『テーベ村きしだん』
まだ自分の前世を知る前。
レイジの記憶も夢だと思っていた幼き日。
「いいか、おまえたち。今日からおれたち『きしだん』な!」
ある日、ダンが二人を呼び出して言った。
「きしだんって?」
ナミラは首をかしげた。
「つよくてかっこよくて、みんなをまもる『きし』のあつまりだ。おれたちは、テーベ村のきしだんになるんだ!」
ダンは木の枝を掲げて、声高々に言った。
古い布のマントが風になびき、それらしい迫力を出している。
「すごーい! かっこいい!」
ナミラとデルは、目を輝かせて入団を決意した。
「よーし! おれがテーベ村きしだんの、だんちょうだ! デルはふくだんちょう。ナミラは、だんいんな!」
あっという間に役職が決まったが、ナミラは不満だった。
「えー。ぼくも、ふくだんちょうがいい」
「だって、おまえとろいし、おんなみたいっていわれるからなぁ。でも、あんしんしろ。だんいんには、とくてんがついてる!」
「なになに?」
ナミラは期待の眼差しを向けた。
「もれなく、だんちょうとふくだんちょうが、おまえのピンチにかけつける! おまえがあぶないとき、おれたちがぜったいにまもってやる!」
ダンはそのころから体が大きく、力も一番強かった。
少し乱暴なところもあるが、ナミラやデルが年上にいじめられていると、必ず助けてくれていた。
「わぁ、やったー! やくそくだよ?」
「おう、やくそくだ!」
「ぼくも? しょうがないなぁ」
この約束の一か月後、ナミラはレイジの前世を理解することになる。
すべてを思い出し、ナミラは自分の愚かさに涙を流した。
自分は特別だと思っていた。
前世を手に入れて、大人になったつもりでいた。
他人が積み重ねた経験で周りからもてはやされ、なんでもできる気になっていた。
今を生きるナミラ・タキメノとしての人生を、自分自身がないがしろにしていたのだ。
なのに。
ダンとデルは、あのときの約束をずっと覚えていてくれていた。
ひとつの前世も知らなかった、この時代を生きるナミラという一人の人間。
大事な友達を、彼らは忘れずにいてくれたのだ。
「こい、魔獣ども! テーベ村きしだん、だんちょうのダン様が相手だ!」
「ふ、ふくだんちょうだって、やるときはやるんだ!」
震える声で必死に叫ぶ二人。
ダンたちがナミラに抱いていたのは、嫉妬よりも約束を忘れた怒りや寂しさが強かった。
だから、自分たちがナミラより強いことを証明し、また昔のように戻りたかった。
その想いを、ナミラはやっと理解した。
「ああああああああ!」
ナミラは泣き叫び、絶望の中で祈った。
女神シュワよ。
あなたは、この優しく勇気ある二人を殺すのか。
人を庇って死に続けたからといって、誰かに庇われて死ぬことを望むのか。
どうか、どうかやめてくれ。
どうか……僕の友達を、殺さないで!
「ウオオオオン!」
ボスの雄叫びがこだまする。
ナミラを警戒していたが、その必要はないと判断したからだ。
生き残った六体が剥き出しの牙からよだれを垂らしながら、じりじりと詰め寄る。
「なにか。なにかないか」
ナミラは必死で、残った手段を探した。
「ナミラ……」
アニが震えながら、ナミラの手を握る。
「大丈夫だ、アニ。大丈夫だから」
まるで自分に言い聞かせるように呟きながら、アニの頭を撫でた。
そのとき、ナミラの目に可能性が映り込む。
アニの足元に、飛び散ったガルゥの足が落ちていた。
戦いの最中、ナミラは毒を警戒し決して相手に触れることはなかった。また、偉大な二人の動きは、返り血すら浴びさせなかった。
生き残ることに必死で前世がガルゥであった可能性を失念していた。
毒に侵されるリスクがあるが、この状況ではこれしか方法はない。
「ガアウ!」
六匹同時に、ガルゥたちがダンとデルに襲いかかる。
「くそお!」
「うわあ!」
バックリと開いた口と、ズラリと並んだ牙が二人の肉を裂き、骨を砕く。
その直前に、ナミラはガルゥの足に触れた。
次の瞬間。
少年の中で、一匹の魔獣が目を覚ました。