『八岐大龍神』
「はあぁ!」
「魔王剣」
臆することなくナミラが斬りかかる。
しかし、ルクスディアの両手に現れた黒いオーラの剣で防がれた。火花散る鍔迫り合いののち、体勢を崩される。
「雷父よ!」
すかさずガルフが魔法を操り、雷の鉄拳を繰り出す。
「邪魔よ」
ルクスディアは軽く弾き返し、距離を取ったナミラに視線をやった。
「真・斬竜天衝波ぁ!」
一瞬の隙を突いて、両翼を携えた闘気の竜が襲いかかる。
「魔王竜爆波!」
多眼の黒竜が現れ、ナミラの天衝波とぶつかった。
「おおおおおおおお!」
「キャハハハハハハハ!」
二体の竜は絡み合い、空へ昇っていく。
やがて黒竜が自ら爆発し、天衝波ごと消し飛んだ。強烈な爆風が王都を襲い、古い建物は脆くも崩れ去った。
「キャハハハハハハハ! その程度なの? ほら、お仲間を呼んでもいいのよ?」
二人を見下す魔王ルクスディア。
そのとき、雨音の向こうから聞き覚えのある声が流れた。
属性:水
出力:一〇〇%
術式:最高位魔法
オーダー受諾しました。
「いいのか? なら、お言葉に甘えるぜ」
ナミラはニヤリと笑い、眼下に向けて叫んだ。
「やれ! モモ!」
「『天昇瀑水竜!』」
魔法陣の光に照らされたモモが、水の最高位魔法を天に放つ。
しかし、素早い動きで躱されてしまった。
「危ない危ない……って、どこに撃ってるのぉ~?」
笑いながら見上げる先には、雲の中に姿を消す水竜がいた。
「アホだけど、魔力はすごいわねぇ。おやつ代わりに食べちゃおう!」
モモに狙いを定めたルクスディアを、ナミラとガルフが妨害する。
「あら、先に死にたいの?」
「死ぬのはお前だろうよ。人の怒りを思い知れ!」
言葉の真意が分からず首をかしげた魔王だったが、すぐにその理由を悟ることになる。
「よくも……よくもルーおばさまを!」
数多の魔法陣が少女を囲み、膨大な魔力を制御する。
それは魔喰戦で見せた奇跡の光景。
超天魔法の発現を意味していた。
「そうか……あの小娘!」
「させるかぁ!」
ガルフが操る最高位魔法が行く手を阻む。
ナミラも絶えず攻撃を続け、モモを守った。
雨を降らせる黒雲の中で、水竜が暴れている。
「『天より来りて地より還る! 生命の根源! 命奪の主! この世に在りし万象を! 八つ首の怒りが滅する! 我、絶望を知る者! 我、闇を見た者! 我、希望を知る者! 我、光に触れた者! 終焉の空より来たれ、水天の覇者!』」
出力:一二〇%
術式:超天魔法
オーダー受諾しました。
王都の隅々まで届く巨大な魔法陣が、黒雲に映し出された。
「『八岐大龍神!』」
雲の中で山脈を思わせる巨大な水の尾がうねり、同時に八対の眼光が光る。
そして怒り狂う竜の首が八つ、ルクスディアに牙を剥き襲いかかった。
どれも最高位魔法とは比べ物にならないほど大きく、膨大な水の魔力を有していた。
「なによこれええええええええええ!」
ルクスディアはナミラたちとの戦いを放棄し、超天魔法から逃げ出した。
しかし、八頭の牙は滅する敵を決して逃がさない。
「ルーおばさま……」
長い前髪と涙越しに、モモは憎い仇を睨む。
この魔法は、ナミラとダンの双竜豪天衝から着想を得て完成した。
入学時のルーベリアの行動を責める声は少なからず存在していた。だが、この魔法の発現に一役買ったとなれば、中傷も止むだろうとモモは期待した。それになにより、新しい超天魔法に貢献できたことをルーベリアが喜んでくれると思っていた。
しかし、その願いは奪われた。
目の前を飛ぶ身勝手な女の手によって。
親の愛を知らぬ自分に母性を教え、強い女性の姿を示してくれた存在。
いつか母と呼びたかった憧れを、最大の侮辱の下で奪われたのだ。
「ぜったいに! ゆるさない!」
古代の技術で作られた杖が、膨大な魔力に震えだす。
そしてついに、復讐の牙が憎き体に届く。
「魔王の根源!」
ルクスディアは雄叫びを上げ、足に噛みついた水の竜を弾き返した。
純粋な魔王のオーラが体を覆い、何人たりとも触れることを許さない。
しかし、八つ首の牙はそれすら貫く力を持つ。
「このアタシが! こんなもので!」
飛び回り、斬りつけ、蹴り上げ、力の放出で撃ち払う。
奇跡と称される魔法を相手に、最強の魔王は引けを取らぬ戦いを見せる。
だが、モモの怒りを体現した水の化身は、獲物を滅するまで消えることはない。
「このおぉぉぉぉぉぉぉ!」
悲鳴を上げるルクスディア。
その一瞬、力が弱まった隙を竜眼は見逃さない。
欲深き愚か者に、罰を与えるときがきた。
「ぎゃあああああああああああああ!」
すべての頭が喰らいつく。
決して尽きぬ水に自由を奪われ、終わりなき苦しみの中引き裂かれ、潰され、跡形もなく消える。
それが水の超天魔法を受けた者に待つ、絶対の末路。魔王ルクスディアも決して例外ではない。
瞬く間に肉体は消え失せ、緊張の解けたモモはひどい疲れを感じ超天魔法を解いた。
「……終わったよ、ルーベリア……おかあさん」
天を仰ぎ、亡き恩人に想いを馳せる。
「なにが終わったの~?」
背後であり得ぬ声がした。
滅したはずのルクスディアが、オーラの剣を構えている。
「なにぃ!」
「モモ!」
ナミラとガルフは素早く反応したが、巻き添えを避けるため避難していたことが仇となった。
二人の距離では間に合わず、疲弊したモモでは逃げることもできない。
「まずは一人」
惨くも鮮やかな血飛沫が、夜の王都に散った。