『秋の車窓から』
肌寒く感じる風が黄金色の小麦を揺らし、さわさわと心地よい音を奏でている。
空にも金の光が広がり、連なって進む馬車の御者たちは美しさに感嘆しつつ目を細めた。
「すっかり秋だねぇ」
ひときわ広い馬車の中で、ナミラの右に陣取ったアニが小窓から外を眺めて呟いた。
「そうだな。冬は平和であってほしいもんだ」
ため息をつくナミラに、アニは「親父くさ〜い」と笑った。
「で、でも、ほんとに、色々あったもんね」
左で腕を抱きしめるモモが、そのまま体を預けて言った。
「そうだな……」
「ねぇ、モモちゃん? ちょっと近くないかな?」
怖い笑みを浮かべながら、アニは自分の方へナミラを引き寄せ腕を抱いた。
「そ、そんなことないよ。ね、ナミラくん?」
「えっと、あの、その」
「なら、こちらに来ますか? 坊ちゃま」
言葉に詰まったナミラの真上で天井が空き、屋根の上にいたウルミが声をかけた。
「風が気持ちいいですよ? 私がギュッとお支えしますので、揺れも心配ございません」
「いや、なんでそんなとこいるの!」
「警備です」
メイド服をはためかせ、ウルミは大真面目な顔で言い放った。
「あはあぁ〜ん!」
「今度はなんだ! いや分かるけど!」
妖艶な声と共に、ナミラの足下から肌艶の良くなったマーラが出現した。
新たな魔王が生まれたことで戻った能力のひとつ、影渡りの力をこれみよがしに使ったのだ。
「なんだか大好物な修羅場の気配を感じて、サキュバスクイーン・マーラ参上しましたわぁ〜!」
「余計カオスになったわ! っていうか、魔王はどうしたんだよ?」
「ハーピィの羽が気持ちよかったらしくて、可愛らしく寝ていますわぁ〜ん。それこそ、隣の馬車で激しく致しても起きないくらいグッスリと!」
「やかましいわ!」
上下左右を女性陣に囲まれ、ナミラは必死で最適解の行動を考えた。
「だーめーでーすー!」
そのとき、背後から声がしたかと思うと抱きしめられ、引きつっていた顔は柔らかなものに包まれた。
「母親として見過ごせません!」
二列に並んだ座席の背後にいたファラが、頬を膨らませて息子を守った。
すっかり失念していた四人は、おろおろと慌てながらも主張を曲げなかった。
「ファ、ファラさんもそろそろ子離れしたらどうですか?」
一番付き合いの長いアニが先んじて発した言葉に、他の三人も頷いた。
ついでにナミラも頷いた。
「それとこれとは話がべつ! ナミくんにハーレムは早すぎます! モテモテは嬉しいけど、一番はお母さんだもん!」
ファラは抱きしめる力を強めた。
「私だって幼馴染みだもん!」
「わ、わたしも! 手作りの杖もらったもん!」
「呪い解いてもらったもん!」
「あんなことやこんなことしたもん!」
「なに言ってんのあんたら」
ファラの抱擁から逃れ、ナミラは扉を開けて体を乗り出した。
「助けて団長、副団長! 魔喰戦よりシビアな修羅場がってあぶねぇ!」
先頭を進むダンたちに助けを求めたが、豪速球で投げられたりんごが頬をかすめていった。
投手は嫉妬を込めまくったダンと、同じ感情を糸での軌道変化に乗せたデルだった。
「なにすんだこらぁ! かすってんだけど? 下手したら死ぬ勢いのりんごが当たってんだけど!」
「「当ててんのよ」」
「うるせえぇぇ!」
ナミラの怒号が夕焼けの秋空に響き渡った。
「はっはっは。本当に仲がよろしいですな」
「……そうですか?」
ナミラたちの馬車で御者を務めるシャラクが、心から愉快そうに笑った。
「えぇ、もちろん。ほら、ご覧ください。見えてきましたよ」
言われて目をやると、街道の向こうに人家の明かりが見えていた。
「あれが……」
「あぁ」
ナミラの様子でダンたちも気づき、振り返って声を上げていた。
アニたちも窓から顔を出し、喜びに顔を染める。
「テーベ村だ」