第79話 絆のカタチ
「あれ? 人が集まってきたな……歓迎されているのかな?」
馬車から降りて、元気よく挨拶をする悠斗。
「こんにち……わ?」
しかし、なにやら村人らしき人達の様子がおかしかった。
フライパンを持ったおばさんに、剣身がボロボロになっている粗末な剣を持った小さな男の子、おじいさんにおばあさん。
それぞれ獲物を持って、怒りの形相で悠斗達を待ち構えていたのだ。
その中で、唯一獲物を持っていない老人が悠斗の前に現れた。
「こんな何もない村に何用じゃ!」
武器の矛先を向けられて、悠斗は無害を示す様に両手を上に上げる。
それでも警戒心がとれないのか、矛先が変わることはない。
「もうこれ以上家族を連れ去られるのは沢山じゃ。わしの命に変えても!」
隠し持っていたのか、懐から包丁を取り出した老人は悠斗へ襲いかかろうとする。
「待っておじいちゃん!」
だが、ちょうど馬車から降りたナルシャが悠斗の前まで駆け出して止めに入る。
老人は振り上げた包丁を寸前の所で止めた。
驚いた顔をナルシャを見ると。
「ナっ……ナルシャ!?」
老人は持っていた包丁を地面に落とすと、涙を流してナルシャを抱きしめた。
ナルシャも感極まったのか、涙を流して老人を抱きしめる。
「おじいちゃん! 会いたかった……会いたかったよう」
「わしもじゃ……もう会えないかと……」
そんな2人の光景を見た他の村人は、次々に矛を収めていく。
「ええっと……どうゆうこと?」
悠斗の声に反応した老人は、まだ少し警戒したまま顔を上げて。
「……お主こそ誰じゃ?」
「あっ俺の名は三島 悠斗って言います。それで……」
「ああ、わしの名はフーゴじゃ。よろしくの、ナルシャの主殿よ」
フーゴと呼ばれるお爺さんの顔は笑っていなかった。
*
馬車は移って村の中。
村の住人から見られる視線はどこか険しく、余所余所しい。
そう感じつつも、ナルシャがおじいちゃんと呼ぶフーゴの家に来た悠斗達。
「あらためて、わしの名はフーゴ。この集落の長をしている者だ」
「あらためまして、三島 悠斗と言います。その……ナルシャの主をさせてもらってます……」
部屋中に重い空気が流れる。
それもそのはず。
集落の長フーゴはナルシャの祖父であり、唯一の家族。
この集落で過ごしていたナルシャであったが、度々来る奴隷商達によって、最近連れ去られたばかりだった。
もう会えることはないと思っていた時、まさか戻ってくるとは思いもしなかったのだ。
会えることはもちろん嬉しい……のだが、ナルシャの肩には奴隷紋が刻まれていた。
分かってはいたが、それでも怒りはこみ上げてくる。
彼の心情を理解できるため、悠斗は中々口を開けないでいた。
フーゴの心情をナルシャも察したのか、口を開く。
「違うの……。これはナルシャからこのままにしてって、お兄ちゃんにお願いしたの」
「なぜじゃ!? なぜそんなこと……」
「だって……お兄ちゃんだったから……」
理解できなかったフーゴは、詳しくナルシャを問い詰めると。
「パパもママもいないし……。家族はおじいちゃんだけだったのに、悪いことしてないのに連れて行かれて……グスッ」
ナルシャは涙ぐむも、言葉を続ける。
「もうダメだなって思った時にユートお兄ちゃんは来てくれたの。ナルシャに水をくれて、ふじこちゃんもリーエルちゃんもみんな優しくて」
ナルシャの瞳からは溜まった涙がこぼれ落ちている。
それでも言葉を紡ぐことは止めない。
「何よりも、ナルシャをナルシャとして扱ってくれたのはユートお兄ちゃん達だけ……。だからもしお兄ちゃんや妹がいたらご主人さま達みたいな人達だったらいいなって……」
悠斗も釣られて泣きそうになるが、我慢してナルシャの話を聴く。
「だから、ナルシャにとってこれはユートお兄ちゃんとの大事な繋がりなの。ユートお兄ちゃんはこれがなくても大切にしてくれるんじゃないかなって思うんだけど……それでも…………それでも、もうひどりぼっぢは嫌だよ……うわ~ん!」
「おお……ナルシャ」
フーゴも涙を流してナルシャを優しく抱きしめる。
ナルシャはフーゴの胸の中で、我慢していたものを全て流し出すかのごとく、子供のように泣きじゃくった。
そんな家族2人の姿を見て、悠斗も我慢の限界に来ていたのか涙を流す。
ふじこの表情は変わらないが、彼女に握られている手の力が強くなっているのを感じて、優しく頭を撫でてやった。
しばらくしてナルシャが落ち着いたころ、フーゴは悠斗に向かい合う。
「ユート殿……ナルシャをここに連れてきれくれて礼を申し上げる」
フーゴは悠斗に向かって頭を下げた。
「ちょっ頭を上げてください!」
「いや、ナルシャが大事に想っている方に、大変失礼なことをした。この集落の代表として謝罪させてほしいのじゃ」
絶対に折れないだろうなと思った悠斗はフーゴの顔をあげさせて。
「謝罪はいただきました。これ以上頭を下げられても困ってしまいますよ。ほらっうちの小さい妹達も見ていることですし……ね?」
「ユート殿がそうおっしゃるなら……」
そう言って納得してくれたフーゴに安心した悠斗は早速とばかりに質問をする。
「フーゴさん」
「さん付けとは余所余所しい。ここはフーゴと呼び捨てにしてくだされ」
「じゃあ……フーゴ爺さんで。俺のことも悠斗って呼んでよ、敬語もいらないしさ」
悠斗は敬語を辞め、フランクに話しかける。
そうした方がよいと感じたからだ。
「ほほっ。それでどうしたのじゃ? ユート」
この国の人は訛りでもあるのか、悠斗の呼び方が少し独特だ。
そんなフーゴは何でも聞いてくれとばかりに笑顔で応えた。
「ここ……ウィクタムには宿とか泊まれる所がある? なかったら、俺は馬車でいいから、この2人だけでもどこかに泊めてやってほしいんだ」
悠斗はふじことリーエルを前に出す。
彼女達2人を見たフーゴは。
「なんじゃそんなことか。ナルシャがユートをお兄ちゃんと呼ぶぐらい心を許しておるのじゃから、お主達はみんなわしらの家族みたいなものじゃ。遠慮せずに泊まってゆけばええ」
「ありがとうフーゴ爺さん! ほらっ2人とも礼を言って」
「お世話になるのじゃ」
「んっ」
「ははっ……こいつら生意気で……」
申し訳無さそうにする悠斗を見て、フーゴは笑って応える。
「ええんじゃええんじゃ。子供はそれぐらいの方がええ。何にもないとこじゃがゆっくりしていってくれ」
こうして、悠斗達はウィクタムにあるフーゴの家でお邪魔することとなった。