第74話 火の大精霊?
サウガダナンに入ってから2日目、悠斗曰く「まだ慌てるような時間じゃない」とのことで、数日を観光で費やした次の日の朝。
「そろそろ火の大精霊へ会いに行くとするか……」
重い腰を上げて、ようやく『火の大精霊』がいるとされる宮殿へと向かうことにした。
「いってらっしゃい、ふじこちゃん、リーエルちゃん」
そう言って見送りに来たのは女将の娘さんである『リア』。
少女ではあるものの、同じ子供同士なのかふじことリーエルはすぐ仲良くなった。
「あと、おじさんもいってらっしゃ!」
「俺はお兄さんだと言ってるだろ。いってきます!」
10代少女から見た20代はなぞ、所詮はおじさんなのだ。
捨てセリフを吐くものの、きちんと「いってきます」を言って宿を出る悠斗。
幼女達が仲良くなってからというもの、宿を出る時は毎回こういったやり取りがされている。
宿から出た一行は宮殿へと向かうため移動を開始するが、ホーンラビットのうさこはお留守番だ。
さすがに使役している魔物とはいえ、宮殿へ連れて行くのは気が引けた。
そんなふじこのナイト役はもちろんリーエル。
仲良くリーエルと手を繋いで歩くふじこと歩調を合わせて、悠斗ものんびりと歩く。
悠斗達が観光をして数日は経つが、いつもこの時間帯は活気盛んであった。
『ジェド』というこの街はサウガダナンの首都であるため活気があり、日中は商店以外にも所狭しに露店が並んでいる。
国名に『商業』と名前がついている通り、この街は商いが重要視されている。
きちんと区画整理されているアルヴェイム王国とはこういう所が違っていた。
まさに国特有の特色が現れていると言えだろう。
それ以外の違いといえば、どの店も『火』の紋様が描かれている布を店名の横に掲げていることぐらいで明るい街。
しかし、当然ながら悠斗から見て嫌な所はある。
金さえ出せば何でも揃う街であるので、当然『人』や『亜人』も売り物だった。
マリーディア事件の時に初めて悠斗が目にした奴隷。
あの時は自然に目を逸していた悠斗であったが、ここでは商品として売られている。
奴隷商が客に声をかけ、そして客は檻の中に入っている『商品』を見て品定めをする。
檻の前には価格が書いてあり、それが彼ら彼女達の価値なのだろう。
みんなどこか諦めたような目をしていて覇気がない。
反吐が出る。
そう思う悠斗であったが、それは口にしない。
前世であったら『奴隷』なんて当たり前ではなかったが、この世界では『奴隷』は当たり前の様に存在する。
アルヴェイム王国では原則禁止とされていたが、ここサウガダナン商業連合共和国では禁止されていない。
むしろ、奴隷を禁止している国の方が少ない。
異世界も同じく良い所ばかりではなく、嫌な側面も見えてしまう。
そんな微妙な心境を察したのか、ふじことリーエルは悠斗の手を引っ張る。
「ほれっゆくぞ」
「んっ」
いつの間にか止まっていた足を再度動かして、視線を宮殿に戻す悠斗。
「すまん、いつの間にか止まってたみたいだな……いくか!」
憂鬱な感情を内に押し込めて、前を向いて歩き出した。
*
宮殿に到着した悠斗達。
少し前は王国であったらしいのだが、現在は共和国となっており王族はいない。
革命が起きてまだ数十年しか経っていないにも関わらず、『ジェド』の街は特別荒れているわけではなかったし、宮殿内も綺麗だった。
かつては王族の建物であったので、宮殿に入るには関係者のみであった。
しかし、今では民衆以外にも、悠斗の様な他国の者も入れる観光名所の一つとなっている。
そんな観光名所に今でも住んでいるのは『火の大精霊』だ。
ここへ来る者達は、みな大精霊という超常的存在へ会いに来る。
精霊の姿形を知っている者なぞ殆どおらず珍しいからだ。
しかし、ここへ来れば会えることができる。
悠斗達もそんな彼ら彼女らと目的は同じ。
「さて、火の大精霊に会いたいのだがどうすれば……?」
リーエルの方を見ると、何だか訝しんでいる様子を見た悠斗は声をかける。
「どうしたんだ?」
「気配がこことは遠い場所にいる気がするのじゃ」
「気配が遠い? えっと……何が?」
「火の大精霊じゃ。同じ精霊である故に同族の気配に敏感での……むしろこれは火の大精霊というよりも……」
リーエルが何かを言いかけた時、この宮殿の関係者だろうか。所々に金をあしらった豪華な服を来た人物がやってくる。
「どうされましたか? わたくしはここの責任者アブラと申します」
来ている服装とは裏腹に、物腰が丁寧な人物だなという印象を受けた悠斗は『火の大精霊』について訪ねてみた。
「大精霊様ですね、こちらになります」
