『すべての黒幕』
翌朝。
元の姿に戻ったナミラは近しい者たちを呼び、ルーベリアを森の湖畔にひっそりと葬った。
建国祭は中止となったが、民衆はナミラたちの健闘を称えた。特にアレクは剣王の再来と崇められている。また、一人立ち向かったマーラの健闘により魔族たちの印象も変わったようで、地下に隠れていた者たちは地上の人々に歓迎されるようになっていた。
王都を襲ったルーベリアに関して、ルイベンゼン王は調査中として明言を避けた。
今はアレクたちの話題で盛り上がっているが、すでに人々の心には学院や王家に対する不信感がくすぶっている。迅速に真実を明らかにする必要があるが、実際のところ彼女の変貌に関してなにも分かってはいない。
ただ一人、ナミラ・タキメノを除いて。
ルーベリアを弔ったあと、ナミラはゲルトから頼んでいたものを受取り、マーラから戦闘中に知り得たことを聞いた。さらにルノアから、寸劇の台本に用いたタキメノの屋敷に関する言い伝えを記した本をもらった。
それらすべてが、ナミラが欲していた確証となった。もはや一切の躊躇はなく、はやる殺意を必死で抑えた。
僅かな時間すら惜しかったが、ナミラは信頼できる者たちに協力を仰いだ。導き出した真実を聞くと皆一様に驚き、一部はすぐに信じられなかった。たしかに辻褄は合い根拠もあるが、荒唐無稽な話にも思えたのだ。
「もし間違っていれば、この国のあらゆる責め苦と労働ののち我が魂を女神シュワへと送りましょう。だから、今は力を貸してください」
土下座の姿勢でこれまでにない覚悟を見せるナミラに、協力しない者はいなかった。
むしろ、語る話が真実ならばこれ以上の怒りはない。一人一人が尽力した結果、ルーベリアの死から二度目の夜にすべての準備が整った。
そして、その報を受けたナミラは今。
黒幕のいる部屋の前に立っていた。
「……いくぞ」
となりには、信頼できる仲間がいる。
未だ半信半疑ではあるが、それ故に真実を見極めるため共に来た。
目の前の扉を、ナミラが押し開ける。
ノックもせず、事前の了解も得ていない。そんなもの、不要な相手だからだ。
「なっ、急にどう」
「喋るな」
突然の来訪に目を丸くする部屋の主に、ナミラは殺気を放った。
「貴様にはもう時間を与えない。貴様には十分すぎる時間があった」
「な、なにを」
「貴様がすべての黒幕だ」
相手の声を遮り、ナミラは有無を言わさず続ける。
「闇猫に俺の暗殺を命じた依頼主は貴様だ。左大将軍レオナルドを襲ったのも貴様だ。ルーベリア先生をあんな姿に変え、暴走させたのも貴様だ」
握った拳がぶるぶると震える。
我慢できず竜心を抜き放ち、憎き敵に向けた。
「そうだろう? 皇女サタナシア!」
尖塔に設けられた寝所に、魂の怒号が響き渡る。
ベッドの上で薄いシルクに身を包んだサタナシアは、華奢な体でナミラを睨んだ。
「なんなのですか、いきなり! いくら英雄の息子でも無礼ですよ!」
甲高い声を発すると、今度はナミラのとなりに立つ男に視線を送った。
「アレク、まさか貴方も信じているのですか?」
絶世の美しさを誇る皇女が寝所で、無防備な格好で、すがる声を投げかける。
「……サタナシア」
悲しげな瞳で、アレクはサタナシアを見つめた。
「俺は真実を見極めに来た。どうか、本当のことを言ってくれ」
「もちろんです! お願いします、そこの無礼者をどこかに」
「アレクを魅了しようとしても無駄だ」
見つめ合う二人の間を、ナミラの冷たい声が横切る。
「ルーベリア先生のおかげで、サキュバスの力で相殺できることが分かったからな。お前が使う、まがい物の魅了は役に立たんぞ」
ナミラの言葉に、サタナシアの顔が僅かに強張った。
「……何者なのですか、貴方は」
「貴様がそれを言うか? まずはそっちが先だろう?」
言いようのない空気の重さに、アレクは息苦しさを感じた。
「貴様の愚行を話してやる、否定したければするといい。だが分からせてやる、もう逃げ場がないことを。俺のことを知るのは、貴様の首が飛ぶときだ」
切っ先を向けたまま、ナミラが語り始める。
王都で起きた真実を。
前世から続く呪縛の姿を。