第82話 冒険者との戦い
護衛の冒険者がアブラを守る様に前へと出てくる。
「そこの魔術を使う子供はなるべく無傷で手に入れてください」
そう一言残して下がっていくアブラを見て、悠斗は。
「だってさ」
リーエルの方を笑いながら振り返って余裕を見せる。
そんなリーエルも笑って応えて見せた。
「わしらに喧嘩を売るとはいい度胸じゃ。水の大精霊としての力を見せてやろうぞ契約者よ」
リーエルはやる気満々のようだ。
「いつもどおり後ろから援護よろしく。魔物と違うんだから、なるべく殺すなよ?」
「分かっておる。お主こそ、そこまで強くないんじゃから、危なくなったら逃げるんじゃぞ」
「へへっ言ってろ!」
そう言って悠斗は敵の数を探る。
「ざっと見た所前衛だけだな……なら!」
姿勢を低くしたまま、トップスピードを出して突っ込む悠斗。
左からの体重をかけた鋭い斬撃を放つ。
「ちぃっ! ……仕方ない、散開しろ!」
護衛の人数は9人。
先頭にいた男は護衛のリーダー格なのだろうか、悠斗の剣を寸前の所で受け止める。
「(こいつ……速い!)」
リーダー各の男は悠斗から目を離さず、仲間へ指示を出す。
「パウロとサミー、それにイバンは魔術師の子供を確保しろ。残りは俺に続け!」
少しだけ笑みを浮かべながら、男は悠斗へ声をかける。
「やるな……お前」
「あんたもな!」
そう言って両者は一旦距離を置く。
「悪いな……6対1で。これも仕事なもんでな」
護衛の男達6人は悠斗を囲みだす。
悠斗が左右に少し目線をやると、男の指示の元、残った5人は悠斗に剣をむけている。
それを見ても、悠斗は焦りもせず。
「いいやそっちこそ、俺1人だというのに油断してくれないんだな」
リーダー格の男に向かって軽口を放つ。
悠斗の言葉に答えるように、リーダー格の男は。
「この人数差があるのにも関わらず、馬鹿覚えみたいに突っ込む奴なんて早々いないさ。だから油断はしない」
警戒するも、男は悠斗に向かって笑いながら軽快に話す。
その間も両者は動きを止めない。
幾度も刃が交わり、小さな火花が散る。
「なあ、お前の名前を教えてくれよ」
悠斗が放った軽口への仕返しなのか、男は友人と雑談でもするかのように軽快な口調で話しかけながらも、その行動は悠斗を仕留めようと剣を振るう。
男の攻撃をあっさりと受け流した悠斗は、お返しにと横からの斬撃を繰り出しながら相手の質問に答える。
「俺の名前か? 俺の名は悠斗だ。あんたは?」
まさか自分の質問に答えてくれるとは思っていなかったのか、一瞬虚を突かれたような顔をするが、すぐ口を横に広げて笑うと。
「俺の名はニコラス。ユートと言ったな……勇敢にも向かってきたお前には敬意を払い、きちんと名は覚えておこう」
リーダー格の男、ニコラスはそう答えた。
「そりゃどうも。俺もあんたの名前は覚えておくよ」
言葉の応酬をする間も、悠斗とニコラス達は誰一人として油断はしない。
言葉を数度交わしたが、もういらないのだろう。
ニコラスの声が合図となり、状況は動こうとした。
「殺れ!」
悠斗を囲んだ男達5人は、殺意を込めて一斉に飛びかかろうとするのだが。
「なっ!」
男達5人の足は、いつの間にか氷で固められており、動けないでいた。
「ニコラス……あんたが一番油断しちゃダメなのは、俺じゃなくてあいつだよ」
悠斗が指を指す方向を向くと、胸の前で腕を交差させながら仁王立ちする幼女と、うさぎの魔物を抱いている幼女がいた。
そして、彼女達の前には……。
「パウロ・サミー・イバン!」
ニコラスがリーエルとふじこに差し向けた3人は、既に意識なく床に転がっていた。
「さて、どうする?」
*
状況はほんの少しだけ戻り、悠斗がニコラス達と剣を交え始めた時になる。
ニコラスの指示でふじことリーエルを確保するために動いた男女3人。
パウロ・サミー・イバンと呼ばれた彼ら。
その中で唯一女性であるサミーと呼ばれた女は、困った顔をしながら。
「悪く思わないでね、お嬢さん達」
贖罪に思いながらも小さく言葉にした彼女は、ふじことリーエルに向かって歩き出す。
サミーの後をついていくように、左右にいるパウロとイバンも追従するが、その顔は険しい。
彼女達が魔術を使っているのを見ていたため、警戒しているのだろう。
そんな2人へ目配りをする。
言葉にせずとも、サミーの言いたいことが分かるのだろう。
黙ってうなずくと、今まで警戒していたパウロとイバンは警戒を解く。
さらに3人は武器も収め、敵ではないと行動で示した。
魔術を使うとはいえ相手は子供。
友好的に接すれば相手は警戒を解いてくれるだろうと思ったのだ。
サミーの作戦は成功したのか、近づいていってもリーエルとふじこは特に魔術を使う気配がない。
ゆっくりとリーエルとふじこへ近づくことに成功したサミーはしゃがみ込み、目線を彼女達に合わせる。
子供と話す時は、目線を合わせてやるのが正解だと自身の妹や弟との生活で知っているからだ。
サミーは笑顔になって二人に話しかけてみる。
「こんにちは」
「「……」」
返事がなく、警戒が解けていないのだろうと思ったサミーはあえて背中を見せて、悠斗の方へ指を指す。
