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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第二部三章 王都動乱
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『嗚呼、我が人生』

 周りが騒がしい。

 真っ暗な世界に、幾人もの気配と声が広がっていく。

 体は重く、とても寒い。

 自分は死んだはずで、なるほどここが冥界なのかとルーベリアは思った。しかし、聞こえる声はどれも聞き覚えがあるものばかり。すべてに慈しみを抱く、愛しい者たちの声。


「……まだ足りないぞ! ありったけのポーション持ってこい!」

「薬草もあるだろ! 血止めでもなんでも使えるやつは全部使うぞ!」


 張り付いた瞼を開くと、すでに日は落ちている。

 しかし、見える空と鼻に香る匂いはよく知るもので、ルーベリアは自分がどこにいるのか察した。

 彼女はローブに包まれ、学院の中庭に寝かされていた。大きなイチョウの木が植えてあり、学生のときからこの木陰で読書をするのが好きだった。


 なんだか、とても永い悪夢を見ていた気がする。

 なんだか、ひどく懐かしい気持ちになった。


「気がついたぞ!」


 声の主たちが集まる。

 それは学院の生徒たちで、誰もがルーベリアを心配そうに見ていた。そばではモモが回復魔法をかけており、額の汗が休みなく働いていることを語っていた。


「貴方……たち……どうして」


 かすれた声が喉から出る。

 手を持ち上げると皺が刻まれた元の手が視界に入った。

 

「儂らが運んだんじゃ」


 心から安心する声が、頭の上で優しく流れた。

 涙目のガルフが顔を覗きこみ、続いてアレクたち四勇士とダンたちも顔を見せた。


「みんな、お前を助けようと必死になっておる。ナミラくんが今、城にあるという秘薬を取りに行っておるからの。諦めるでないぞ?」


 優しく微笑むガルフだったが、ルーベリアその言葉を拒否した。


「無駄です……もう助かりません」

「そんな! やってみなきゃ分かりません! 先生に教えてもらったことを、すべてやります! だから、だから!」


 生徒たちは涙を流しながら、口々に言った。

 ルーベリアは嬉しそうに笑いながらも、首を横に振る。


「ただの剣ではありません……宝具エクスカリバーです。担い手以外が触れれば呪われる……そうですね? アレク」


 呼ばれたアレクは血が出るほど歯を食いしばり、沈黙を返事とした。


「もはや、この身は助かりません……だから、モモちゃん。もういいのよ?」

「いやだ!」


 前髪の向こうの大きな瞳から、絶え間なく涙がこぼれ落ちる。


「わ、わたしのギフトは【無限魔力】! わたしがずっと回復魔法をかけていれば、ルーおばさまは死なないはずだもん! だから」

「貴女は偉大な魔法使いになる」


 モモの訴えを、ルーベリアは優しく遮る。


「雷迅の賢者すら超える、最も偉大な魔法使いに……私に、その邪魔になれと言うの?」

「そ、そんなこと」

「貴女は私のかわいい娘で憧れなの……貴女には、私が見れなかった世界を、見て、ほしいの」


 諭すようなルーベリアの言葉は、モモの心に深く染みていく。

 モモは泣き崩れ、ついに魔法は止んでしまった。


「ガルフ……貴方の言葉、嬉しかったわ」

「そうか、儂もやっと言えたよ。これからだ、ルーベリア。掴み損ねた時間を、共に……」


 ガルフが握った手を、ルーベリアはそっと握り返した。


「共に生きるのは、この子たちです」


 自分を囲む生徒たち、ルーベリアは見渡した。

 誰もがルーベリアを慕い、現状を嘆いている。


 それだけで、彼女は幸せだった。

 恋は実らず、容姿や才能に恵まれたわけではない。

 しかし、これまでの人生で得てきたかけがえのないものがある。

 ここにいる学院の子どもたちが、彼女の生きた証。

 なによりも愛しい宝物であった。


「みんな……アインズホープの学生として……誇りを持って生きなさい。学院と……この国の未来を……頼みます」


 満たされた笑みを浮かべ、ルーベリアは全校生徒に最後の言葉を贈った。


「先生!」

「ルーベリア先生!」


 この場にいるものすべてが、ルーベリアを呼ぶ。

 その声だけで、彼女の心は温かくなり死の恐怖は消えていった。


「箒よ来い」


 消え入りそうな主の声に反応し、ルーベリアの私室から魔法の箒が飛び出した。

 あらかじめ魔力を貯め、それが尽きるまで自在に空を飛べる学生時代からの相棒。凄まじい速さで空を駆け、ルーベリアの体を攫っていった。


「え!」

「そんな!」


 使い込まれた杉の柄に身を任せながら、ルーベリアは学院を見下ろした。


 人生のほとんどを捧げた場所。

 自分のすべてだった場所。

 改めて見る学び舎は誇らしく、輝いて見えた。


 あてもなく、ただ風のように。

 ルーベリアは夜の闇に消えていった。


「お、追いかけろ! 今ならまだ」

「よせ!」


 飛び立とうとした生徒たちを、ガルフが一喝した。


「なぜです! あの傷では」

「分からんのか! ルーベリアは儂らのために去ったのじゃ! 罪人を匿ったとなれば、多少なりとも学院の名に傷がつく。それを避けたのじゃ!」


 学生の一部は、反論しようとガルフを睨んだ。

 しかし、誰よりも悔しさを滲ませ涙を流す姿に、その気持ちは失せていった。


「……せめて、最期は大好きだったこの場所でと思って連れてきた。多少の非難など、儂が黙らせるつもりじゃった。じゃが、お前は……ルーベリア! 儂は、儂は最期までお前の気持ちを分かっていなかった!」


 後悔と自責の念が、ガルフを跪かせた。

 

 この夜。

 王立学院アインズホープは、永い歴史の中で最も深い悲しみに包まれた。

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