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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部一章 西から来るもの
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『語り合う』

 約二か月前。

 南の最前線であったスコピ砂漠では、戦いの最終局面を迎えていた。


土妖精の砂刃(サーブル・ブレイド)!」


 渦巻く砂を纏ったミスリルの魔剣が、ギラつく太陽の光を受けた。

 

「どっせい!」


 続いて、重厚な鎧を纏った男がシュウの背後から飛び出し、突撃槍ランスでの追撃を放った。


「おっとぉ!」

「ふんっ!」


 しかし砂の斬撃は躱され、強烈な突進も割って入った分厚い盾に防がれてしまった。


「なぁ、グリ。こいつらとの戦いは楽しいなぁ!」

「おうよ! 噂の妖精剣士を呼びつけて正解だったな、ゴルロイ!」


 剣を躱した男が愉快に笑うと、盾の男が傍らでシュウを指差した。

 

「……ドワーフ王国タマガンの大戦士グリ。獣人国家レッドで名高い、黒風こくふうのゴルロイ。北の砦にも聞こえた英傑たちに褒められて、とても光栄だね」


 滴る汗を感じながら、妖精剣士は苦笑した。


「ふんっ、所詮は強がりだ。貴殿の援軍で、我が軍は奴らを押し返した。敵も限界が近い。今一度、気を引き締めよ」

「はい、ドドン様」


 背中を叩かれ、気合の入ったシュウは剣を握り直した。

 右大将軍ドドンは突撃槍の名手であり、勇猛果敢な戦士として知られている。齢五〇でありながら、重装歩兵の鎧を着て二日間走り通した逸話は、王国軍でも語り継がれている。


「おいおい、俺たちはまだまだイケるんだぜ? それなのに王様がやめろって言うからよ」


 ゴルロイが舌打ちをし、忠義を尽くすべき王にあからさまな不満を口にした。

 

「こっちも似たようなもんだ。ウチから始めた戦争なのに、意味が分からん」


 グリもため息をつき、右手に持ったメイスで盾をガンガンと叩いた。


「……こちらからも停戦要請は出していたんだ、素直に引けばよかっただろう。わざわざこんな大結界まで張って決闘など、こっちこそ意味分からんわ」


 ドドンが呆れて周囲を見渡した。

 他の兵士たちは、互いの陣で戦いを見守っている。しかし、その周りを高い砂の壁が囲み、両軍が行き場を無くした状態になっていた。


「がっはっは! 驚いただろ? 持ってきたドワーフ印の魔力石、全部使ったんだ!」

「『帰りたかったら俺たちと決闘しろ!』なんて、聞いたことなかったですよ。なんでそこまでして」

「決まってんだろ」


 ゴルロイが狼の牙を剥き出しにして笑い、グリが武器を構えた。


「こっちは二人とも血に飢えた戦士だ。楽しそうな獲物を見たら我慢出来ねぇのよ」


 むせかえるような獣と鉄の匂いが鼻をつく。

 それぞれ致命傷はなくともダメージはあり、すでに半日以上戦っている。シュウは二人の様子から、戦いの激化と終幕へのカウントダウンを感じた。


「さあ!」

「楽しもうや!」


 ゴルロイの長剣とグリのメイスが、怒涛の勢いで襲いかかる。

 

