おれの知ってる、お母ちゃんのツボ。
夕方、お母ちゃんが固まってスマホをにらんでいる。
どうしたのかな、と思ってたら
「今日お父ちゃん夕御飯食べへんねんてー 飲み会やってー」
「ええっ、そうなん!?」
「ちくしょー もっと早く言えー! あんたらだけやったら、こんなにオカズ作らなくて良かったのにー!」
お母ちゃんは機嫌悪く、スマホを連打しはじめた。
「なに書いてるのー?」
「普段使わないスタンプ全部、送ったる!」
ラ○ンの画面を見たら、『えーん!』 と涙を流しまくってるのとか、『がーん!』 って落ち込みまくってるのとか、 『プンスカ』 って怒りまくってるスタンプが、ずらっと、ならんでる。
「おれも送りたい!」
「あー…… 今からご飯だから、後でね」
「今日のごはんはー?」
「牛丼。おかずは…… あんたら食べんやろ?」
「いえーい、牛丼だ!」
お母ちゃんは、おれがごはんを喜ぶと機嫌が良くなる。
「おかずはお父ちゃんにあげちゃえ!」
「…… あんな人、知らんわー」
…… しまった。
お父ちゃんに怒ってる時のお母ちゃんは、とにかく面倒くさいのだ。
お母ちゃんも、しまった、って顔をしてる。
「おお、すまん。別にあんたのせいじゃないねんから、気にすんなや?」
「…… うん」
「おかずお父ちゃんにあげて、代わりに牛丼全部もらおっか」
「おお! それ、いい!」
「今日はなー、ええ肉やでー!」
「やったぁぁ!」
ええ肉山盛り牛丼だ!
ひとくち食べて、おれたちはみんなで 「うまい!」 と言った。
お母ちゃんの味付けは、あまめのうす味。
上に塩コンブをかけるのが、最高なんだぜ!
「うまい!」 と、おれ。
「うまい!」 と、お母ちゃん。
アッチも 「うまい!」 って言ったけど、 「こら、塩コンブばっかり食べるな! 肉もうまいぞ!」 と怒られた。
「アッチ、肉要らんかったら、おれにくれー!」
「こら、アッチも少しは食べんといけんやろが。塩コンブと肉両方のせてな、ほれ、あーん」
「うまいー!」
お母ちゃん、ドヤ顔。
半分くらい食べたところで、お母ちゃんが真面目な顔をして言った。
「ごめん、お母ちゃん間違っとったわ。お父ちゃんは今日、良いことしてくれてんな。こんなうまい牛丼を食べずに、お母ちゃんらに全部くれるなんて、感謝しこそすれ、プンプンじゃないよな?
むしろ、食べられなくて可哀想っていうか」
「そうやな! 牛丼残してあげる?」
「いや、そんな気は一切ない」
キッパリとお母ちゃんが言い切る。
「だがしかし、怒ったのは間違いやった。
こんなうまい牛丼を山盛り食べさせてくれてありがとう、って言わなな!」
「そうやなー! お父ちゃん、今日、のみかい行ってくれてありがとーやな!」
「よっし。スタンプ追加で送るか」
このあと、おれとアッチとお母ちゃんは、『がーん』 『えーん』 『プンスカ』 の後ろに、いっぱい 『お疲れ様』 と 『ありがとう』 を付け足したのだった。
◆◇◆◇
翌朝。
お父ちゃん 「…… 昨日は急に飲み会に誘われて…… ぼくの歓迎会やって言われて、ことわれなくて……」
お母ちゃん 「あーこっちこそ、ごめんね! めっちゃいいA5ランクの肉で牛丼やってんけど、おいしすぎて全部食べてしまったわー」
お父ちゃん 「ぼくやってな、おいしかったんやで! 全部おごってもらったし!」
お母ちゃん 「そっかー、良かったな」
おれは、かくしんした。
お母ちゃんの機嫌は、ごはんで、決まる。
母より追記:
実はA5ランクは嘘です。ちょっと良い和牛の売れ残り半額をゲットしたのです……。