『天下の道化師ポルン』
「ウオオオオン!」
終始翻弄していたナミラだったが、森の奥から雄々《おお》しい遠吠えが響いた。
次の瞬間、一心不乱に襲い掛かっていたガルゥたちが体制を整え、舞い続けるナミラと距離を取った。
「今のはボスの個体……群れに指示を出してるのか」
遠吠えの主に気を取られたナミラに、ガルゥたちの咆哮弾が放たれる。
咆哮弾は、ガルゥの声を魔力で圧縮し放つ技である。
着弾時に生まれる爆風は、人間の子どもを吹き飛ばすには十分だった。
「うわっ!」
爆風に合わせて飛んだおかげでダメージはなかったが、ターニャの踊りが通用しなくなってしまった。
「それなら……」
ナミラは斧から手を放した。
しかし、斧は落ちることなく回りながら、体を生き物のように移動する。
まるで魔法で吸い付いているかのようだったが、道化師ポルンの技術が成す技だった。
「お集りの紳士淑女の皆様。今宵、ワタクシ一世一代のショーをご覧にいれましょう!」
左手で顔を抑え陽気な表情を浮かべながら、高らかな声を上げた。
道化師ポルンは幼くして貴族の親に捨てられた。
二百五十年前の当時、不治の病と言われた病気にかかり、顔が歪んで醜い姿となったのが理由だった。
見世物小屋に行きついた彼はその運動神経を買われたが、必ず仮面を被るように義務付けられる。ショーは危険なものばかりだったが、ポルンは人間離れした動きですべてをこなした。そのうち、天下の道化師としてその名を轟かせることになる。
ある日、ポルンは団長に買われた盲目の奴隷少女ララと出会う。見た目に関係なく接してくれるララと優しいポルンは恋に落ち、彼は団長にララを自由にしてほしいと懇願した。
団長は自分の奴隷に手を出したポルンを亡き者にするため、条件と称して今まで以上に危険なショーをポルンに課す。毒蛇、猛獣、犯罪者、魔物。それらすべてからララを守り、制限時間逃げ切ってみせろと。
愛に燃え命を賭けたポルンは、そのすべてを見事やり遂げる。
狂気に満ちた歓声に包まれながら、力尽きたポルンは愛する人の腕に抱かれて生涯を終えた。
ナミラのポーズと言葉は、覚悟を決めたポルンが言い放った最期の口上だった。
敵を尻目に走り出し、サルのように木を駆けのぼり枝から枝へ飛び移る。
そして勢いそのままにガルゥめがけて落下し、振り下ろした斧で首を両断した。
「ホッホホウ!」
今度は襲いかかる魔獣の足元を、ウサギのように駆け抜けた。
再び咆哮弾を撃とうとしたガルゥたちだったが、放置した斧の柄に結んでおいた蔓を操り足に引っ掛けて転ばせ、互いの技を食らわせて自滅に追いやった。
ポルンがララを守るとき、逃げるだけではだめだった。
陽気な道化師を演じながら仮面の下で怒気を燃やし、培ったあらゆる技術で戦った。
仕込みも道具もない今は手の数に限りがあるが、天下の道化師の名は伊達じゃない。
「フフンッ」
最初に仕留めたガルゥからナイフを抜き取ると、体の一部のように操り、まるで何本もあるかのように錯覚させた。
「さぁ、いきますよ!」
ナミラはターニャとポルン、二人の偉人を織り交ぜて戦った。
伝説の踊り子と天下の道化師。
二人がひとつになった戦いは、アニたちの目と心を奪う。
恐怖は消し去り、疲れもどこかへ行ってしまった。思わず見惚れたこの光景を、アニは生涯忘れないだろうと思った。
命の危機にさらされながらも、夢のような時間。
そんな時間はあっという間に過ぎ去り、残りが六体となったとき、終わりを告げた。
「ガアアッ!」
闇の中から、これまでとは比べ物にならない強力な咆哮弾が襲いかかった。
「うわあ!」
強烈な衝撃波にガルゥの死体は飛散し、ナミラはアニたちの背後に立つ杉の大木に叩きつけられた。
「がはっ!」
「ナミラ!」
子どもたちを再び死の恐怖が襲う。
闇の中から出てきたボスの個体は他のガルゥより一回り大きく、溢れた魔力が煙のように体を覆っていた。
「あ、あれが、ボス……」
ナミラは必死に起き上がろうとしたが、背中の痛みでままならない。
「み、みんな、逃げろ。あのボスは僕を狙ってる。時間を稼ぐから、そのうちに逃げるんだ。動物たちが村まで送ってくれる」
ナミラが言い終わらないうちに、ダンとデルが動いた。
それぞれナミラの斧とナイフを拾い上げ、震えながらガルゥと向かい合った。
「く、くるならきやがれ! こ、今度はおれたちが相手だ!」
「さ、さしちゃうぞ! ぼくだってやるんだ!」
二人の行動に驚き、目を丸くしながらナミラは怒鳴った。
「おい! なに馬鹿なことやってるんだ!」
「そうよ! ナミラでも勝てなかったのよ?」
アニも続いて声を上げる。
「うるさい!」
森に響く大声で、ダンが叫んだ。
「ナミラ! お前はわすれてるだろうけどな、おれはお前より強いんだ! お前は……お前はすごいやつだけど、おれはお前を守らなくちゃいけないんだ!」
ダンは震えながら振り向き、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で強がりの笑顔を見せた。
「お、おれは、だんちょうだからな」
ナミラの脳裏に、忘れていた思い出が蘇る。