。
「そうだ、彼に聞くのが最も早い。ナミラくん、きみの意見を聞こう」
「はい。恐れながら、まずはあそこに並んだ兵器について」
ナミラは立ち上がり、静かに口を開いた。
「やはり、あれは兵器なのか?」
「はい。人型のものは、搭乗型のゴーレムですね。ざっと見たところ、小型が四十五機、中型が三十機、大型が十機います」
遠くで踊り出した機影を見つめながら、ルイベンゼン王は小さく唸った。
「ゴーレム……古いダンジョンに、たまに動いてるのがいるな。若い頃一度だけ出会ったことがある。冒険者の間では、不用意な接触は危険とされていたな」
「……で、アレの戦力はどうなんだ」
ドドンが部下に聞くように言った。
「……【解析眼】で視たところ、対抗するには並の兵が三百人と、上級魔法使いが十人ほど必要になるでしょう。ですが、相手の武装次第で数は変わります」
右大将軍が苦々しい表情を浮かべた。
「それに、驚異はむしろあの機動要塞です。解析眼でも詳細は分かりませんでしたし、砂の大結界を破ったとなれば、魔法耐性はかなりのものでしょう。攻撃手段もあるとなれば、かなり厄介な代物かと」
「連合がこれほどの力を持っていたとは……」
賢者として魔法の道を進むガルフは、自らが思いもしなかった力の姿に驚愕していた。
「ナミラ、古代文明と比べてどうなんだ?」
「ドワーフ古代文明を十とすると、あれは三くらいだ。独自の開発体系のようだが」
ナミラの返答に、アレクはホッと胸を撫でおろした。
しかし、続く言葉が現実を突きつける。
「だが対して、こちらは一だ。さらに、主戦力は南の戦いで疲弊し、左大将軍もいない。戦力差は明らかだ」
重い空気が漂う。
王などは自らの決断を再度思案していた。
しかし実際のところ、ナミラは状況を少し大袈裟に伝えていた。
王都に来ている戦力ならば、ナミラ一人で殲滅することができる。しかし、その事実はあえて伝えない。必要以上に力を誇示しては、国がナミラに依存してしまう。
助言や前世の因縁であれば力を貸すが、国同士の駆け引きなどは違う。当事者たちが考え、努力しなければならない。
その末にどうしようもなければ、助太刀をしよう。ナミラにしかできないことは、引き受けよう。それが、王家の先祖である剣王ルクスを含めた、魂の総意であった。
「……よし、決めた」
王の一言によって、分厚い沈黙は破られた。
王笏を握り、覚悟を目に灯す。
「ダーカメ連合との会談を受ける。同席する者は、賢者ガルフ。大臣は他の仕事で手が離せん。代役を任せる」
名を呼ばれたガルフは跪き、王命を賜った。
「妖精剣士シュウ。連合はお前を指名している。慣れぬ場であろうが、来てもらうぞ」
「え! あ、は、はい!」
空気と化していたシュウが、慌てて頭を下げた。
「むこうは四人で来るらしい。こちらも同数で迎えるとする……あと一人は」
逆らえぬ王の視線は、まっすぐにナミラを捉えていた。
話し合いから二日後。
東のセリア王国と、西のダーカメ連合の会談が執り行われた。場所は、セリアルタの王城である。
「いやぁ〜、ごっつ綺麗なお城ですなぁ〜! めっちゃ広くて、案内おらんかったら迷子になってまうわ!」
セリア王の待ち構える部屋へ一人入ると、要塞のてっぺんにいた小柄の男が、陽気な声を上げた。
「……いや、これは失礼。この度はウチのわがまま聞いてもろて、ホンマにありがとうございます。ワイは一応、ダーカメ連合の当主やらせてもろてます、ダーカメ・ゴルドいいます。以後、お見知りおきを。会えて光栄です、ルイベンゼン王」
ころりと態度を変え、改まって頭を下げる。
第一印象は、とにかく掴みどころのない男だというものだった。
「そう堅苦しくならずともよい。今日は互いに、建設的な話がしたいと思っている。言葉遣いも、話しやすいものにするといい」
「あ、ホンマですか? これはおおきに!」
王からの言葉に、西の当主は人懐っこい笑顔を向けた。
警備をする兵はヒヤヒヤしていたが、ルイベンゼンはダーカメの変わり身を面白がっていた。
「ほな、こちらのお供を紹介します。ほら、行儀よくお邪魔しぃや〜!」
元気のよい声に導かれ、西の代表たちが入室した。
「まずはウチの将軍の一人。気は優しくて力持ち、ダイスケ・マトゥーキ!」
「失礼致します」
頬に傷のある巨体の男が、のっそりと入りお辞儀をした。
「続いては連合に入っとる国のひとつ、ダスマニアの美しき超権力者! サニー・ジュエル!」
「ハァ〜イ」
細身で優雅な出で立ちの女性が、ウインクをしながら入ってきた。
「そして最後は、連合の頭脳にしてワイの頼れる右腕! なのに愛想のないイケメンの持ち腐れ男! さらに……って、まだ途中やんかぁ!」
放置すれば、紹介だけで延々とイジられるのだろう。
名を呼ばれる前に、長髪の男が姿を現した。
同時に、ナミラは言葉を失った。
「えーさらに、ベアズ商会の長にして、商業ギルドを束ねる天才! レイイチ・ベア!」
かつて生きた百万回目の人生である、レイジ・ベア。
その実兄が、目の前にいた。