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魂の継承者〜導く力は百万の前世〜  作者: 末野ユウ
第二部三章 王都動乱
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『建国祭 ごめんなさい』

「あはははははははははは! バカみたい! 私、全部私が悪かった! 私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が私が!」


 涙を流したまま、ルーベリアは笑う。

 込められた蔑みと怒りは、自分自身に向けられていた。

 同時に、内に秘めていた魔力が暴走を始める。


「ルーベリア!」


 ガルフは必死で叫ぶが、膨大な魔力の前にその声はかき消された。

 

「この魔力量……まさか、命を!」


 今のルーベリアは正気ではない。

 しかし、ナミラはこの暴走に人為的なものを感じた。


「俺が止める! みんなは距離を」

「『常に消え常に在る者 世界を狩り場とする獣 弱き命よ 逃げ場なき運命さだめを受け入れよ 不可視の爪と牙の蹂躪が始まる 咆哮に震え身を捧げよ』」

「なにぃ!」


 始まった詠唱は、ルーベリアには使えぬはずの魔法。

 風の最高位魔法であった。


「ナミラくん! 頼む!」


 ガルフの懇願が、かすかに耳に届く。

 大量の魔力が乱舞する風に変わり、詠唱障壁と相まって術者を守っている。ナミラは接近を諦め、放たれる魔法を迎え撃つつもりでいた。


 上空に風が渦巻き、心身を震わす唸り声が響き渡った。風は次第に形を変え、長い牙を携えた巨大な虎へと変貌した。


「『風王虎推参ストーム・タイガー!』」


 凶暴な風の獣が蹂躪を始める。

 それが終われば、今後百年は竜巻が起こり続け王都はもちろんセリア王国は滅びるだろう。

 しかし、この場には狩人がいた。

 もはや最高位魔法では止まることのない、最強の狩人が。


「はああああああああ!」


 竜心が炎を宿し、荒々しく燃える炎刀と化した。

 ナミラは凄まじい勢いで風王虎へと迫り、剣を振り下ろす。


闘竜殺炎剣とうりゅうさつえんけん!」


 荒々しい風の爪と雄々しい炎の刃が交わる。

 ルーベリアもさらに力を込め、二つの力は拮抗を見せた。


「負けてたまるか負けてたまるか負けてたまるか! 私の力はこんなものじゃない! 自分のせいで恋を……愛すら得られなかったのに、力すら手に入れられないなんて、あり得ない!」


 涙を流したまま叫ぶルーベリアの体は、陶器のようにヒビ割れ崩れ始めていた。


「このまますべて消し去ってやる!」


 さらに魔力を込めようとしたルーベリア。

 その目の前に、風に巻き込まれた赤い風船が映った。おもむろに見下ろすと、逃げ遅れた貧しい身なりの少女が泣いている。気づいた魔族たちに守られてはいたが、大事にしていた風船が飛んでしまったことで、感情が抑えられなくなってしまったのだ。


「あ」


 ルーベリアの動きが止まる。

 風船は、二十年ほど前にルーベリアが開発したもの。その理由は賢者塔に拾われる前の貧しい幼年期にあった。

 辛い日々の中で、建国祭は年に一度だけの楽しい時間だった。そんな自身の経験から子どもたちのために風船を作り、毎年配っていたのだ。


「私は……なんてことを」


 なのに、自分が壊してしまった。

 子どもたちにとって特別な、大切な日を。

 楽しいはずの祭りを恐ろしいものにしてしまった。


 自責の念が全身に溢れていく。

 同時に魔力の奔流は止まり、ルーベリアは力なく少女を見つめ呟いた。


「ごめんなさい……」


 力を無くした風王虎に剣が振り下ろされ、一閃の斬撃が両断した。

 断末魔もなく燃え上がり、最高位魔法は一陣の風を残して消え去った。


「私は……私は……」


 崩れかけた手を見つめ、ルーベリアは涙を流した。


「ルー……」


 悲しげな後ろ姿を、同じ表情のガルフが見つめていた。


「ナミラ!」


 そのとき、王城の方向から聞き慣れた声がした。

 アレクを先頭に、四勇士たちが聖具を手に飛んできたのだ。


「アレク! 城の守りはどうした!」

「賢者塔の魔法使いたちがやってくれている。この事態に馳せ参じろと、父上から命じられたのだ」


 四人は身構えたが、ルーベリアの様子を見ると戦意が湧かなかった。


「……ルーベリア先生」


 武器を下ろし、アレクが声をかけた。


 次の瞬間。


「きええええええええ!」

「なっ!」


 突然ルーベリアがアレクに襲いかかった。

 咄嗟の出来事ながら、アレクは剣を構えて身を守ろうとした。


「……え?」


 誰もがその光景に言葉を失った。


 ルーベリアは自ら刃を身に受け、体を貫かれていた。


「ルーベリア先生!」


 悲痛な声を上げるアレクを、ルーベリアはそっと抱きしめた。


「これで……いいのです……これで貴方は、王都を救った、王子に、なる……」


 血を吐きながら囁く言葉は、ルーベリア本来の優しさに溢れていた。


「どうか、立派な王に……貴方なら、大丈夫……素晴らしい仲間も、いるんですから……どうか、私のように、道を……誤らないで」


 背後の三人に目をやると、ルーベリアはニッコリと微笑んだ。


「先生!」

「ルーベリア先生!」

「副学長先生!」


 震えるアレクから手を離し、腹を貫いた聖具からも身を引いた。

 

「ナミラさん」


 ルーベリアはナミラに目をやり、涙を流した。


「止めてくれて、本当にありがとう……力になれなくて……ごめんなさいね」


 消えそうな声で呟くと、ルーベリアは意識を失い地上へと落ちていった。


「ルーベリアー!」


 ガルフらが彼女を追ったが、アレクとナミラは違った。

 必死で涙を堪えるアレクの肩に、ナミラは震える手を置いた。それを合図にするかのように、アレクは剣を掲げて叫んだ。


「王都を襲った悪しき魔女は、このアレキサンダー・フォン・キングス・セリアが退治した!」


 夕焼けの光が、悲しい勝鬨を照らす。

 歓喜と武勲を讃える声が王都のあちこちで起こったが、その中心には悲しみだけがあった。

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