『復讐の徒』
「げはははははははっ! ザマァミロ! 見下してた汚い男に刺されてるぜ?」
「調子に乗るなあ!」
追撃が始まる直前、ルクスディアはリッパーマンの顔を掴んだ。
「瘴酸手」
手のひらに対象を焼けただれさせるオーラが宿った。
「ぐおおおおおお!」
「離れろ汚物がぁ!」
痛みに悶えたリッパーマンを、オーラの圧力でさらに吹き飛ばす。
腹部を貫いた竜心と共に、復讐鬼は反対側の城壁へ叩きつけられた。
「傷の治りが遅い! いつもならこの程度、一瞬で治るのに!」
やっと塞がった腹をさすり、ルクスディアはアレクを睨みつけた。
「アレキサンダーあああああああああ!」
絶叫と共に飛びかかる。
しかし、その勢いは弱く速度も遅い。
「うん、ナミラの予想通りだ。城壁全部に仕掛けててよかった」
横切った時計台の上で、片脚で立つ仮面の男が呟いた。
「なによこれ!」
そのまま城壁の手前に迫ったルクスディアを、幾重にも張り巡らせられた糸が囲んだ。
弱体化した力で断ち切るのは容易ではなく、もがくほどに体の自由を奪っていく。
「道化殺法奥義」
飄々とした道化師のデルは両手を突き出した。
仮面の下に隠した感情を、闘気と共に糸と繋がる指先に込める。
友を傷つけられた怒り。
恩師を奪われた怒り。
自分を含め、多くの者を騙していた怒り。
それらすべてが紫色の稲妻となり、罠にかかった獲物を襲う。
「大蜘蛛晩餐界・誅殺百足!」
ルクスディアは苦悶の表情で、声すら上げられなかった。
先程までなら痛みも感じない攻撃。
しかし今は全身が苦痛に苛まれ、食い込む糸さえ傷を残す。
「こ……のぉ! 糞餓鬼がああぁ!」
もはや高貴さを装う余裕もなく、殺意を込めた視線をデルに向けた。
「ギャア!」
しかし、視界は熱い痛みによって奪われた。
「鳥欄舞踏 陸の舞。群青雉連剣!」
絶え間ない斬撃が囚われの魔王を斬り刻む。
アニの容赦なく鋭い連撃は、回復の暇も与えなかった。
「ああああああアアアアアアアアアア! フザケルナアアアアアア!」
どす黒いオーラがルクスディアを包み、一気に放出された。
「きゃあ!」
「うわっ!」
アニがデルのところまで飛ばされ、二人は爆風のような圧力に耐えた。
「全員コロしてやる! アタシは魔王ダアアアアア!」
「うるせぇ、ブサイク」
絶叫するルクスディアに、最も嫌う言葉が吐きつけられた。
反射的に顔を向けると、そこには雄々しく輝く巨大な斧を担いだダンの姿があった。
「俺様の母ちゃんとかルーベリア先生のほうが、万倍はきれいだよ。いっぺん死んで出直して来いや」
「このブタアアアアア!」
怒り狂ったルクスディアはダメージなど物ともせず、血を撒き散らしながらダンへ襲いかかった。
「斬竜豪衝波ぁ!」
迎え撃つは剛腕の竜。
止まることのない暴力の塊が、欠片の慈悲もなく迫りくる。
「ガアアアアアアアアア!」
しかし、腐っても魔王。
弱体化し傷ついてもなお、蓄え続けた力は豪衝波から主を守りきった。
「コロす……コロ、して、やる!」
ルクスディアは残された力を肉体の強化に回した。
瞬く間に傷は癒え、筋骨隆々の姿へと変貌し勝ち誇った笑みを浮かべた。
「はははははは! 美しさとは程遠いけどね! 虫を踏み潰すのにはうってつけさ!」
ダンすら見下ろす巨体は、羽ばたく度に風を生みながら空を飛んだ。
「ガアッ!」
残像を残し外見に似合わぬ速さで空を駆け、ダンに拳を叩き込んだ。
「ごふっ!」
「ダン!」
ダンは飛ばされ、声を上げたアニには腕を振り上げた風圧が襲った。