「ふふっ。貴方達はあの男の人の家族かな?」
サミーの言葉を聞いたリーエルは、その重い口を開く。
「そうじゃと言ったら?」
ようやく開いたリーエルの口から出た小さく短い一言。
その小さい隙間を広げるように優しく微笑むサミーは。
「そう警戒しないで。貴方達を傷つけるつもりはないの。ほんの少しの間、お姉ちゃんとお話しましょ? あっそうだ……」
そう言ってサミーは懐から何かを取り出す。
取り出したのはスプレーの様なボトル。
中身は即効性のある催眠効果の液体が入っている。
ここまでくれば成功だろうと確信したサミーは、リーエルに向けて発射……しようと思ったのだが指が動かない。
「なっ!」
リーエルとふじこへ振りかけようとしたその手ごと氷で固められたのだ。
「そのボトルの中身は眠り薬か何かが入っているのかの? 可愛いうちの妹にそんなもの嗅がせるわけにはいかぬの」
ニコニコと何事もなかったかのような顔をして話すリーエル。
そう、サミーは失敗したのだ。
リーエルとふじこ。この二人がただの子供ではない……のだが、そんなことを彼女達は知りようがない。
サミー達はきちんと仕事を果たしたのだが、ただただ相手が悪かったのだ。
リーエルの手によって腕を氷漬けされたサミーはあまりの出来事に驚いた
「無詠唱!?」
彼女が驚くのも無理はなく、発動までの余波を感じることはなかったからだ
通常魔術を使用するには詠唱を唱える必要があるのだが、リーエルの使ったものは魔術ではなく魔法。
魔術は詠句を言葉として術を構成し、魔法を人が使えるようにした技術に対して、魔法は人外の技術。
本人のイメージを魔力を使って形にして無から有を生み出す技法。
本来なら使用者などいないはずが、そもそもリーエルは大精霊。
人が息をするように、自在に魔力を操る精霊にとって、瞬時に対象の手を凍らせることなぞ造作もない。
しかも、これが水の大精霊となれば尚更だ。
ここに来てサミー達は相手の脅威度を測り間違えたと認識した。
サミーの手が凍ったことで動揺したパウロとイバンであったが、すぐ正気に戻るとリーエルとふじこを確保するよう動き出す。
その動きは最早子供にする動きではない。
無傷で捕らえるという依頼者の言葉を頭から消して、自身の得物も抜く。
油断なく、自身と同等の相手と戦うかの様に動いたがしかし、相手が悪い。
「いえす・ろりーた、のーたっちというやつじゃ」
どこぞの異世界人が雑談で教えた言葉を早速使うリーエル。
彼女が人差し指をクイッと下に曲げるだけで、頭上からパウロとイバンを地面に叩きつけた。
叩きつけられた二人はそのまま何も出来ず意識を失なってしまう。
一瞬で2人を気絶させたリーエルをヤバいと判断したサミーは、彼女急いで距離を取ろうとするのだが。
「そう焦る必要はない。お主も少し寝るとよい」
そう言ってリーエルはサミーの顔を水玉で包む。
「ゴパッ……!」
息もできず、あっさりとサミーも気絶させた。
「さて、悠斗の奴は……ふむ」
男達に囲まれている悠斗を見たリーエルは、彼らに向かって魔法を放つ。
放った魔法は、悠斗を襲う男達5人に気づかれぬよう、静かに足元から氷が侵食していく。
ちょうど悠斗に向かって飛びかかろうとしたその時、侵食した氷が彼ら5人の足を止める。
「これで終わりじゃの。あっけないものじゃ!」
胸の前で腕を交差させながら仁王立ちを決めた。
*
時は戻り、悠斗は剣先をニコラスの首元へ向ける。
周囲を囲んでいた5人の足は氷で覆われ動けず、彼らの体を侵食しようと徐々にその氷が全身を蝕んでいく。
険しい顔をしたニコラスは、一考したあとと、少し間をとって。
「――負けだ」
そう言って剣を落とすと、両手を上に挙げた。
ニコラスの言葉と行動を見ていたアブラは憤慨して。
「何をやっているのです。お前達にいくらかかったとお思いですか!」
「そうは言ってもね……確かに護衛として依頼を受けたが、相手は戦いを望んでいないみたいなんだ」
ニコラスは、悠斗から殺気がないことは分かっていたのだ。
困ったような顔をして頭をかくニコラスの態度に、苛立ちを隠せないアブラ。
「それが何だというのです!」
「確かに俺達『沙銀の群』はあんたらに雇われた冒険者だが、受けたのは護衛だけのはずだ。それに戦う意志の見えない者に剣を向けるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
「この……冒険者風情が!」
怒りのあまり、口調を荒げるアブラ。
「その冒険者風情がいなきゃ安全にここまで来れないわけなんだが、ここで依頼を破棄してもいいのかい?」
「ぐっ……」
反論できないのか、悔しそうに歯噛みをするアブラ。
これ以上は無理だと諦めたアブラは舌打ちする。
「この屈辱は忘れませんよ……撤収します!」
悠斗を睨みつけ一言残して去っていく。
そんな依頼者とは正反対に、気さくな顔をしたニコラスは。
「それじゃ、またどこかで」
先程の戦闘など無かったかのような友へ別れをつける顔をして、仲間を回収するとアブラと共に撤収していった。