1話 出会い
「最低…」
その一言だけを残して香織は帰ってしまった。
香織と出会ったのは、高校2年の春、始業式の日だ。
もう慣れたというべき教室の匂いの中に初々しい桜の匂いが漂っている。
うちの学校は他の学校より人数が多く、クラスも1学年20クラスはあるせいかクラス替えで知ってる顔があまりない。
無論、僕に友達が少ない訳ではない。
むしろ多い方だ。
去年のクラスは運動部のやつが多くて、そいつらの部活の人たちと仲良くなるってことが多かったからかもしれないが。
そんな僕ですら新しいクラスで仲良い人は3、4人しかいない。
恐らく他の人は知ってる人が1人いるかいないかぐらいだったと思う。
そこで隣の席だったのが香織だ。
「加藤香織」
その名前は1年の時もよく聞いた。
テストではいつもTOP10に入りながらヒロインズなのだ。恐らく香織のことを好きじゃない男子はいないだろう。
『ヒロインズ』というのは学年の特に可愛いと言われる女子9人のことだ。誰が考えて広めたのかは分からないが男子はみんな知ってるし、使ってる。
香織もその1員だ。1員とは言ってもヒロインズたちは自分たちが「ヒロインズ」なんて呼ばれてるのは知らないと思うが。
だが、その中で香織は異質な存在だった。かわいい、成績優秀まではよく聞く感じだが、いつも1人でいる。ここがほかの人たちと大きく違う。
香織以外のヒロインズの子達はいつも近くに友達がいて、よく笑ってる。
1部の人たちが勝手に「ヒロインズ」という檻の中に
香織達を閉じ込めて、その中で香織が異端な存在だからって、異質な人として見るのも違う気がするが
俺がそういう見方をしているのは確かだ。
2年生最初のHRで席に座った俺たちは先生の指示通りに隣の人たちに自己紹介し始めた。その時、初めて香織としゃべった。
「はじめまして、加藤香織です。文系で得意科目は数学です。よろしくお願いします。」と言った。
文系で得意科目が数学だという事に違和感を抱きつつも自己紹介をした。
「榊原咲太です。文系で得意科目は日本史です。
よろしく。あと、俺には敬語じゃなくていいからね」
俺は後輩からだとしても敬語で話されるのはいい気がしない。それが同級生ともなれば敬語はやめて欲しいくらいだ。
「ほんとに敬語じゃなくていいの?」まさかの返答が返ってきて少し焦った。
「うん、私にも敬語じゃなくていいからね」ぐらいで返してくるかと思ったのにまさかの同級生がタメ口で話すのに躊躇するとは思ってもなかった。
「もちろん、いいよ」驚きを隠しながらなるべく自然体で返した
「うれしい」まさかの返答の後にまさかまさかの返答だった。
今度は驚きを隠すことができずに「え、うれしい?」と聞き返してしまった。
そうすると香織は少し下を向いて顔を真っ赤にして答えた。照れてる香織は可愛かった。「普通の男子ならあれを見たらイチコロだろうな」とも思った。
「あの、実は学校にタメ口で話せる人いなかったんだよね」
笑ってしまった。まさか過ぎる答えにこらえることが出来なかった。笑っちゃいけない所だったのかもしれない。だけど、今回は笑ったのが正解だったと思う。
それ以来、今までいつも1人でいた香織が僕によく話すようになったからだ。今までも自己紹介ぐらいはよくやっていたと思うのに他の人たちとはあまり喋ってないから笑ったのが良く見えたのだと思っていた。
僕と香織の話の内容は多岐におよんだ。
授業のことや学校のことはもちろんながら趣味とか好きな歌の事とか、とにかくいろんなことだった。
香織とこんなに仲良くいろいろ話すようになるとは思っていなかった。もちろんうれしかった。
まぁヒロインズの人たちと仲良くなって嬉しくない男子はいないと思うが。
だけど、どうしていつも1人でいるんだろうと不思議でしかたなかった。だが、それは聞いちゃいけない事なんじゃないかと勝手に思っていた。
そんな平凡な日々がただ悠々と流れていた。
たが4月の終わりの頃にクラスの芝崎修斗がとつぜん話しかけてきた。芝崎はクラスであまり目立つ存在ではないが、
ちょっとナルシストで自信家なところがある。
「ちょっといいか」僕は芝崎に連れられてベランダに出た。2人きりになったところで芝崎は本題を話し始めた。
「加藤さんと付き合ってんのか?」いきなり聞かれてちょっとビビった。