「あばらが何本かイッたか……おい、ちゃんとやったんだろうな?」
「もちろん。おかげでフラフラだよ」
膝をつくダンの傍らに、いつの間にかデルの姿があった。
二人はルクスディアを見ると、ニヤリと笑った。
「闘技 影縫い」
アニが放った光生の魔法が、足下に巨影を作り出していた。
デルは全闘気を込めたありったけのナイフを刺し、体の自由を奪っていたのだ。
「こんな小手先の技ァ! すぐに抜け出して」
「おいおい。そんなの、あの人が待ってくれると思ってんのか?」
ダンは上を指差して言った。
ルクスディアが力づくで見上げると、視界の空は巨大な刃に両断されていた。
「にゃあ」
上空で闇猫が鳴く。
一振りの剣を握り、一直線に降下していた。
その幅広な刃を持つ短剣の銘は魚影豊剣。
かつてウルミの母が使い、奪われていた愛剣。
刀身の形状変化という特性を持ち、ナイフにも大剣にもなるため、レオナルドのときのように丸腰を装うことも可能になる。そして刀身の大きさは流すエネルギーの量に比例し、その種類を選ばない。
闘気でも、魔力でも、呪いでも。
「お母さん、おばあちゃん、ひいおばあちゃん。私に力を!」
ウルミは、手元に残ったすべての呪血石の力を与えていた。
結果、呪いの力を秘めた城門のような剣が完成した。
「はんっ! 時間は十分だよ!」
ルクスディアは肺いっぱいに息を吸い込んだ。
圧縮した声の振動で石畳ごとナイフを破壊し、拘束を解くつもりでいた。
「「今だぁぁぁぁぁ!」」
声を上げたのは結界を維持するアレク。
そしてルノア、バーバラ、テネシーの四勇士たちだった。
「「うおおおおおおおおおお!」」
街中で声が上がる。
それはどれも若く、勇ましく、復讐に燃えていた。
「アインズホープの精鋭たちよ! 今こそ見せつけよ! ルーベリア先生の教えを! ルーベリア先生の遺した力を!」
アレクの目から涙がこぼれる。
しかし、胸に溢れる言葉は止まらない。
「生き様を! 彼女の正しさを! 後世に継がれる想いの強さを! ぶつけてやれええええええ!」
想い同じく涙を流す、アインズホープの学徒たち。
王国のエリートと呼ばれながらも前線とは無縁だった彼らが、戦うために自ら武器を取った。
それはルーベリアという一人の命がもたらした、歴史に語られる出来事だった。
「『火球!』」
「『電光!』」
「斬波!」
四方八方から絶え間なく攻撃が降り注がれる。
一つ一つは大したダメージではない。しかし多種多様な魔法や闘技に晒されては狙いも定まらず、声を圧縮する暇もなかった。
「この糞餓鬼共がアアアアア! 邪魔をするなアアアアア!」
たまらず叫んだ魔王だったが、抵抗は時間切れを迎えていた。
「殺す!」
リッパーマンと瓜二つな言葉を発し、ウルミは柄に力を込めた。
「アァ……」
巨大な剣は地表へ達し、ルクスディアの体を前後に両断した。
分かれた体はそのまま呪いの炎に包まれ、土くれのように崩れた。
もはや、そこからの再生は不可能だった。
「やった!」
「まだだ!」
歓喜の声が上がりかけたが、ダンの怒号に止められた。
見上げる視線の先には、フラフラと空を飛ぶ影が一つ。
またもや分裂体で逃げ延びた、魔王ルクスディアがいた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
しかしその姿は弱々しいものだった。
手足は細く、体も子どものように小さい。残された力はかなり少なくなっていた。