『人殺しの一族』
「……本当に生きていたのね」
苦々しくルクスディアが呟く。
剣の先に血はあるが、肝心のモモの姿はない。
「えぇ」
短い返事は、正面に建つ建物の屋根からだった。
「このウルート・ミズチ。まだ死ねませんので」
メイド服のまま、ウルミが刺すような視線でルクスディアを見た。
モモを脇に抱え、肩からは庇ったときにできた裂傷で血が流れている。
「ウ、ウルミさん……」
「ご無事ですか? 私は大丈夫、かすり傷です」
ニコリと笑いかけたウルミのそばに、ナミラとガルフがそれぞれ降り立った。
「モモ!」
「ごめんなさい、ととさま。わたし、あいつを倒せなかった……」
「気にするな。はじめから、お前一人に背負わせるつもりはないからの」
ガルフはモモを抱き寄せ、自身が乗る魔法の絨毯に座らせた。
「ガルフ様、一旦下がってモモと魔力の回復を。貴方もこれ以上の魔法の維持はキツイはずだ」
ガルフは否定したかったが、モモと同じく疲労を隠せていないことを自覚していた。
「すまぬ! じゃが、すぐに戻る!」
悔しさをにじませながら魔法を解き、親子は後方へ飛んだ。
「ナミラくん! ウルミさん! 死なないで!」
遠ざかりながらモモは叫ぶ。
人類魔法史上最強であるはずの力が通じなかった。術者である彼女は、誰よりもルクスディアを警戒し恐れていた。
だが、残された二人は笑顔で応えた。
戦場に立つメイドと少年という不思議な組み合わせ。
しかしその背中は、頼もしさに溢れていた。
「ありがとう、ウルミさん」
「いえ。奥様や屋敷の者の避難は済みましたので、一足先に馳せ参じました」
言葉を交わしながら、鋭い視線は憎き相手から離れない。
「あらあら、すっかり仲良しね? でも、婚期を逃した仔猫になにができると言うの?」
ウルミの眉がピクリと動き、口の中で「逃してない」と反論した。
「可能性はあるさ。貴様はかなりの力を消費したはずだからな」
代わりにナミラが言葉を返し、不敵に笑った。
「今の貴様は分裂体だろ? さっき全力を注げば超天魔法を退けられたかもしれないが、力のほとんどを消費してしまう。あとに俺たちが控えてるし、そもそも貴様は美貌を保って永遠に生きることを目的としてるんだ。そんな愚行はしないよな」
以前余裕のある笑みを浮かべるルクスディアだったが、ナミラへの視線は不快感が込められるようになっていた。
「それがどうしたっていうの? お前たちを殺すのには十分過ぎるわ。だって、下水道のゴミの子孫とその来世なんですものね?」
口を開き牙を見せつけ、侮辱の言葉が吐き捨てられた。
二人は全身がざわざわと震える感覚を覚えた。
同時に魂の中のリッパーマンが、怒りを滾らせ姿を現した。
「殺す!」
闘気の鎧は消え、代わりに怒り狂った殺人鬼の刃が猛烈な勢いで襲いかかった。
「キャハハハハハハハ! あー懐かしいわね、その醜い姿。だから呪いが解けたのね。ひどいじゃない、あの頃はアタシだけは信用してくれてたのに」
「黙れ! 黙れ! お前は殺す! 絶対に殺す! 殺す! 殺す!」
殺意の刃は空を切り、仇のニタニタした笑顔がさらなる怒りを誘う。
「そうだ。聞かせてあげるわ、あの馬鹿な女のこと」
絶え間ない攻撃を躱し防ぎながら、ルクスディアは面白そうに笑う。
「普段から優しい魔女として食べ物とかあげてたから、完全に信用してたわ〜。でも、ちゃんと呪いのデメリットも言ったのよ? 六十年生きられるけど、人を殺さなきゃだめよって。あの女、リッパーマンしか知らないから簡単なことだと思ったのねぇ。即答したわ『大丈夫!』って」
笑いながら演じられたハナビの声は特徴を捉えており、とても似ていた。
「赤ん坊を抱いて『よかったねぇ、幸せだねぇ』って撫でてんのよ。馬鹿でしょ? あの汚い歯抜け女」
「殺すううううううううううううううう!」
噴火した怒りで繰り出された、大振りの攻撃。
