おれの引きこもりの夏休み。
夏休みが始まった。
だけど、おれにとっては全然、やすみじゃない。
お母ちゃんも怒っている。
「1日おきに夏休み中ずっと塾だと!? 遊べへんやん、なぁ!?」
「それな…… おれの人生はもうオワタ……」
「いや、それくらいで終わるな、ヒロくん! プー○ンにミサイル撃ち込まれたウク○イナの幼稚園児たちのことを考えてみろ!」
「ぜんぶ、お父ちゃんとプー○ンのせいや!」
おれはダンボールにお父ちゃんとプー○ンの名前を書いて、なぐりまくった。ストレス解消だ。えいえいえいえい!
「だけど、お盆におばあちゃんの家行ったら遊べるやろ。それを楽しみに頑張ろう! な、ヒロくん!」
「どーせお父ちゃんが勉強道具もってきて、勉強せえって言うんだ……」
「いやぁ、さすがにそれはないやろ」
その夜、お母ちゃんはめっちゃさりげなくお父ちゃんに念を押してくれたのだった。
「おばあちゃんの家でまでは勉強いいやろ」
「…… うん」
やった! 約束やぞ、お父ちゃん!
それから、塾に行ってプールに行って塾に行って、お父ちゃんに海と山に連れていってもらって、また塾に行って、お母ちゃんにスマスイに連れていってもらって (スマスイでは大水槽の天井部分に 『最後の夏』 って花火を映していて、おれもお母ちゃんも泣きそうになった) 、また塾に行って、やっとお盆になって、おばあちゃんの家に行った。
途中で阿倍野ハルカスにのぼる。地上300メートル! この前行ったときは雨だったけど、今回は晴れていた。いい景色だなー。
建物も車も、めっちゃ小さくて、高速道路は川みたいだ。遠くには海も見える。
「ヒロくん。この景色をながめながら言う中2ゼリフとは?」
「人がゴミのようだ」
「それよな、やっぱり」
おれとお母ちゃんは顔を見合せて、ニヤッてした。
そのあと、VRバンジージャンプ体験をしたら、めっちゃ怖くて、いっしゅん気絶しておしっこチビりそうになった。だけど勇者の称号を手に入れた。
そんなこんなでやっとおばあちゃんの家だ!
やった! Wiiがしほうだい! これが楽しみだったんだよね!
2日目には、おばあちゃんとおじいちゃんが山の中の川に連れていってくれた。
滝を見てから、川で遊んだ。めっちゃ大きい魚をつかまえた。おれ史上、最大だと思う! たまたま仲良くなった子の水そうに入れてあげたら、水そうがいっぱいになった。
3日目は、もう家に帰らなきゃいけない。
ああ、また塾か……。
ところが、それどころじゃないことが起こった。
その日の朝、おれはいつもどおり目玉焼きを作って、よくできたのをアッチとお母ちゃんにあげて (お母ちゃんが 『たまには自分がいいの食べよ』 ってかえてくれたけど、おれは実はそんなに外見にこだわっていない) 朝ごはんを食べて、ここまでは普通だったんだけど、そのあとお母ちゃんに 『読書感想文やりやー』 って言われてるときに、急にしんどくなってきた。
おれ、そこまで読書感想文やりたくないのかな……
お母ちゃんが、おれのオデコに手をあててから体温計をわたしてきて、計ったら37度8分とかだった。
「ええええヒロくん大丈夫か!」
「あんま大丈夫じゃないかも」
「寝とき!」
「うん……」
「いま暑い? 寒い? どっちや」
「よくわかんない」
どっちもやー!
しんどすぎて、ツッコミもはかどらないぜ。
お母ちゃんはクーラーをキツめにしてタオルで包んだ保冷剤をおれのオデコにあてて、ふとんをかけてくれた。
「寝とき!」
そのあと、どんどんしんどくなってきて、おれは寝ながら泣いた。
熱も上がって、頭がいたくなった。
その日は泣きながら1日中寝て、夜、お母ちゃんが薬を飲ませてくれた。
「薬がきいてラクなうちにしっかりねむってしまいや」
「1日中ずっと寝てたから、ねむくないんや、お母ちゃん」
「いやいや、薬きれたらまたしんどくなるで! 今のうちやで……!」
こんな感じで、夜中に2回くらい起きて薬をのんだりトローチをなめたりして、朝になった。きのうよりは、ラクかも。
体温計をみたお母ちゃんが 「38度4分! 下がってないなー病院やな」 と、あちこちに電話をかけまくっては 「子どもの熱が……で、はい、はい。あ、そうですか。すみません」 とか言ってる。
かかりつけの病院ではどこも、しんさつを断られたんだって。
そのあとスマホをにらんでまた電話をかけて、っていうのを2回くりかえして、やっとお母ちゃんが 「そうですか! ありがとうございます。すぐ行きます!」 って言ったときには11時になっていた。
初めていくお医者さんでは、スタッフさんみんなが完全防ご服みたいなかっこうをしていて、ついたらすぐに個室に通された。 狭い部屋に、ベッドが1つとイスが2つ。壁に布でつくった絵がかざられてる。
「おっ、ホテルみたいやん。良かったねー! このぶんだと、せっかくの 『お父ちゃん出張中にコッソリ温泉に泊まるぞ計画』 がダメになるとこやったけど……」
お母ちゃんはベッドにダランとねころんで笑った。
「ここでホテル宿泊気分を味わえるとはお得!」
「みてみて! でんぐりがえりちゅるよ!」
「おお、アッチ。上手やな」
「お母ちゃんもアッチもくつろぎすぎ」
「ここで、くつろぐ以外に何をしろと? というか、一番重症なキミが寝るためにあるベッドでは?」
お母ちゃんに言われて寝てみたけど、全然落ち着けなくてやっぱりイスに座った。
お母ちゃんとアッチは、フリーダムにベッドの上で足をバタバタしたりゴロゴロしたりしている。
「だから、くつろぎすぎ」
こんなときにもツッコミ役がおれしかいないなんて…… つらい。
それから、完全防ご服とフェイスシールドのお医者さんがきて、検査をした。
おれの鼻にグリグリめんぼうをつっこむから、おれは何度もくしゃみしてしまった。
検査の結果は…… コロナだった。
あああ…… なんてこった…… もうオワタ。
このおれのショックをわかる人なんて、世界中にどこにもいないにちがいない。
帰り道、お母ちゃんがしみじみと言った。
「いやあ、この前、『これだけコロナ流行っててもウチには来ないねー』 なんて笑ってたことあったけど…… 見事なフラグの立てっぷりやったとほめてあげたいなぁ」
「そんなフラグ、立てるなよ……」
「まぁ、立てなくてもくるものはくるからww」
その夜、お母ちゃんはノンアルコールのスパークリングワインを出してきた。
「乾杯! いえーい! コロナになっておめでとう!」
「どこが」
「来てしまえばもう、おびえてくらすことはない……! われわれは勝利者だ、ヒロくん」
「………………。」
納得できにくい。
このあとお母ちゃんも熱がでて、さらにそのあと 「熱よりもさがったあとの風邪症状がキツいわ…… 消毒しても病原体はワタシっていうね」 とボヤきながら、でかいアルコールスプレーを家じゅうにシュッシュしまくり、そして出張中のお父ちゃんに 「家がどれだけ荒れてるか想像できる」 と言われて、めっちゃこわい目付きになってラ○ンになにかを書きまくってたけど…… それは、また別の話にしとこう。




