『語り合う』
約二か月前。
南の最前線であったスコピ砂漠では、戦いの最終局面を迎えていた。
「土妖精の砂刃!」
渦巻く砂を纏ったミスリルの魔剣が、ギラつく太陽の光を受けた。
「どっせい!」
続いて、重厚な鎧を纏った男がシュウの背後から飛び出し、突撃槍での追撃を放った。
「おっとぉ!」
「ふんっ!」
しかし砂の斬撃は躱され、強烈な突進も割って入った分厚い盾に防がれてしまった。
「なぁ、グリ。こいつらとの戦いは楽しいなぁ!」
「おうよ! 噂の妖精剣士を呼びつけて正解だったな、ゴルロイ!」
剣を躱した男が愉快に笑うと、盾の男が傍らでシュウを指差した。
「……ドワーフ王国タマガンの大戦士グリ。獣人国家レッドで名高い、黒風のゴルロイ。北の砦にも聞こえた英傑たちに褒められて、とても光栄だね」
滴る汗を感じながら、妖精剣士は苦笑した。
「ふんっ、所詮は強がりだ。貴殿の援軍で、我が軍は奴らを押し返した。敵も限界が近い。今一度、気を引き締めよ」
「はい、ドドン様」
背中を叩かれ、気合の入ったシュウは剣を握り直した。
右大将軍ドドンは突撃槍の名手であり、勇猛果敢な戦士として知られている。齢五〇でありながら、重装歩兵の鎧を着て二日間走り通した逸話は、王国軍でも語り継がれている。
「おいおい、俺たちはまだまだイケるんだぜ? それなのに王様がやめろって言うからよ」
ゴルロイが舌打ちをし、忠義を尽くすべき王にあからさまな不満を口にした。
「こっちも似たようなもんだ。ウチから始めた戦争なのに、意味が分からん」
グリもため息をつき、右手に持ったメイスで盾をガンガンと叩いた。
「……こちらからも停戦要請は出していたんだ、素直に引けばよかっただろう。わざわざこんな大結界まで張って決闘など、こっちこそ意味分からんわ」
ドドンが呆れて周囲を見渡した。
他の兵士たちは、互いの陣で戦いを見守っている。しかし、その周りを高い砂の壁が囲み、両軍が行き場を無くした状態になっていた。
「がっはっは! 驚いただろ? 持ってきたドワーフ印の魔力石、全部使ったんだ!」
「『帰りたかったら俺たちと決闘しろ!』なんて、聞いたことなかったですよ。なんでそこまでして」
「決まってんだろ」
ゴルロイが狼の牙を剥き出しにして笑い、グリが武器を構えた。
「こっちは二人とも血に飢えた戦士だ。楽しそうな獲物を見たら我慢出来ねぇのよ」
むせかえるような獣と鉄の匂いが鼻をつく。
それぞれ致命傷はなくともダメージはあり、すでに半日以上戦っている。シュウは二人の様子から、戦いの激化と終幕へのカウントダウンを感じた。
「さあ!」
「楽しもうや!」
ゴルロイの長剣とグリのメイスが、怒涛の勢いで襲いかかる。
「来るぞ!」
「はい!」
シュウとドドンも武器を構え、全力で迎え撃つ。
妖精たちが舞い、荒ぶる闘気の奔流が砂漠を穿ち、ぶつかる刃と咆哮が兵たちを鼓舞する。
はずだった。
「その戦い、ちょっと待ってくれまっか?」
砂の壁の向こうから、大音量の声が届いた。
思わぬ横やりに四人は手を止め、ゴルロイたちは怒りに震えた。
「誰だぁ! 我らの決闘を」
「邪魔するでぇ~!」
声の主は大結界の壁を突き破り、姿を現した。
兵たちはどよめき狼狽えたが、侵入者の姿を目にすると一様に固まった。
それは、まるで生きた要塞。
六足の付いたド派手な建物が、うるさいくらいに陽気な音楽を鳴らしている。血生臭い戦場は、一気にパレードの空気に掌握された。
「な、なんだ?」
なにが起こったか分からず、シュウは茫然と城を見上げた。
よく見ると、てっぺんに誰かが立っている。
「みんな武器を置きぃ! この場は西の大連合、ダーカメ連合が治めさせてもらうでぇ!」
子どもと変わらぬ背丈の男は、金歯を見せて笑った。
「……というわけで、タマガンとレッドから依頼された連合の介入で、二年続いた戦は終わったんだ」
シュウは軽くため息をつき、注がれたお茶を口に運んだ。
「そんなことがあったんだ」
「これでも前線に着いてからは、結構活躍してたんだぞ? ナミラに火と土の妖精が有利って聞いてたから、一人で奇襲かけたりしてな」
「それはお疲れ様でございました。本当にご無事でなによりでございます。旦那様、おかわりは?」
静かに傍らに立ったシャラクが、労いの微笑みを向けた。
