『みぃつけた』
「畳み掛けろ! 今なら討ち取れる!」
ルクスディアを狙うすべての者たちが、消えぬ怒りの矛先を向ける。
「聴け、糞共が!」
四面楚歌の魔王はしわがれた声で吐き捨てた。
だが次の瞬間、その口から奏でられたのは世にも美しい歌声だった。
「これはっ!」
見上げる者たちの中で、アレクだけが顔をしかめた。
流れる声は、皇女サタナシアのものに他ならなかったのだ。
「あ……あぁ……」
「ルクス……ディア……さま」
復讐の炎に燃えていた者たちは、惚けた顔で立ち尽くし武器を手放した。
ダン、デル、アニ、ウルミも同じく、その効果は王都中に広がっていた。
「なんてことだ……奴は建国祭でこれをしようとしていたのか」
力が弱まった今でさえ、広範囲の戦意喪失をもたらした。
ルーベリアにより混乱した民衆が聞けば、その効果は計り知れないものとなっていただろう。もしナミラが真実に辿り着き王たちに協力を仰がなければ、慰問の意味を込めた歌声の披露も検討されていたのだ。
アレクは可能性のあった最悪の事態を想像し、冷や汗を流した。
「あら……その忌々しい剣を掴んでいるからか、お前には効果がないようだね?」
アレクの眼前に現れたルクスディアが、裂けた口で笑みを浮かべた。
「貴様……」
「歌を聴いた連中はしばらく起きない。アタシはこのまま逃げるけど、どうする? 結界を解いて戦う? 勝てるかな? 王子様! キャハハハハハハハハ!」
怒りを煽る笑い声を響かせ、ルクスディアはひらひらと舞った。
結界を解き、多くの友に続こうと意を決したアレクだったが、視界に入ったものに笑みを浮かべて掲げる剣に力を込めた。
「どうやら俺の出番はなさそうだ。逃げれるもんなら逃げてみろ」
「あ?」
止んだはずの雷鳴が轟き、暴風が吹き荒れる。
慌てて振り返ったルクスディアが見たものは、最高位魔法を詠唱するガルフとモモの姿だった。
「馬鹿な! 歌は届いたはず!」
「そのときには詠唱を始めてたんだろう」
「詠唱障壁でも防げないはずだ!」
「俺たちは教わったぞ? 風と雷の魔法はうるさくて、周りの音が聞こえなくなるから注意しろと。他でもないルーベリア先生にな!」
今度はアレクの嘲笑が煽り返す。
「それに、さっきまでは建物に被害が出ないよう手加減していたはずだ。だが今は、貴様以外のすべてが結界に守られている。この意味が分かるな?」
結界に阻まれ絶対に届かないと知りながら、唾を吐いて飛び去る魔王がアレクには心から哀れに見えた。
「我が友曰く」
ルクスディアに杖を向けるガルフが呟く。
その脳裏には、雷の最高位魔法の発現を共に喜んだルーベリアの姿があった。
「黒魔法にはそれぞれ司る化身が在り、最高位魔法ではその大いなる者を呼ぶ。その中でも雷の厳父と風の王虎には関係性が伺え、同時に放てば相乗効果が期待できるだろう、と」
頬を伝う涙を隠す雨は、もう止んでいる。
「ルーおばさまの論文、信じた仮説。今、証明してみせる!」
モモの声に応え、杖から音声と魔法陣が生まれた。
属性:風
出力:一〇〇%
術式:最高位魔法
オーダー受諾しました。
「『雷父推参!』」
「『風王虎推参!』」
逃げ回る影に狙いを定め、熱い涙を流した親子が魔法を放つ。
放たれた二つの化身は、術者も想像しない行動をとった。雷の厳父が風王虎に跨がると、魔力が共鳴し互いの力を高め合ったのだ。
「おぉ……」
戦いの最中でありながら、ガルフは感動の声を発した。
「チクショオオオオオオオオ!」
もはや普通の魔族と同等レベルに堕ちたルクスディアだったが、速さだけは健在だった。
しかし、相手が悪い。
雷の破壊力と風の疾さを併せ持つ最高位魔法から、逃げる術などどこにもない。
「「くらえええええええええええ!」」
危険はないと知る四勇士たちも鳥肌が立つ光景だった。
憤怒に染まった雷と風がただ一つの命を奪うため、夜の王都を駆け抜けた。
「ギィッ」
撃ち落とされた野鳥のような声が上がる。
その肉体は雷光により一瞬で炭と化し、暴風が攫い一切を消し飛ばした。
「まだ魔法を解くでないぞモモ。分裂体を探すのじゃ」
「はい!」
油断も隙もない捜索が続けられる。
それはルクスディアの絶命が確認されるまで、決して終わることはない。
そんな状況下で、狭く暗い路地を低空で飛ぶ小さな影。
まるでふくろうのような姿になった、魔王その人である。
「クソォ……クソォ……アタシハ、こんなところで終わらなイ! ずっとずっと、誰よりも美しくいるンダ!」
痕跡を残さぬよう悔し涙を堪え、ルクスディアは西を目指した。
城壁の外へ出られれば、弱体化の効果から逃れることができる。聖なる力には物理的な拘束力がないため、隙さえ突けばなんとかなるはずだった。
「とにかく外にッ! 肉体が戻ルにハ時間がかかるだろうケド、ここにいてハそれすら望めナイッ!」
降り注ぐ雷と吹き荒ぶ風を掻い潜り、ルクスディアは西の城壁に立つバーバラを視認できるまでに接近した。
そのとき、声が聞こえた。
「はやくしろ! このままじゃこっちが死ぬぞ!」
「分かってるわよ!」
石畳を剥ぎ、地下へ続く隠し通路に入ろうとする人影。
ナミラのおかげで一時的に力を取り戻した吸血鬼と、サキュバスクイーンのマーラだった。
「イイトコロニイタァァァァァァ」
最悪の魔王に浮かんだ非道な考え。
二人を見つけたルクスディアは、よだれを垂らし残虐な笑みを浮かべた。