おれとお母ちゃんと、山登り。
今年の梅雨は何かヘンで、5月から始まって、ついこの前まで続いた。
6月は晴れてる日も多かったから、おれとお父ちゃんとアッチはけっこう、山にも登った。
だけど、おれは、お母ちゃんとも、いっしょに山登りしたいな。
「お母ちゃん、いっしょにいこう! お母ちゃんは、ロープウェイで上まで行って、まっててくれたらいいから!」
「おう。なら…… いけるかな」
ところが、お父ちゃんがダメって言った。
「そんなんやったら行かんでええわ。帰り道にちょこっといっしょになるだけやん」
「えー!? 歩いて登らなあかんの!? そんなん無理や!」
「だったら来んな」
「だって、ヒロくんと約束したし……」
あああ……
お父ちゃん、よけいなこと言うなや!
お母ちゃん来てくれなくなっちゃうやろ!
もう…… せっかく楽しみにしてたのに…… しょんぼりしちゃうやん、おれ。
めっっちゃ、落ち込むやん!
お父ちゃんのバカぁぁぁ!
「…… しょうがないな。ヒロくんと約束したから、行ったるわ……」
「ほんと!? やった!」
―――― 登ってみて、びっくりした。
お母ちゃん、めっちゃめっちゃ、おそい!
歩くスピードが最初から、おそいのに、のんびり写真とかとってるから、ますますおそい!
「ただ頂上めざすだけの何が面白いねん。こうやってな、周りの景色をめでてゆっくり行ってこそ、見えるものがあるんや……!」
なんか名言ぽいこと言ってるけど、お母ちゃん。
「おそい人はうしろから来る人に、道をゆずるんだよ!」
「おおそうか、すみません」
お母ちゃん、後ろから来る人をあわてて先に通しておいて、自分はやっぱり、のんびりだ。
「ヒロくんはよく知ってて、えらいなぁ」
「おれ、けっこう山登りしてるからね! ねえねえお母ちゃん、たいくつだからさ、寒いギャグ考えながら歩こうよ」
「すまん、ヒロくん…… 実はお母ちゃん、すでにつかれて、思考力が限界をこえておる……」
よくみたら、お母ちゃんはもう、あせダラダラで、ゼーハー言ってる……
「退屈やろうかろ、先に行って、お父ちゃんとアッチに追いついてくれればいいで。お母ちゃん、後でゆっくり行くから」
「だいじょうぶ! おれ、手遊びしながら歩くから!」
さいきんは、友だちに教えてもらって、手でいろんな形をつくるのにハマってるんだ。
カエルとか、コブラとか、フクロウとか。
もう6つも作れるよ。
「ねえねえ、お母ちゃんもやってみて!」
「ごめんよ、ヒロくん…… お母ちゃん今、目の前が半分くらい、白い……」
―――― こんなこと言っちゃ、ダメとは思うけど。
本当に、たいくつだ……!
「でも写真はとるんだ」
「…… うむ。せっかく来たからな」
お母ちゃんは何度か、先に行っていい、って言ってくれたけど、おれには、お母ちゃんを山登りにさそったせきにんがある!
お母ちゃんを、まもるんだ……!
休けい所でまってたお父ちゃんが、ニヤニヤしながらお母ちゃんに言った。
「ヒロくん、かわいそうに。かいごするヒトみたいになってるな」
「…… うん。ヒトのこと、だましうちにかけるような人間とはちがって、思いやりのあるいい子やわぁ」
お母ちゃんから、黒いオーラがでてる。
ブツブツブツブツ、「このオニ。アホ。冷血人間…… 」 とか、小さい声で言いまくってる。
「お母ちゃん…… だましうちにして、ごめん」
おれ、お母ちゃんがこんなにつかれちゃう、って思ってなかったから……!
「いや、アンタじゃなくて、お父ちゃん! 写真もいっぱいとれたし、良かったんやで」
お母ちゃんがスマホを見せてくれた。
お花の写真と、滝の写真だ!
布引の滝は、登山口から割かしすぐに見える。おれオススメの、絶景スポットだ。
それともうひとつ、五本松かくれ滝。これは、めずらしい。
おれもはじめて見た!
なんでかっていうと、雨がふってダムがあふれた時にしか、でてこない滝だからなんだって。
「ほら、いっしょにのぼったから、めずらしい滝も見られたし!」
「うん、じゃあお母ちゃん、またいっしょに登ろうな!」
「え…………」
お母ちゃんは、めちゃくちゃ考えたあと、言った。
「ロープウェイなら、いいよ……」
けっきょく、それかーい!
そのあと、みんなで川原でカップめんを食べて、おれとアッチは川で遊んで、びちゃびちゃになった。
お母ちゃんはその間、ずっとねてた。
帰りの電車の中でもばくすいして、次の日も、1日中ねてた。
―――― もっと体力つけろよ、お母ちゃん。




