第94話 事案案件
そう言うと、火の大精霊はリーエルに抱きついた。
「ええい暑苦しい。早う離れんかい!」
「えへへ。えへへ」
リーエルから離れた火の大精霊は、コロッと表情を変えて考える素振りをみせる。
「え~っと……最後に会ったのっていつだったっけ? 確か数せ……」
最後まで言おうとした所で、リーエルは素早く火の大精霊の口を手で塞ぐ。
「もごもごもごもご」
「いらんことは言わんでいいのじゃ!」
「もごもごもご……ぷはっ! 何するのだ? そんなプリプリしていると小じわが増えちゃうのだ!」
「増えんわい! え~い相変わらずこの……! この……!」
プリプリと怒ったリーエルは、火の大精霊の頬っぺたをムニーッとお餅の様に引っ張る。
「わふぁふぁ~! ウンフィーネひゃんも相変わらふなのら!」
昔の知り合いと久しぶりに会ったのか、プリプリと怒りながらも何だか嬉しそうなリーエル。
「それで、僕に会いに来たってことは何か用があるんでしょ?」
無垢な笑顔で話す火の大精霊を見てリーエルは。
「うぬ。まず一つはなぜお主がここに閉じ込められたのかってことじゃな」
「えっとね~うんとね~シェイドちゃんっぽいのがいっぱいやってきたからなのだ!」
「なんじゃと!? どういうことじゃ! だってあやつはもう……っ!」
慌てふためくリーエルは火の大精霊の体を揺さぶる。
「うんとね~えっとね~――わかんないのだ!」
「そっそうか……」
それ以上追及することをしないリーエル。
長年の付き合いで、これ以上突っ込んでも仕方ないと知っているのだろう。
悠斗は『シェイドちゃん』と呼ばれた存在が誰なのか気になってはいたのだが、ここは黙っておくことにした。
「それで、ウンディーネちゃんの用事はそれだけ?」
「いいや、ここからが本題じゃ。わしの契約主であるこやつと契約してやってくれんか?」
そう言ってリーエルが指差す人物を見た火の大精霊は、驚いた顔をして悠斗を見る。
「うわっ! 久しぶりに『資格者』と会ったのだ!」
珍しい珍獣でも見たかの様に、悠斗の周りをグルグル回ってはペチペチと触る。
「これ。いえす、おじさん、のーたっちと言うやつじゃ」
ペチペチと悠斗を触る火の大精霊に注意するリーエル。
「え~? なにそれ~?」
「おじさんじゃねぇ!」
当然リーエルが何を言っているのか分からない火の大精霊であったが、悠斗からしてみれば注意する所はそこではなかった。
「どっちでもええじゃろ。それよりもどうじゃ? 契約してやってくれんか?」
悠斗からすればどっちでもいいことなんてないぐらいにはセンシティブな話題だ。
理解するまで何時間でも問い詰める気分であったのだが、大幅に脱線してしまうので諦めた。
そんな悠斗の心情も知らず、火の大精霊はというと、「ん~」と言いながら考える素振りを見せる。
「ウンディーネちゃんからの頼みだし、ぼくもここでじっとしているの飽きたからそろそろお出かけしたいし丁度いいんだけど……そうだ!」
何かを思いついたのか、火の大精霊は悠斗に向かってモジモジと恥ずかしそうに話しかける。
「えっとね~僕もそろそろ『おとなのれでぃ』な年頃だから……」
一体なにをさせられるんだ? と嫌な予感しかしない悠斗。
火の大精霊が勇気をふり絞って言うお願い……それは。
「僕と一緒に子作りしてほしいのだ?」
やけに響く火の大精霊の言葉が場を完全に凍らせた。
「……っは? ごめん、子作りって聴こえて……幻聴かな? はは……」
「幻聴じゃないのだ! ぼくと一緒に子作りしてほしいのだ!」
幻聴であったならよかったのに……と聞き直したけど間違っていなかった。
一体何を試されている試練なのか。忍耐力か? それとも精神力なのか? 判断が困ったことになり、悠斗は言葉が出てこない。
その間もウルウルとさせた目を上目遣いで見てくる火の大精霊は、悠斗が着ている服の端を小さな手でギュッと掴んで引っ張っている。
左右にいるふじことリーエルからジーッと薄目で直視され続け、無言の圧が強い。
ナルシャだけは、顔を真っ赤にさせてアワアワと擬音が口から出ていた。
「なあ~なあ~しよう? ぼくと子作りしようなのだ?」
これ以上は悠斗の心が耐えられないし、そもそも完全に事案案件だ。
何故こんなことになってしまったのか……。
自分は火の大精霊と契約したくてここまで来たわけで、決して幼女と事案的なことをしに来たわけではない。むしろストライクゾーンはおっぱいとお尻が大きいナイスバディな女性なのだ……っと心の中で語る悠斗に対する左右からの視線は、更に強度を増していく。
このままでは色んな意味で死んでしまう……どう応えればいいのか、言葉は慎重に選ばないといけなかった。
重圧に耐えきれなくなってきた悠斗の心のピンチに、ある閃きが起きる。
「(そうだ、いとこの子供に告白された時に言う逃げの言葉があるじゃないか!)」
リアルであってもそうじゃなくてもよく使われている言葉。
そう……。
「それじゃあもっと大きくなって、それでも覚えていたらね」
悠斗は笑顔で火の大精霊の頭を撫でながら言うと……。
「ほんとなのだ!? 絶対に約束なのだ!」
目をキラキラさせた火の大精霊は、悠斗から一歩下がっていく。
それを見た悠斗は一安心した。
大抵大きくなる頃には忘れているか、覚えていても負の遺産として心に刻まれているだけだろう。
逆の展開なぞ大人の絵本ぐらいのものだと悠斗は現実を把握している。
そんな悠斗を見たりーエルは呆れた目をして一応注意してやる。
もう遅いだろうと思っているのだが……。
「はあ……どうなってもしらんぞ?」
リーエルの言葉に首を傾げる悠斗であったが、突然強い光が差し込んでくる。
「うわっ! なっなんだ!?」
突然のことに驚いた悠斗は思わず目を瞑る。
薄目を開けて光が差す方を見ると、火の大精霊だったものが強い光に包まれていた。
どこぞの魔法少女の様に光り輝く人型は、ニョキニョキと大きくなっていく。
100人見ても100人が幼女だなと思う小さな体から反転、すらっと伸びる長い脚。
程よく膨らむ胸部装甲にキュッと細くなった腰回り。
幼かったはずの顔は体が成長したからなのか大人っぽくもありつつ、どこか幼さも残した可愛い顔。
幼い幼女だったはずの火の大精霊は、大人の美女に大変身を遂げてしまう。
「これで、子作りができるのだ!」
美女から発せられた大人びた声に脳内をガツンと殴られた悠斗の思考は止まってしまった。
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