「まさか、どうして急にそんなこと?」僕は自分の聞きたいことをそのまま聞いた。
「おまえがやけに加藤さんと仲良いからだ」
「仲良かったら付き合ってるってことになるのか?」
「そうじゃないが、加藤さんは1年の時はほとんど誰とも喋ってなかったんだ。それなのに2年になって急におまえとよく話すようになったから」こいつ香織のこと好きなんじゃないかと思った。
「香織のことよく見てるんだねー」
「ち、ちがうよ」この反応を見て確信した。
芝崎は香織のことが好きだってことを
「へー、そっかー、じゃあ俺が香織と付き合っても問題ないんだね?」
「そ、それはダメでもないが良くもない」完全に痛いところをつかれたようだった。
「え、なんでー?」もうここまで分かったらちょっとばかりからかいたくなった。
少し間が空いてから
「そ、そうだよ、俺は加藤さんが好きだ」芝崎は顔を
りんごみたいに真っ赤にして言った。
その後に続けて
「おまえは?、おまえは加藤さんのことどう思ってんだよ?」と聞かれた
「仲いい友達かな」俺は素直に答えた。照れ隠しでもなんでもないただの本意だった。
続けて俺は「それだけか?」
「それだけか?ってどういうことだ?」芝崎はなんの事か分からないようだった
「わざわざそれだけを聞くために俺に話しかけたのか?」
「違う、実は… 俺に協力してほしい」芝崎が言った。
意味が分からなかった「協力って何?」
「俺が加藤さんと付き合えるように協力してほしい」
芝崎の申し出に俺は戸惑った。こんなに少女マンガっぽいこと言うやつ本当にいるんだと思った。
「どうして俺なんだ?」
「おまえと仲いいやつなら他にいるだろ?」
「今日初めてまともに喋ったやつにどうしてそんなことお願いするんだ?」俺は立て続け言った。
「加藤さんが喋るのお前だけだからだよ」
「確かにそれはそうだけどおまえが話しかければいいじゃん」これ以上ない正論だと思った。
「そりゃ、そうだけど、好きな人といきなりしゃべるなんて緊張して出来るわけないだろう」何故か少し怒り気味で言われた。
「本気か?」
「本気だ」芝崎の目は俺の目だけを見ていた。
「そうか、まぁ協力してやってもいい。
だけどもし俺が香織のこと好きになったらどうする
んだ?」
「え、でもさっき仲良い友達って言ってたじゃん」
「あーそうだ、友達だよ。でもこれから香織のこと好きになるかなんて分からないだろ?」
「まぁそうだけど」芝崎は少し下を見た。
「芝崎、お前はどうして香織が好きになったんだ?」
「言わなきゃだめか?」
「言わなかったら協力しないぞ」
ひとつため息をついてから芝崎は話し始めた。
「去年の9月の放課後、用事があったから少し急いで駅まで歩いてたんだけど、その時にポケットに入れてたPASMO落しちゃったんだ。それで駅に着いた時になくなってるのに気づいて、戻ろうとしたら加藤さんが俺のPASMO拾って走って持ってきてくれたんだ。それで気になったんだ。」
「そんなもんだろうな。おまえが香織にPASMO拾ってもらって好きになったように人が人を好きになるなんてすごく些細なことからなんだ。」
「お前に協力するとなると、俺も香織と関わる時間が少しは増える。俺が香織を好きになってもおかしくはないんだよ。それでもいいのか?」僕はできる限り強くまっすぐ芝崎を見ながら言った。
数秒の沈黙が俺の言葉の意味を語っている。
「それでもいい、それでもいいから協力してくれ」
これで芝崎がどれほど香織を好きなのか分かった。
「それじゃ最後に1つ条件がある。」
「なんだ?」
「次の夏休みの俺の宿題全部やってくれ」
去年の夏休みの宿題出さなかったら反省文書かされたから今年はどうにかしないといけないと思ってた。
「それはきついぞ」
「じゃあ協力しないぞ?」
「分かった。やってやるよ、その代わりちゃんと協力しろよ」
「決まりだな」
宿題やらないで良いのが嬉しすぎたから声がよく弾んだ。
「それじゃ、俺は何すればいい?」
俺のこの言葉と共に僕ら青春の新たな幕が開けた。
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最初の方はストーリーの進展が少ないですが徐々に色々なことが明かされていきます。この先どんな展開が待ってるか考えながら読んでいただけたら幸いです。