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六、別れの手紙

 桜の蕾から花が出始め、もうすぐ満開という季節、終了式を終えて一週間ほどが経っていた。もう三月も末。母さんの命日が過ぎた頃だ。家族で墓参りをした時、いつもと違う印象を受けたのは言うまでもない。

 そんな朗らかな日が続く中、一人のお婆さんが家に訪れた。千春の祖母と名乗ったその人は神妙な顔つきだ。幸いなのか、その日は誰も家にはいなかった。そのお婆さんをゆっくりリビングに通す。

 リビングのソファーに腰を掛けてもらうと、慣れない手つきでお茶を差し出す。それをゆっくりと喉に通していた。湯呑を再び机に置いたところを見ると、俺は話を切り出す。

「それで、あのお話とは何でしょうか?」

 声が少しだけ震えている。この人の言いたいことが――何となく感じ取れた。

 お婆さんは小さな鞄から一通の水色の封筒を取り出し、俺の前に置く。『霧川秋谷さま』と書かれたその字は、千春のものだった。

「これは千春から受け取ったものです。千春は――、昨晩亡くなりました」

 薄々分かっていたとはいえ、言葉が出てこなかった。一瞬で俺の思考は停止する。

「昨晩のことですから、そろそろ学校の連絡網でもその旨が伝わってくるでしょう。千春が自分の身に何かあったときに、どうしても最初に伝えてほしいと言われ、今回私は参りました」

 まだ脳内が動いていない。必死に今ある現実を幻想のものに変えようしている気分だ。

 お婆さんは続ける。

「千春は生まれた頃から心臓が悪く、お医者様が言うには十歳まで持つかどうか……と言われていました。しかし幸運なことに、十四歳まで生きられました。ですが、最近はどうも調子がよくなく、次第に体も衰弱し始め……。あの日、胸を強く打って、それにより更に悪化しました」

 ただ呆然と話を聞き続ける。

「その後はずっと入院していました。私はそんな時に一つ質問をしたのです。『転校しない方が良かったのかしら』っと。するとあの子、何て言ったと思います? 『転校してよかった。例えこの後どんなことが待っていようとも、後悔はしていない。素敵なメロディーを聴けて、そんな人に会えたのだから』」

 その言葉を聞いて、どくんと跳ね上がった。千春が言っている人はまさか――。

「そしてまだ動けるときに、その人宛への手紙を書いていたのよ。そう、霧川秋谷君への手紙を」

 手紙を俺の方に差し出す。だがすぐに手紙を取れる気分ではない。間接的であれ、千春の死への序曲に関わっていたのだから。

「お願いです、受け取ってください」

「しかし……」

「これは私でなく千春の意志です。千春はとても幸せそうでした。この数ヶ月間、生きていた中で一番生き生きしていた。それはあなたのおかげですよ」

 それだけ言うと最後に手紙をひと押しして、お婆さんは帰って行った。

 ドアに鍵を掛け、再びソファーに腰を下ろす。

 無意識のうちに、涙が溜まっている。それを隠しもせず、涙を流しながら手紙の封を切った。



 * * *



 霧川 秋谷君へ



 まず始めに謝らなくてはいけません。私の病気のことです。ずっと隠していて、ごめんなさい。本当は始めからずっと話すつもりはありませんでした。今まで、身内以外の人はほとんど知らないことなので……。けど、秋谷君には話しておかなければならないと思い、話さしてもらいます。

 私は生まれたときから心臓が悪く、十歳くらいまでしか生きられないと言われていました。それが良かったのかわからないけど、短い人生を精一杯生きようと思いました。だけど、自分から友達を作ろうとは思わなかった。確かにクラスにはそれなりに親しくしている人はいるけど、いつも一歩引いて接していました。私が死んだときに、悲しんでくれる人が少しでも少なくなるために……。

 そんなある日、掛かり付けの医者が急に病院を変わることになって、それを追っかけて引っ越しをしました。それがこの町と秋谷君の学校との出会い。

 まだ普通に過ごしていられたので、ここの学校に転校してきました。そんな中、本当に興味だけで学校を探索しているときに、秋谷君のピアノの音色が聞こえてきたのです。昔から、家にいるときはよく音楽を聴いていて、思わず小屋に入ってしまいました。もしあそこで我慢していれば、秋谷君も悲しまずに済んだかもしれませんね……。

 あなたと出会って二か月は生きていて一番楽しかった。自分が病気を持っているということさえも、忘れて過ごしていた。本当に、幸せだった。

 でも運命というのは酷く残酷。積み重なっていた心臓への負担があの時の高校生に張り倒された衝撃によって一気に急変してしまった。本当は無理してでも学校に行きたかった。死ぬ前日まで。そう秋谷君に会えるのなら……。