「おっ案内してくれるみたいだぞ。よかったな!」
「そうなんじゃが……」
そうリーエルに話す悠斗だったが、まだ彼女の顔は晴れていなかった。
彼女の顔色は気になるものの、今は火の大精霊の元へ案内してくれるというのだから、そちらを優先することに決めた悠斗。
「ほらっ。何か言うことあるなら後で聞いてやるからさ、今は行こうぜ!」
悠斗はリーエルとふじこの手を引っ張ってアブラについていく。
金の刺繍が入った赤い絨毯の上を歩いていくと、長蛇の列が見えてきた。
「えっと……これはもしかして?」
「はい、この列は火の大精霊様へ謁見するために並んでいる方達になります」
「まじか……」
先の見えない列の長さに、さすがの悠斗も困惑する。
「これって、今から並んで今日中に謁見できます?」
この列の長さを今から並んだとして、今日中に謁見できるか不安に思ったのだ。
それに対してアブラは。
「どうですかね……。もしかしたら途中で火の大精霊様が飽きられたら終わってしまう時もあります。ですのでなんとも言えません」
「ええ……」
気分でやめるとか、それでええんかって思った悠斗であったが、そういえばどこぞの大精霊も石柱にへんてこな文章を書いていたし、大精霊という存在はみんな残念な子なのか? と考え始める。
そんな悠斗の心境を察したリーエルは、顔面にみずてっぽうをお見舞いした。
「あのっ! 大丈夫ですか!?」
アブラの心配する親切心が新鮮に感じる悠斗であったが、ここでふと閃いた。
「あの……これってここでも通用しますか?」
アルヴェイム王国内で大変有効活用したマルクスからもらった指輪。
この指輪のおかげで、街へ入るための順番待ちも優遇され、人の態度もコロっと変わったりと、道中の王国内では猛威を奮った指輪であったが、ここは他国。
指輪の影響力はないだろうなと思い使っていなかったのだが、もしかしたら……という一縷の望みに賭けてみると。
「そっその指輪は!? あのアルヴェイム王の左腕と呼ばれる、アーヴァイン家客人の証! しょ少々お待ち下さい!」
指輪を見たアブラは、悠斗が何か言う前に駆け足でどこかへ行ってしまった。
「行っちゃったな……ってかこの指輪、ここでも有効だったんだな」
幼女たちのみずてっぽう攻撃も慣れたものである。
すぐさま起き上がって待つこと数分。
「はあ……はあ……お待たせ……しました」
「ちょっと、落ち着いて。そんなに慌てるとは思わず……何かすみません」
頭を下げて謝る悠斗を見て、アブラは。
「いえいえ! 頭をお上げください。ささっこちらです」
そう言ってアブラは長蛇の列の先頭へ向かって歩き出す。
長蛇の列に並ぶ人々は、みんな何かを持っていて、それが気になった悠斗はアブラに聞いてみた。
「ああ、あれは火の大精霊様への貢物です」
「貢物?」
「はい。みな火の大精霊様から加護の証をお受け取りになるため並んでいます」
「加護の証?」
「ここに来るまでの道中で様々な店舗に火の紋様が描かれた布がありませんでしたか?」
「確かにありましたけど、それが?」
「この国では商売をすること自体は自由ですが、自分のお店を持つなどをするならば、火の大精霊様から加護の証をお受け取りになる必要があります」
「なるほど、公認の証みたいな感じですか?」
「そうですね。商売の自由といっても、場所なども限界がありますから、一定の期間である程度稼ぐことができた者達、もしくは最初から一定額をお持ちの方だけがこうして加護の証をお受け取るために並んでいるのです」
「なるほど、そのための貢物ってわけですか……って俺達貢げる物なんて何も持ってきてないんですけど」
「いえいえ! 貴方様はアーヴァイン家の客人様。他国の重要な方を無下にはできません。何か御用がおありでいらしたのでしょうから……っと、こちらに火の大精霊様がおられます」
到着したのだろう。大きな重厚そうな両扉の左右に武装をした屈強な兵が守っていた。
アブラが合図をすると、屈強な兵達は扉を力いっぱい押していくと、ゴゴゴと音を鳴らして開いていく。
「あやつは貢物なぞ好まんかったはずじゃが……」
リーエルは何やらブツブツと唱えていたが「ほらいくぞ」と悠斗が声をかけると、リーエルを置いてさっさと中へ入っていく。
「まっ待つのじゃ!」
悠斗を追いかけて、ふじことリーエルも部屋の中へと入っていく。
遠目でもわかるほどその部屋の奥にある巨大な玉座の周囲に、まさに王へと仕えるかの様にひざまつくアブラと似た服装の者達がいた。
巨大な玉座に座るのは、赤い肌の巨大な獣。
そして巨大な獣に風を扇ぐ複数の美女。
悠斗が見上げる程大きな獣を見たリーエルが一言。
「……あれは、何じゃ?」