さよならの銃声
「はい」
ホームの端にあるベンチに腰掛けていたアインの目の前に、温かい紅茶が入った紙コップが差し出された。
視線を上げ、紙コップを差し出したのが誰かを知り、アインは目を見張った。
「……ツヴァイ」
アインにツヴァイ。一と二。ただの数字が二人の名前だった。
ツヴァイが差し出したカップを受け取り、アインはそっと口に含んだ。
「あ、おいしい」
「一杯で三日分の食費」
「うわ、贅沢」
アインにとって、紅茶は唯一と言っていい贅沢だった。ツヴァイと一緒に行動していたころは、よく二人で紅茶を飲みに行ったものだ。
それを、彼女は覚えていてくれたらしい。
「これからどうするの?」
アインが紅茶を飲み終えると、ツヴァイが静かに尋ねた。
「とりあえずこの国を出て、それからかな」
「出られると思ってるんだ」
アインは無言でベンチを立った。
深呼吸して、ツヴァイに背中を向けると、ゴミ箱へゆっくりと近づいた。
空になった紙コップを捨てる。
ほっと息をつき振り返る。
ツヴァイは、ちょうど紅茶を飲み終えたところだった。
「国を出て、どうするの?」
「まずは仕事探しね」
アインがベンチに戻ると、今度はツヴァイがゴミ箱へ向かった。
遠くから汽笛の音が聞こえてきた。
三日に一度だけやってくる、外国へと向かう列車。アインはホームの端に立つと、振り返らずにツヴァイに告げた。
「元気でね、ツヴァイ」
「……ああ」
「また会えるかな?」
「無理でしょ」
「……そっか」
轟音を響かせて列車がホームへ滑り込んでくる。この駅に乗客がいることが珍しいのか、機関士がホームに立つアインの方を見てひどく驚いていた。
「お別れ、か」
「うん」
アインはポケットから切符を取り出し、握りしめた。
三等車、座席指定なしの一番安い切符。それが、アインが短い人生の全てをかけて手に入れたものだった。
タンッ、と乾いた音がした。
扉を開けようとしていた車掌が、ぎょっとして立ち止まった。
笑顔を浮かべたアインがゆっくりと倒れ、無表情で銃を構えるツヴァイが車掌に視線を向けた。
行け。
銃口を振って車掌に合図すると、車掌は何度もうなずいて列車の中へ戻った。
「私さ──」
汽笛が響き、ツヴァイのつぶやきをかき消した。
アインが乗るはずだった列車がゆっくりと動き出す。
ツヴァイは、列車が見えなくなるまで、アインの傍らで立ち尽くしていた。