 もし秋谷君があの時のことを自分のせいだと思っているのなら、それは間違いですよ。私は自分から進んで止めに行ったの。例え秋谷君が張り倒されなくても、私は同じようなことをしたと思う。それにその出来事がなくても、近々心臓は止まっていたと思う。だから決して自分を責めないで。あれは偶然の出来事。私はたまたま引き金かもしれないことを、そこで自分で引いただけなんだから。

 さて、少し話を変えますね。この前の夜(あの晩は病院を脱走しました。後でこっぴどく怒られましたが)にピアノを弾いてもらったとき、あの時も言ったけど、本当に良かった。初めて聞いた時とはまた違う音色にうっとりしました。

 やっぱり音楽は人の心を投影するのね。思わず感心しました。


 私、秋谷君に会えてよかった。音楽が大好きな私にとって、楽器――、いえピアノをあんな風に弾けるあなたは私の憧れです。始めはただの興味であの小屋に通っていた。けど、いつしかあなたに会って、色々な話をするために通っている私がいました。たぶん秋谷君にはとても迷惑なことをしたようですね。

 本当にあなたに悲しい想いをさせたくはなかった……けど……。

 最後に私のわがままを三点ほど言います。わがままなので、流してもいいですよ。

 

 一つ、私の小説を読んで、できれば取っておいてほしい。紙に印刷したのは、それが唯一の作品だから。

 二つ、これからも是非、ピアノを弾き続けて行って下さい。多くの人があなたの音を聞いて、感動するはずです。……私が保証します。

 そして三つ目……、自分の思うように素直に生きて下さい。そして幸せになって下さい。


 今まで本当にありがとう。

 あなたに会えたことが私の一生での最も大切な宝物でした。



     静山 千春より



 * * *



 薄い水色の便箋は俺の心を映しているかのように濡れていた。それを濡らさないように封筒と便箋を持ち、自分の部屋と行く。その二つを机の上に置くと、ベッドに突っ伏した。そして布団に顔を埋めながら、遠慮なく泣き出す。手紙の下にはすでに読み終えた小説が置いてある。

 俺にとっても、千春は憧れの人でもあった。いつも自分の言いたいことをはっきりと告げて、迷いない素直な心――。

 思わずぽつりと呟いていた。

「俺はずっと千春のことを――好きだったのに」

 千春の笑顔をもう二度と見られないと思うと、さらに涙は洪水のように出てきた。それはいつまでも止めどもなく流れ続ける。ずっと千春のことを想いながら――。



 そして時は流れ――。






 * * *






 ここはとあるホールの舞台袖。今は休憩中のため、客席はざわついている。

 俺はそろそろ出番であることを自分に言い聞かせて、深呼吸した。だが不思議とそこまで緊張はしていない。まるで誰から見守っているようだ。

 唐突にブザーが鳴り響き、アナウンスが流れる。

「これから朝光新聞社主催、第二十三回ピアノコンクール高校生の部、後半を開始致します。――十番、霧川秋谷」

 それを聞くと。もう一度息を整えて、歩き始める。

 あれから三年、近くのピアノ教室で再び習い始めた。素質もあったせいか、どんどん上達し、そして先生の推薦もあり、このようなコンクールに出させてもらえているのだ。クラスでも合唱コンクールでピアノを弾いたりと、人目でよく弾くようになっていた。

 一歩、一歩、壇上へと近づく。そして眩しい光が当てられ、目の前には大勢の観衆でいっぱいになっていた。中央に立ち、曲の紹介をされてから、一礼をする。そして温かな拍手に包まれた。自然と高揚した気分になる。

 母さん、そして千春、見ていてくれるかな……。これから弾く曲はきっと二人にも気に入ってくれると思う。

 そして俺は椅子に腰を掛け、ゆっくりと指を鍵盤に置く。

 一呼吸をしてから、俺の心が詰まったメロディーを奏で始めた――。





 了



 初めましての人が多いのでしょうか。こんにちは、桐谷瑞香と言います。

 このたびは「心のメロディー」を読んで頂きありがとうございました。短編から中編くらいの量でしたが、如何だったでしょうか?

 この小説は七年前に一度書いたものを、リメイクしなおしたものです。基本的な展開の仕方や内容はあまり変えず、言葉の言い回しや語句の使い方を変えたぐらいなので、多少物足りなさがあるかもしれません。

 なるべく当時の雰囲気を壊したくなかったので、こういう方法を取らせていただきました。もっと様々な展開を期待してくださった読者の皆様には申し訳ありませんでした。

 今後はより精進致します。


 普段は長編異世界ファンタジーの方を連載していますので、現代でまったくファンタジーではないものを書くのはとても新鮮であり、辛くもあり、楽しかったです。


 この小説を通じて、読者の方々に何かが伝わって頂ければ、作者としてもうれしい限りです。


 では、最後になりましたが、本当に読んで頂きありがとうございました。

 よろしければ、また別の作品でお会いできますように――。



       桐谷瑞香(二〇〇九・〇二・二三)


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