ルクスディアはその隙を突いて、腹わたを引き裂こうとした。
「はあっ!」
しかしリッパーマンの背後からウルミのしなる剣、魅猫冥剣が伸びる。
もう少しで目を抉れたが、ルクスディアは紙一重で避け距離を取った。
「我が一族の怨み! 今こそ晴らす!」
ウルミは吠え、リッパーマンの背中を踏み台に跳んだ。
「ひいおじいさま!」
先祖の男は目を丸くし、初めて感じる喜びが復讐心を上回った。
それは生前感じられなかった、父性に似た温かな感情。視線を合わせたリッパーマンはウルミの意図を読み取り、剣を地面へ突き刺した。
「殺猫冥風刃!」
「『下水王!』」
高速で動く刀身を、地下からの汚水が包み込む。
触れることのできない斬撃に囲まれたルクスディアだったが、呆れたため息を吐いた。
「くっさいのよ」
両手に伸びるオーラの剣が、ウルミの技に劣らぬ速さで動いた。
ギフトでの強化をものともせず、数百年もの間裏社会で恐れられていたヒタイト・コレクションは、いとも容易く斬り裂かれた。
「くっ!」
「まずは仔猫ちゃんからかしら? アタシの邪魔をしたもんね?」
武器を破壊されたウルミが怯んだ瞬間、残虐な魔の手が伸びた。
「ガアァ!」
しかし、地下から噴き上がった汚水が壁となり、ウルミを守った。
「本当に邪魔よね、あんたたち一族は!」
音も無く背後に迫っていたリッパーマンの一撃を、ルクスディアが振り向きざまに防ぐ。
続いて繰り出したウルミの隠しナイフでの刺突も片手で止め、涼しい顔で勝ち誇った。
「ウルートぉ!」
先祖の叫びと同時にウルミは武器を捨て、後方へ下がった。
「散切殺鬼!」
巨大で禍々しい闘気の刃が現れ、激しい鍔迫り合いを繰り広げた。
「へぇ、やるじゃない!」
「うおおおおおおおおおおおお!」
迸る二つのエネルギーにより石畳は砕け、近くの建物は崩れた。
その様子を見たルクスディアの脳裏に、ひとつの疑問が浮かんだ。
(そういえばどこも明かりがついてない……住人はどこ? まさか全員避難したの?)
ルイベンゼン王が事前に関わっているとすれば、その可能性は大いにある。
だが、なにか他にも見落としがある気がしてならなかった。
「ガアアアアアアアアアアアア!」
その疑問を解消するための思考は、復讐鬼の咆哮によって中断を余儀なくされた。
「あーもう! 邪魔よあんた! もういい、子孫と共に死になさい!」
鍔迫り合いから逃れ、ルクスディアは空に昇った。
もちろんリッパーマンもすぐさま追ったが、速度は翼を持つ魔王に部があった。
「消し飛べ! 魔王の……」
それは偶然視界に入った光。
戦いに夢中で忘れていた、油断ならない驚異。
人類最強クラスの守護の兆しが四つ、王都を囲む城壁の上で輝いていた。
「やめろおおおおおおおおお!」
そのうちの一つに高速で飛んだが時すでに遅く、光の主は冷たく呟いた。
「さらばだ。サタナシア」
王剣エクスカリバーを掲げたアレク。
そして各所の四勇士たちも同様の姿勢で、同時に声を発した。
「四天十字の聖域!」
王都に巨大な十字の光が広がり、聖なる守護をもたらした。
ルーベリアに対して城を守ったときよりも大規模で強力な結界。永い王国の歴史でも、数回しか使われた記録のない大魔法が顕現した。
「ぎゃあああああああああああああああああ!」
その光を受け、ルクスディアは悲鳴を上げた。
魔族は白魔法をはじめ、聖なる力に弱い。
魔族としての力をほとんど失ったマーラたちは、皮肉にもこの結界の影響をあまり受けることはないが、搾取を続けてきた魔王は違う。身体能力や魔力をはじめ、あらゆるステータスが大幅に低下。出していた技の維持もできなくなり、全身を焼けるような激痛が襲う。
そして、そんな好機を憤怒の鬼と化したリッパーマンが逃すわけがなかった。
「死ねええええええええ!」
突き立てられた復讐の刃がついに魔王を捉え、その体を貫いた。