『真実と正体』
「貴様は元々、父さんの命を狙っていた。だが、すでに王都を離れていた。闇猫……ウルート・ミズチには当初、そのままメイドとして潜伏させるつもりだったんじゃないか?」
知るはずのない闇猫の名が出た瞬間、サタナシアの眉がかすかに動いた。
「だが、謁見の間で俺と出会った。俺が厄介な存在だと判断した貴様は、その日のうちに暗殺を命じた。だが、俺は生き残った。それで興味を持ったか、べつの利用法を考えたかは知らん。でもそのせいで、レオナルド将軍に手をかけた。まぁ、そうだよな。左大将軍なんて、王都で好き勝手しようと思ったら邪魔でしかない」
「……根拠のない推測ですね。わたくしがレオナルド将軍に勝てると?」
「あぁ。楽勝だろ?」
ナミラは馬鹿にした笑顔を向けた。
「でも、凶器を残したのはふざけ過ぎたな。アレのおかげでひとつの真実に辿り着けたんだよ。アレは先代闇猫が所持していたヒタイト・コレクション。相棒の暗殺者を操って殺し、剣だけ奪っていたんだろうな。先代が所持していたことは当時売った商人の息子と、ウルミさん本人に確認済みだ。驚いたか? 闇猫は生きているぞ」
「……死んだと聞きましたが」
「違うだろ? 貴様は噂を聞く前に死んだと思ったはずだ。なんせ、先祖代々かけていた呪い消えたんだからな!」
ナミラの声に力が込められる。
サタナシアの表情は変わらないが、纏う空気が変わった。
「なにを言っているのですか?」
「それだけじゃない。貴様はルーベリア先生の先祖に因子を植えつけていた。だから先生はあんな目に遭った!」
握る刀の柄が、ギリギリと音を立てた。
「それだけじゃない……それだけじゃあないよなぁ! 貴様は惨劇から目を逸らし、守るべき者たちから搾取して、自分一人のうのうと生きてきた! だからミスを犯した! 初めてこの城で会ったときだ!」
ナミラの怒声から守るように、窓の外に見えていた星々を分厚い雲が隠した。
「貴様は孤島にあった鏡を使って現れたんじゃない。テーベ村の村長邸にあった鏡を使ったんだ!」
「なにを根拠に!」
サタナシアの声を無視して、ナミラは続ける。
「貴様は北の大陸を命からがら進み、鏡と出会ったとでも言いたかったんだろう。だが、俺の話を聞いてしまった。魔族以外があの魔喰の地を生きられないことを知ってしまった。だから咄嗟に考えたんだろうよ」
「わたくしの話のどこにおかしな点があるというのです?」
「じゃあ聞くが、父さんや俺たちのことをどうやって知った?」
サタナシアは呆れたため息をつき、質問に答えた。
「王都凱旋のときの映像魔法です。知らないんですか? あれは、同盟国にも映し出されていたんですよ」
「そうだろうな。でもな、魔喰の地ではあり得ないんだよ」
一粒の汗が、サタナシアの額に流れた。
「魔喰に浸食された大地ではな、一切の魔法が使えないんだ! 魔喰が現れたとき、砦の兵が放った遠見の魔法もゼノ山脈から奥には行かなかったんだ。どうして映像魔法が届く?」
ナミラは無意識のうちに足を一歩踏み込んでいた。
「同じ理由で鏡に施された魔法も使えないはずなんだよ! 今までの話に物的証拠が欲しいか? ほら、これだよ!」
ナミラが放り投げたのは、ゲルトの領収証。
父の代に魚影豊剣をウルミの母に売ったものや、数年前にテーベ村村長バビに魔法の鏡を売ったものもあった。
サタナシアは黙り込み、ナミラをじっと睨みつける。
「アレク!」
悲鳴に似た声で、サタナシアは王子の名を呼んだ。
「貴方は……わたくしの味方ですよね?」
アレクは苦しそうな顔を見せたが、ナミラが間に入り視線を遮った。
「もう一つ聞く。貴様、この顔を知っているか?」
ナミラは真似衣の魔法で、バボン王の姿へと変身した。
サタナシアは目を丸くしながらも、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「もちろん。鏡の呪文は、金細工に血を入れた当時の王の姿を思い浮かべないと使えません。そのご尊顔はバボン王。知らぬことを責め立てようとしたようですが、残念でしたね? 呪文と共に伝わっていましたの。だから、わたくしが鏡の魔法を使っても不思議なことはありません」
「そうか、知っているか。子孫であるルイベンゼン王やアレキサンダーも知らぬこの顔を」
バボン王が不気味に笑う。
その言葉を疑い、サタナシアはアレクを見た。
「その通りだ。セリア王家では肖像画も残ってはいない。そんな人物が、帝国には伝わっているなんて思えない」
苦々しい顔のサタナシアを、バボン王は嘲笑う。
「散々俺の鏡を使ってくれたみてぇだな。闇猫の私物にあったぜ? 報酬用の丸鏡。ルーベリアの化粧台もそうだったな……てめぇが俺をよぉく知ってるのは、伝え聞いたわけじゃねぇだろ。当時会っていたからだ」
ナミラの姿に戻りながらも、魂に刻まれた前世たちは怒りに震えていた。
「六〇〇年前! 帝国の領事館にいたてめぇは、城から逃げてきたホリーホック・ユダ・マリアと女たちを国外へ逃がした! そのとき、気に入った女に自分の因子を植えつけた!」
ナミラの声に、バボン王の感情が流れ込んだ。
「一七〇年前! 北の屋敷で魔女と呼ばれていたお前は、ウルミのひいばあちゃんを保護したよな? そして騙した! 騙して呪いをかけやがった!」
リッパーマンの怒りが溢れる。
「そんなこと」
「ありえないって? 人間だからそんなに長生きじゃないって? ご冗談を! 八〇〇年も生きておいて!」
乾いた嘲笑ののち、今度はアルーナが涙を流させた。
「もう言い訳もできないだろう、皇女サタナシア。いや、魔王ルクスディア!」
ナミラの怒号が、雷鳴と共に響き渡る。
夜空に広がる雲が、いつの間にか雨を降らせていた。
「そんな……ひ、ひどい……」
ナミラの追及にサタナシアはボロボロと涙を流し、両手で顔を覆った。
「うぅ……うぅ……」
部屋に雨音とサタナシアのすすり泣く声が流れる。
「うぅ……うぅぅぅ……うふ……うふはははははははキャハハハハハハハハハハハハハ!」
やがて可憐な泣き声は不気味極まりない笑いへと変わった。
顔を上げた皇女は、絶世の美女ではなくなっていた。
尖った歯がズラリと並んだ口が頬まで裂け、丸い大きな目が淀んだ虚を思わせる。
魔王ルクスディア。
すべての元凶が、その姿を現した。