「来るぞ!」

「はい!」


 シュウとドドンも武器を構え、全力で迎え撃つ。

 妖精たちが舞い、荒ぶる闘気の奔流が砂漠を穿ち、ぶつかる刃と咆哮が兵たちを鼓舞する。

 はずだった。


「その戦い、ちょっと待ってくれまっか?」


 砂の壁の向こうから、大音量の声が届いた。

 思わぬ横やりに四人は手を止め、ゴルロイたちは怒りに震えた。


「誰だぁ! 我らの決闘を」

「邪魔するでぇ~!」


 声の主は大結界の壁を突き破り、姿を現した。

 兵たちはどよめき狼狽えたが、侵入者の姿を目にすると一様に固まった。


 それは、まるで生きた要塞。

 六足の付いたド派手な建物が、うるさいくらいに陽気な音楽を鳴らしている。血生臭い戦場は、一気にパレードの空気に掌握された。


「な、なんだ?」


 なにが起こったか分からず、シュウは茫然と城を見上げた。

 よく見ると、てっぺんに誰かが立っている。


「みんな武器を置きぃ! この場は西の大連合、ダーカメ連合が治めさせてもらうでぇ!」


 子どもと変わらぬ背丈の男は、金歯を見せて笑った。



「……というわけで、タマガンとレッドから依頼された連合の介入で、二年続いた戦は終わったんだ」


 シュウは軽くため息をつき、注がれたお茶を口に運んだ。


「そんなことがあったんだ」

「これでも前線に着いてからは、結構活躍してたんだぞ? ナミラに火と土の妖精が有利って聞いてたから、一人で奇襲かけたりしてな」

「それはお疲れ様でございました。本当にご無事でなによりでございます。旦那様、おかわりは?」


 静かに傍らに立ったシャラクが、労いの微笑みを向けた。

 ナミラたちは混乱が広がらぬうちにタキメノ家へ場所を移し、修復の済んだ庭で積もる話を交わしていた。


「いただきます……というか手紙で知ったが、こっちのほうが大変だったんだろ? 魔王とかいろいろ」

「あはは、まぁそれなりにね」

「シャラクさんはよかったんですか? その、魔族の国に行かず、この家の執事なんて続けて」

「えぇ、もちろんでございます」


 お茶を注ぎなおしたカップを置きながら、シャラクは穏やかに答えた。


「私は一度お仕えした身。どんな事情があれ、途中で投げ出すことなどできません。それにむしろ、魔族代表としてお側にいられるのです。受けた恩の一端を返し、感謝を示す機会を与えていただいたことを嬉しく思います。老体ながら、真の魔族として目覚めたからには、今まで以上にお役に立てるかと。このシャラク、タキメノ家に全身全霊で尽くしていく所存でございます」


 姿勢を改め、深々と頭を下げた老執事からは、揺るがない覚悟が感じられた。


「ま、まぁ、シャラクさんがいいなら、こちらからもお願いします。っていうか、俺はなにもしてないんですから。ナミラとファラのために、いろいろしてやってください」

「なにをおっしゃいます。タキメノ家の主はシュウ様。ナミラ様には多大な恩義がありますが、それとこれとはべつの話。執事として尽くすべきは、この家のすべてでございます」


 貴族となって早々に戦地に駆り出されたシュウは、まだ忠誠を誓われる状況に慣れておらず、こそばゆい気持ちになった。


「話を戻すけど、ダーカメ連合か……」

「知ってるの? ナミラ」

「いや、連合に呼称はなかったはずなんだよ。元々、力の弱い小国が集まって、経済や軍事的に密接な関係を結んでできたのが連合だ。特に商業ギルドを中心とした経済発展が凄まじかったから、みんな『西の連合』とか『商業連合』って呼んでいたんだ。ダーカメなんて聞いたことない」

「あぁ、ゲルトさんが顔が利くって自慢してたやつか。にしても、動く要塞かぁ」

「す、砂の結界を破っちゃうなんてすごいね、だんちょー!」

「見てみたいなぁ。ねぇ、シュウさん。絵に描いてみてよ」

「ごめん。スルーしたけど、みんななんで普通にいるの?」


 久しぶりの親子の時間だったが、お茶会には見慣れた仲間たちの姿が当然のようにあった。


「だって、学院にいたらすごい質問攻めに遭うんだもん。シュウさんったら、若い貴族の女の子たちにモテモテなのよ?」

「え! ほ、本当?」

「鼻の下伸ばさないでよ、父さん……」


 絢爛な庭が、すっかり故郷の空気に染まってしまった。

 やれやれと首を振りつつ、ナミラはこの空間に居心地の良さを感じていた。

 

「はぁい、焼き菓子焼けたわよぉ〜」


 そして、さらに平和な声が春空に響き渡った。

 タキメノの屋敷から、ファラがウルミらと共に満面の笑みで甘い香りを運んできたのだ。


「あ! そうだ、大事なこと忘れてた! ナミラ、このシュラって子は何者なんだよ。ウルミさんがめちゃくちゃ強いってことは、手紙に書いてあったけど」


 名指しされ、ウルミはナミラを殺しかけた罪悪感と恥ずかしさで小さくなった。

 しかし、焼き菓子を配るシュラは首をかしげ、きょとんとしている。


「あぁ、そういえばそうだったね。ほら、いろいろあって王都を離れる人が増えたせいで、奉公してくれるメイドさんが減っちゃっただろ?」

「残ったのはウルミと、私が連れてきた魔族の娘たちだけでしたね」

「そう。まぁ、一応それだけいれば仕事は回るけど、いい機会だから連れてきたんだ」

「こんな子をどこから? この子、俺の手を引いたと思ったら、ものすごい勢いで空を飛んだんだぞ?」

 

 シュウの言葉に、アニたちもギョッとしてシュラを見た。

 彼女の素性については、まだファラとタキメノ家に仕える者にしか伝えておらず、仲間たちも不思議な雰囲気の少女としか思っていなかった。


「そうだな……実はモモは会ったことあるんだけど。シュラ、素性を隠さず自己紹介を」


 ナミラの言葉に従い、少女はスカートを持ち上げて頭を下げた。


「改めまして、ワタシはシュラと申します。ナミラ様の手によって、アーシュラと呼ばれたヴェヒタダンジョンの守護者から造られた、ゴーレムでございます」

「「ええええええええ!」」


 驚愕の声が重なり合い、枝に止まっていた小鳥が羽ばたいて逃げた。


 シュウは苦笑いを浮かべて椅子に体を預けると「あの要塞以上だわ」と力なく呟いた。


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