弟は、かわいいだけじゃない。
おれには弟がいる。
名を、アッチという。
かわいいが、油断のならないやつだ。
それに、時々イラッとする。
おかあちゃんが取られる、とか、そんな理由じゃないぞ。
正直いって、おかあちゃんはアッチには、ちょっとヒドい。
おれが少しでも泣いたらめちゃくちゃ心配するくせに、アッチがギャンギャン泣いていても、だいたい無視している。
大笑いしてる時さえある。
「♪アッチもコッチもソッチもドッチも、みーんな、泣いている♪」 とか 「♪どうしてアッチは泣くのかな、お腹が空いたら泣くのかな、オヤツあげるから泣き止んでぇ、ポ○キー、せんべい、どっちがいいのか、早く言え♪」 とか歌う時もある。
オヤツは確かに有効だが、それでも泣き止まない時はままある。
それはそうだ。
気にくわないことがあってギャンギャン泣いているのに、オヤツごときですぐに泣き止んでは、男がすたる、というものだろう。
意地があるのだ。
しかしよく、聞いてみよう。
微妙に、泣く内容が変わっている。
確かさっきは、「お風呂イヤだよう」 と泣いていたのに、今では 「ポ○キーも、せんべいも、キライだよう! ゼリーが好きだよう!」
うん。
お風呂イヤで泣かれるのもツラいが (アッチとお風呂に入るのはおれの役目だ) 、こういうところがなんか、イラッとするんだよな。
ほら、おかあちゃんがコワイ顔になってきてる。
おれはおかあちゃんのコワイ顔がコワイ。
見ると悲しくなって、涙がでてきちゃうのだ。
くそう。
アッチのせいだぞ。
おれは隙を見て、アッチに鉄拳制裁を加えてやる。
だが。
「ちょっとヒロくん、それは強すぎ」
なぜだか、俺が怒られる。
そしてアッチはといえば。
「ヒロくんのこうげき、いたくないじょ!」 といつの間にか笑っている。
………………まぁ、いい。
「おかあちゃん困ってるから、協力してくれたんやんな。ありがとう」
おかあちゃんはいちおう分かってるようだし、アッチは泣き止んだ。
だから、いいのだ。
……だが、ここで、油断してはならない。
なぜなら。
「じゃあお風呂。入ったら何かオヤツあげるから」
おかあちゃんのひとことで、「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」 と思い出し泣きが始まるからだ。
「お風呂キライだよぉ! ゼリーがすきっていってるでちょ!」
しかも、がっつり丸々、思い出している。
はぁぁぁぁ…… うんざりだ。
おかあちゃんはもう、「あっそ」 としか返事しない。
「じゃあ何にも食うな」
冷たく言い放ってアッチの服をはぎとり、ぽい、と風呂に放り込む。
「ヒロくん、あと、お願いね!」
言い捨てて扉が閉まる。
アッチが泣き叫ぶ。
……おかあちゃん。おれの身にも、なってくれよ……
「おれ、アッチが泣くのがイヤ」
しかし、おかあちゃんは無情だ。
「ヒロくん!
アッチを泣き止ますことは、キミにしかできないのだ!」
扉が細めに開き、その隙間から、土下座して拝んでくるおかあちゃんが見える。
「アッチマスター!
お願いしますヒロくんさま!
アナタだけが頼りです!」
……しょうがないな。
おれはしぶしぶ風呂にはいる。
まずはおもしろい顔をして、アッチが好きなユーチューバーの真似をする。
お、今日はちゃんと泣き止んだぞ。
ふたりで変顔勝負だ!
「へんがお!」
「アッチのはへんちゃう。かわいいかお!」
「かわいいへんがお!」
……まぁ、いいか。
こうしてやっと風呂から出る。
おかあちゃんが、アッチを拭いてくすりを塗る間に、おれはじぶんで着替える。
とうぜんだ。
おれは、もうすぐ2年生なんだからな。
けれど、アッチはどっちかといえば、まだ赤ちゃんなんだ。
その証拠に、おかあちゃんを見て、また泣き出している。
「おかあちゃんと入りたかったよう」
「お兄ちゃんと入った方が、楽しいでしょ」
「おかあちゃんとがいいよぉ、ヒロくんとイヤだよう」
「ええーお兄ちゃんとの方が絶対、楽しいよ!」
「優ちいひとと入りたいよぉ、優ちいひとっていったら、おかあちゃんでちょ!」
「……あんたいつの間に、そんな言い方覚えたん……」
おれには弟がいる。
名を、アッチという。
かわいいが、油断のならないやつだ。
それに、割としょっちゅう、イラッとする。




