第70話 その思考の果ては
少し短いのと、全文シリアスです。
悠斗がいる『王国アルヴェイム』から海を隔てた遠くにある大陸。
その大陸では絶え間なく戦乱が続いていたが、着実に領土を広げている国がある。
敵国からの侵攻に備えて、3つの巨壁と、その先にある山で守られた巨大な城塞。
その城塞に、1人の男が玉座に座り思考へ耽っていた。
静かすぎるその部屋には誰もいないにも関わらず、空気を張り詰めさせている。
そんな中、誰かが玉座の間に入ってきたのだろうか、正面にある大きな両扉がゆっくりと音を鳴らして開いていく。
張り詰めているのを察していたのだろうか、静謐な空気を守りつつも、扉をくぐり抜けた男は玉座へと足を運んだ。
「皇帝陛下におかれましては、陛下の思考を妨げてしまったことを……」
男が玉座の前に跪くと、皇帝陛下と呼ばれた男は思考を中断して男を見据える。
「前置きはよい、面をあげよ」
男の声を遮るように、玉座に座る男は話す。
皇帝陛下、そう呼ばれた男はそう告げると、跪いていた男が顔を上げる。
「それでは……まず第三方面からの報告です。カルタゴへの侵攻は滞りなく、年内には決着がつくであろうと思われます」
「そうか……第一と第二はどうだ?」
「はい。かなり抵抗が強く、こちらの状況は芳しくありません、更には剣聖どもが……」
男の報告を聞いても予想の範囲内だったのか、顔色一つ変えない。
「やはり剣聖どもが邪魔をしてくるか……」
「はい、あれらは異常な集団です。例え第三方面軍を合流させたとしても、状況は変わらないでしょう」
「ふむ。剣聖の名……伊達ではないということか。――して、報告が以上ではあるまい」
「はい」
彼がどの様な報告を持ってきたのかを見据えていたか、皇帝は告げる。
「アルヴェイムのことであろう」
「はっ。陛下のご慧眼には敬服いたします。アルヴェイムにいた密偵から報告のによると……失敗した模様です」
「……であるか」
男から告げられた報告に、やはり表情一つ変えず皇帝は一言だけ告げた。
「陛下はこうなることを予見されていたのではないでしょうか?」
皇帝の表情が変化ないことから、もしや予見されていたのではないか? と思ったからだ。
皇帝はその表情をようやく変えると「くくく」と笑いだす。
「あやつらの稚拙な計画が成功するはずないであろう」
「仰るとおりで」
「あれで事が済むようであれば、とうの昔にアルヴェイムなぞ滅んでおるわ……報告は以上か?」
「いえ、一応ではありますが、気になる点がございまして……」
男の言葉に、初めて驚きを見せた皇帝は話を続けさせる。
「あのマリーディア海蝕洞から生還した者達いるという点が一つ。そして、何やら大魔術を行使する幼子がいるとかなんとか……この点は不確かな情報ですが、上がってきておりましたので一応のご報告とさせていただきました」
「ほう……? マリーディア海蝕洞から生還した者達に大魔術を行使する幼子か……」
男から上がってきた報告に笑みを浮かべた皇帝は。
「その生還した者達と幼子の事は、もう一度再調査をさせろ。ゆけっ」
「ははっ……それでは失礼致します」
皇帝からの勅命を受けた男はそう言うと下がっていく。
扉が閉まる音は鳴り終わり、また静寂に包まれる。
皇帝以外誰もいないにも関わらず、彼は誰かに語りかけるよう話しだした。
「ようやく現れたか? 動き出したかもしれぬな。――なあ『イヴィル = シェイド』……闇の大精霊よ」
そう語る皇帝のすぐ後ろに、暗い暗い光も吸込むかの様な闇から1人の幼子が姿を現す。
黒髪のツインテールに絵本の中から出てきた様な小さな顔。
人形の様に丸々とした目。
貴族のお姫様の様なフリルをあしらった白いドレスがその黒く輝く髪を際立たせている。
まさにその似姿はふじこと正反対の髪色とドレスを纏った幼女であった。
イヴィル = シェイドと呼ばれた幼女は小さな口を開いて。
「そうね……」
ただ一言そう呟いた。
彼女は娘が父に甘えるように、皇帝の膝に座ると、そのまま体を預けて彼の頬に小さな手を添える。
抵抗せず、されるがままの皇帝は、やはり表情を変えずに口を開いて。
「このまま……その小さき手で我の首を落してもよいのだぞ?」
「言ったでしょ? 貴方と共にあると」
「……であるか」
表情は変えずとも、しかし少し哀傷な目をしたまま、頬に添えられた小さな手を、自身の手と重ね合わせた。
さて、この70話で4章は終わりです。
次回から5章が始まります。