第88話 迷いの十字路
一夜明けた一行は、第2層への階段を降りる。
特に代わり映えのしない風景だが、リーエルはナニカの臭いを嗅いでいるのか、小さい鼻がピクピクしていた。
「どうした? 犬のマネなんかして」
「犬のマネではない! 瘴気が少し濃くなっているのじゃ」
「瘴気?」
「はあ……」
こやつはこんなことも分からぬのかと言いたそうな顔をしながらも、リーエルは説明を始める。
「瘴気というのは魔物どもが発生させる空気のようなものじゃ。魔物の強さによって瘴気の濃度も上がる……つまり?」
「瘴気が濃い = 強い魔物がいるってこと?」
「正解じゃ!」
悠斗を一々しゃがませて頭を撫でるリーエル。
「俺は子供か!」
「わしから見たら子供みたいなものじゃろ。ほれっ気を引き締めてゆくぞ」
緊張感があるのかないのか、リーエルの言葉に続いて先へと進む。
あいも変わらずゾンビが登場するが、慣れてきた悠斗はサクッと倒していく。
当然ながら新しい魔物にも出会う。
新しい魔物とは『ブラッディ・バット』と言われるコウモリの見た目をしている魔物。
数十匹の群で行動する彼らは、空中を飛んでは冒険者に群がり、対象の血を吸い取っていく吸血種。
対処としては、広域の火炎系魔術で焼き殺すか、松明で適当に追い払う。
1匹1匹は弱いので簡単に倒すことはできるのだが、如何せん数が多いしあまりお金にならないため冒険者からの人気はない。
魔術師も数が多いというわけではないし、ブラッディ・バットを退治するためにMPを使うのももったいないため、殆どの場合適当に松明を使って追い払う。
警戒心も強いため、それだけでどこかに行ってくれるはず……であったのだが。
「おい、聞いてた話と違うじゃねぇか。俺だけ執拗に狙ってくるぞ!」
何故かブラッディバットは執拗に悠斗を狙っていた。
「はて……? 珍しいものじゃな」
そんな悠斗をみて、リーエルは呑気に首を傾げ考え事をしていた。
「早く助けてくれ~!」
剣を振るって対応するのだが、魔物であるブラッディ・バットは知能が高いのか、届かない所まで移動しては隙を見て悠斗へ向かっていく。
所謂ヒットアンドアウェイ戦法を繰り出していた。
ブラッディ・バットはそこまで知能は高くないはずだと考えていたリーエルであったが、これ以上考え続けては悠斗が干からびてしまう。
リーエルは考えをやめ、ふじこに声をかけた。
「まっ考えてても仕方がないの……ふじこ」
「んっ!」
ようやく活躍の場ができたからなのか、ふじこのやる気はちょっと高い。
リーエルとふじこのみずてっぽうで次々にブラッディ・バットを撃ち落としていく。
悠斗が苦戦していたブラッディ・バットも、彼女たちにかかればあっという間である。
しかし、ブラッディ・バットは悠斗に群がっていたため、当然みずてっぽうで撃ち落としていけば、自ずとびしょ濡れになるのであった。
「……言うことは?」
「助かったのだから感謝せい。……まあ無事だったんじゃからよいではないか」
びしょ濡れになった髪をタオルで吹きながら、早く火の大精霊に会わないとなと思いつつも、先へと進む悠斗達。
この第2階層から魔物が現れる頻度は増えたのだ。
ゾンビにマミー、ブラッディ・バットと悠斗達の進行を阻むように現れる。
一番困る組み合わせは、ゾンビとブラッディ・バットが同時に現れた時だろう。
ゾンビの臭さにふじこが行動不能に陥り、後方からの援護射撃が減るからだ。
それでも、ここまで戦ってきて強くなっているのか、苦戦をする程ではない。
悠斗にはまだ少しの余裕があった。
そんな中、戦えないナルシャはというと、戦闘後のケアや、ふじこのお世話をしている。
戦闘ができなくても、少しでも役に立ちたいと思っているのだろう。
自分が黙って付いてきたという負い目もあるかもしれない。
しかし、この戦闘外のサポートは、地味なことだが悠斗としてはかなり助かっている。
ナルシャがサポートしているお陰で、リーエルは気にせず戦闘へ集中することができるからだ。
彼女がいない場合だと、リーエルはふじこに気をつけつつ行動しなければならない。
そのため、どうしても援護に隙ができてしまうのだ。
他のサポートとしては、時々通った道の壁にナイフで印をつけて進んでいた。
どうやらすでに通った道に印をつけているようで、記憶力が良いらしいナルシャはこうしてマップを記憶して迷わない様にしているようだ。
最初は戦えないナルシャには危ないと思っていた悠斗であったが、勇気もあり、自分にできることを一生懸命やる彼女は、すでに悠斗達にとって大事なパーティーの一員となっていた。
そんな一行が順調に進む中、十字路に辿り着く。
「さて、どっちに行くか……確かこういう時は、左手の法則ってやつがあったような。あれ? 右手だっけ?」
かなりふわっとしたことしか記憶していなかった悠斗は、自分の頭の中を呪った。
「まっ違っていたら残りの道を進めばいいだろ」
悠斗の言葉にナルシャは迷わないよう、壁をナイフで掘っていく。
「んじゃ行くか」
少し楽観視しながら、十字路を左へ進む。
十字路の左へ進むと、更に十字路に辿り着いた。
「また十字路か……左手の法則に従って……」
そう言ってまたも左の通路へと進む悠斗であったが、またしても十字路に辿り着く。
「またか?」
そう愚痴りつつ、今度は右に進んでいくが、またしても十字路に辿り着いた。
ここまで進んで、さすがに違和感が出たのだろう。
「もしかして迷ったか……?」
悠斗の言葉にナルシャは。
「お兄ちゃん、これ見て!」
「ん? ……っあ!?」
壁を見ると、ナルシャがナイフで掘った印がついていた。
「これは……ナルシャが壁に印をつけていたやつじゃな……はて、いつの間に戻ってきたのじゃ?」
リーエルの言葉に嫌な予感がした悠斗は、みんなを連れて第1層への階段があるはずの方へ戻るのだが、またしても十字路に戻ってしまう。
「もしかして……脱出できない迷路にでも迷い込んだか!?」
悠斗達に最大のピンチが訪れた。
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