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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第三部一章 西から来るもの
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『春の知らせ』

 若い草木の香りが漂い、生命の息吹を感じる季節がやってきた。

 冬の寒さで凝り固まった体を伸ばし、仕事に精を出す者や昼寝を嗜む者まで、優しい陽光は別け隔てなく照らしてくれる。 


 王立学院アインズホープでも、窓から差し込んだ光が魔法のように眠気を誘っていた。

 老齢の男性教授の、のんびりとした講義を聞きながら、ナミラはふと教室の友人たちに目をやった。

 早々に敗北したダンと、ちゃっかりその背に隠れて眠るデル。アニはうつらうつらとしながら賢明に意識を保ち、モモは一見真面目に見えるが意識は新しい魔法の構想に浸っているのが分かった。


「もったいない、面白いのに」


 他の同級生を含めても、もはや真面目に聞いているのが数人しかおらず、思わず苦笑した。

 もちろんナミラにも居眠りの誘いは届いていたが、それよりも授業への好奇心が勝っていた。


 あらゆる前世を獲得し、同時に多くの経験と知識を有するナミラだったが、それらの多くは古いもの。歴史に関しては圧倒的な正確さを誇るが、他は違う。時代の流れとともに変わった価値観や、新たな理論や発見が現代を生きるのに必要なことを教えてくれる。ゲルトに「お前が入学する意味はあるのか?」と言われもしたが、ナミラにとって学院はいい学びの場となっていた。


(一番新しい前世のレイジも、知識の多くは商売に関することだからな)


 教授の話が脱線したタイミングで、直近の前世である商人レイジ・ベアの記憶に意識を向ける。


「あっ」


 小さく声が漏れてしまった。

 意識を向けなければ思い出すこともなかった、些細な偶然が起きていた。教授がかけている眼鏡が、生前のレイジが職人と手掛けたものであったのだ。


(懐かしい……兄さんには、手間の割に利益が少ないって怒られたっけ。でも、あの若い職人は喜んでくれたな)


 他人であるかつての自分を懐かしむ、不思議な感覚。

 レイジの死後、何事もなければ兄が父親の跡を継ぎ、年の離れた弟は十九になっているはずだ。もし縁があれば、出会うこともあるだろうか。


 窓の外を眺めていると、生徒の寝息が重なり始めた教室にバタバタと慌ただしい足音が近づくのが聞こえた。


「ナミラ!」


 扉を勢いよく開けたのは、学院トップを誇る四勇士の一人であり王国第一王子。

 ナミラたちの良き友人。アレクことアレキサンダー・フォン・キングス・セリアであった。


「ど、どうしたいきなり」


 突然の来訪に多くの生徒が跳ね起き、寝惚けた顔で驚きを表現していた。


「喜べ!」


 全速力で走って来たのだろう。

 額に汗をかき、息が荒い。


「もうすぐきみの」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああ!」


 友の喜ぶ顔が早く見たくて、急いで知らせに来たアレク。

 しかし、空から響きだした耳を劈く悲鳴により、中断を余儀なくされた。


「うおぉ!」

「きゃあ!」


 窓を破って侵入した飛来物に、生徒たちから悲鳴が起こった。

 咄嗟にナミラやアレクが身構え、謎の物体に近づいた。立ち上る煙の中で、なにかが動いている。


「ナミラ様」

 

 しかし、警戒はすぐに解かれることとなった。

 聞こえてきた声は冷静な少女のものであり、煙から顔を出したのはタキメノ家の新人メイド、シュラであった。


「シュラ! なにしてんだお前」


 驚きと呆れの声を上げたナミラに、シュラが無表情で答えた。


「さぷらいず、というものをやってみました。お喜びになるかと思いまして」

「は?」


 誰もが首をかしげたが、直後にその意味を知ることになる。


「いたたたた……ナ、ナミラ!」


 シュラの足元で、中年男性の声がした。

 伸ばされたメイドの手を取り立ち上がった顔は、小さな生傷が増えていた。しかし、見せる笑顔は元気そのもの。視界に入った一瞬で、ナミラの胸に温かな気持ちが広がって行った。


「帰ってきたぞ!」


 現れたもう一人はシュウ・タキメノ。

 セリア王国が誇る英雄であり、南の最前線に派遣されていた人族初の四大妖精剣士。


「父さん!」


 そして、ナミラの愛すべき父親である。


「そうだ! 大好きなお父さんだ! うん、あの、いろいろ話もあるんだが、なによりまず……」


 強烈な再会の抱擁が来ると警戒したナミラだったが、意外にもシュウは困り顔で立ったままだった。


「なんなのこの娘?」


 もっともな疑問に、ナミラは思わず吹き出した。


 そのうち警備兵が騒ぎの収拾に集まり、生徒からは突然現れた英雄に黄色い声が向けられた。

 様々な感情が湧き起こる中、シュラはさぷらいずの成功を確信し、小さくガッツポーズをした。

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