ナミラたちは混乱が広がらぬうちにタキメノ家へ場所を移し、修復の済んだ庭で積もる話を交わしていた。
「いただきます……というか手紙で知ったが、こっちのほうが大変だったんだろ? 魔王とかいろいろ」
「あはは、まぁそれなりにね」
「シャラクさんはよかったんですか? その、魔族の国に行かず、この家の執事なんて続けて」
「えぇ、もちろんでございます」
お茶を注ぎなおしたカップを置きながら、シャラクは穏やかに答えた。
「私は一度お仕えした身。どんな事情があれ、途中で投げ出すことなどできません。それにむしろ、魔族代表としてお側にいられるのです。受けた恩の一端を返し、感謝を示す機会を与えていただいたことを嬉しく思います。老体ながら、真の魔族として目覚めたからには、今まで以上にお役に立てるかと。このシャラク、タキメノ家に全身全霊で尽くしていく所存でございます」
姿勢を改め、深々と頭を下げた老執事からは、揺るがない覚悟が感じられた。
「ま、まぁ、シャラクさんがいいなら、こちらからもお願いします。っていうか、俺はなにもしてないんですから。ナミラとファラのために、いろいろしてやってください」
「なにをおっしゃいます。タキメノ家の主はシュウ様。ナミラ様には多大な恩義がありますが、それとこれとはべつの話。執事として尽くすべきは、この家のすべてでございます」
貴族となって早々に戦地に駆り出されたシュウは、まだ忠誠を誓われる状況に慣れておらず、こそばゆい気持ちになった。
「話を戻すけど、ダーカメ連合か……」
「知ってるの? ナミラ」
「いや、連合に呼称はなかったはずなんだよ。元々、力の弱い小国が集まって、経済や軍事的に密接な関係を結んでできたのが連合だ。特に商業ギルドを中心とした経済発展が凄まじかったから、みんな『西の連合』とか『商業連合』って呼んでいたんだ。ダーカメなんて聞いたことない」
「あぁ、ゲルトさんが顔が利くって自慢してたやつか。にしても、動く要塞かぁ」
「す、砂の結界を破っちゃうなんてすごいね、だんちょー!」
「見てみたいなぁ。ねぇ、シュウさん。絵に描いてみてよ」
「ごめん。スルーしたけど、みんななんで普通にいるの?」
久しぶりの親子の時間だったが、お茶会には見慣れた仲間たちの姿が当然のようにあった。
「だって、学院にいたらすごい質問攻めに遭うんだもん。シュウさんったら、若い貴族の女の子たちにモテモテなのよ?」
「え! ほ、本当?」
「鼻の下伸ばさないでよ、父さん……」
絢爛な庭が、すっかり故郷の空気に染まってしまった。
やれやれと首を振りつつ、ナミラはこの空間に居心地の良さを感じていた。
「はぁい、焼き菓子焼けたわよぉ〜」
そして、さらに平和な声が春空に響き渡った。
タキメノの屋敷から、ファラがウルミらと共に満面の笑みで甘い香りを運んできたのだ。
「あ! そうだ、大事なこと忘れてた! ナミラ、このシュラって子は何者なんだよ。ウルミさんがめちゃくちゃ強いってことは、手紙に書いてあったけど」
名指しされ、ウルミはナミラを殺しかけた罪悪感と恥ずかしさで小さくなった。
しかし、焼き菓子を配るシュラは首をかしげ、きょとんとしている。
「あぁ、そういえばそうだったね。ほら、いろいろあって王都を離れる人が増えたせいで、奉公してくれるメイドさんが減っちゃっただろ?」
「残ったのはウルミと、私が連れてきた魔族の娘たちだけでしたね」
「そう。まぁ、一応それだけいれば仕事は回るけど、いい機会だから連れてきたんだ」
「こんな子をどこから? この子、俺の手を引いたと思ったら、ものすごい勢いで空を飛んだんだぞ?」
シュウの言葉に、アニたちもギョッとしてシュラを見た。
彼女の素性については、まだファラとタキメノ家に仕える者にしか伝えておらず、仲間たちも不思議な雰囲気の少女としか思っていなかった。
「そうだな……実はモモは会ったことあるんだけど。シュラ、素性を隠さず自己紹介を」
ナミラの言葉に従い、少女はスカートを持ち上げて頭を下げた。
「改めまして、ワタシはシュラと申します。ナミラ様の手によって、アーシュラと呼ばれたヴェヒタダンジョンの守護者から造られた、ゴーレムでございます」
「「ええええええええ!」」
驚愕の声が重なり合い、枝に止まっていた小鳥が羽ばたいて逃げた。
シュウは苦笑いを浮かべて椅子に体を預けると「あの要塞以上だわ」と力なく呟いた。