第69話 怒る大精霊
深夜、悠斗とふじこがグッスリと寝静まった夜。
悠斗とふじこが寝ているのを確認したリーエルは、机の上に置いていたふじこの髪飾りを手に取ると、部屋から抜け出した。
トコトコと歩きながら向かう部屋。
深夜にも関わらず明かりがついており、部屋の前には護衛の兵が待機していた。
「ん? 確かリーエル……様? こんな所でなにを……zzz」
リーエルが魔法を行使すると、言いかけた護衛の兵は突然と寝息をたてだした。
そんな兵の横を横切り、ドアノブを掴むと部屋の中へと入っていく。
深夜にも関わらず灯りがついていて、部屋の主は驚きもなく書類仕事を進めていた。
筆記音だけが鳴る静かな部屋に入ったリーエルは、ソファーに深く沈む。
すると同時に筆記音も鳴り止むと、部屋の主は席を立って紅茶を2人分淹れていく。
「こんなものしかありませんが」
「構わぬ」
紅茶を出した部屋の主はリーエルの向かいに座る。
「こんな夜更けにどうされましたか? リーエル様」
そう発言する部屋の主ことマルクスはリーエルを見つめる。
「わしがここに来た目的……何となく察しているのではないか?」
そう言ったリーエルはニコニコと笑顔のまま髪飾りを机に出す。
うさぎの顔をした可愛い髪飾りだ。
その髪飾りを見たマルクスはうさぎの髪飾りを手に取ると、観念したのかため息をついて苦笑する。
「さすが水の大精霊であられるウンディーネ様ですね。全てお見通しというわけですか」
「巧妙に隠されておるが、わしから見れば刻まれている術式を見つけることなぞ容易いわ」
「――ということは、その術式の内容も……というわけですね」
「然り。一方方向の遠音……つまりは盗聴じゃの。しかも装着者から魔力を勝手に吸って発動する類のやつじゃ。しかし、ふじこにとっては徴収する魔力なぞ微々たるもの。そのため、装着者自身であるふじこには魔力を吸われているのかどうかわからぬ……違うか?」
マルクスは笑顔を変えず、だからといって話そうとはしない。
それがマルクスの答えだった。
「――その沈黙が答えだと受け取るぞ…………であるならば」
部屋の中が何かに包まれると同時に、室内の気温が一気にさがる。
室内であるにも関わらず、キラキラと無数の雪結晶が舞い覆う。
舞った雪結晶はマルクスを囲むように集まっていくと、その綺麗な雪結晶から反転して鋭い氷の柱に変わっていく。
もちろん氷の柱の矛先はマルクスに向いている。
凍てつく様な寒さなのか、それともリーエルから放たれる殺気なのか、すくなくとも有象無象な者達であれば震えていただろう。
それでも、当の本人は焦りも命乞いもせず、覚悟を決めていたかのように目を逸らさず、ただただリーエルを見つめ続けた。
数分……マルクスにとっては永劫な時間に感じただろうか、その重い口を開く。
「貴方様がこちらへお越しになった時から……いえ、初めてお会いした時から覚悟はしておりました。――ただ」
一拍をおいてマルクスは続けて話しを続ける。
「この罪過は私のみのもの。娘達だけはご容赦いただきたく」
目を反らすことのないマルクスの真剣な目。
それを受けてリーエルは。
「自身の命がかかっておるのにも関わらず、命乞いもせずあやつらのことだけが心配と申すか……」
マルクスからの返答はない。
すでに彼の中で答えは出しているのだろう。
審判が下るのを待つ罪人のごとく、マルクスはリーエルの言葉を待つ。
リーエルは審判を下す様にその口を開いた。
「お主の命を刈り取ることなぞ造作もない…………のじゃが、我が主は悲しむじゃろうな……」
一つため息をついたリーエルは氷の柱を消していく。
同時に室内の気温も元に戻っていった。
「我が主に黙ってなぜこの様なことをした?」
リーエルから見ても、マルクス本人がどう思っているかは分からないが、すくなくとも主である悠斗はマルクスのことを信頼しているように見えた。
もちろん契約主である故にその心も見透かしてしまうためだ。
例えそうでなくとも、リーエルは同じ言葉を発したであろう。
だからこそ、悠斗が知れば信頼が揺るがすであろう愚行を行ったマルクスの行動の真意を問いたかった。
そして、その真意を語ることに決めたのか、マルクスは口を開く。
「理由……ですか。先に申し上げたいのは、私に悠斗くんとふじこちゃんを害したいという気持ちは微塵もないということはお伝えさせていただきたい」
「ふむ……それで?」
「今回の騒動があったように、この国は他国に内通している者や密偵がいるのは知っておりました。だからといって中々尻尾を掴ませず、私が動けばすぐ察知するために、確たる証拠も掴めずにいました」
「そこに現れたのが我が主と我の愛する妹か」
「はい、そうです。見たことない髪の色をし、小さな幼女を連れた旅慣れていない旅人。状況が状況ゆえに、諜報か何かかという線はすぐ消えました」
「じゃろうな」
「娘であるアルマから2人が異世界の者という話を聴いた時、実の娘のことながら疑わざるを得ませんでした……が、当の本人と話をして、そして聖女であるセレナから見た彼ら2人が纏う『神気』。そしてなによりもギルドから極秘に共有してもらった2人のステータスとスキルが決定的でした」
「悠斗のステータスだけは平凡じゃがの」
リーエルのツッコミにマルクスはクスリと笑いながら話しを続ける。
「ふふっ……そうですね。しかし、彼は他の者が持っていないであろうだろうスキルがあります。文字化けして読めない謎のスキルに、言語理解という特殊スキル。そのスキルの悪用方法などを考えたらキリがありません。ふじこちゃんに至ってはおそらく人類が到達できることはないであろう無尽蔵の魔力と異常なまでの魔術素養…………私は『創造神トゥリアナ』様から遣わされた天命の者かと思いました」
紅茶を一口飲んで一息つくマルクスとリーエル。
「そこで私は思いつきました。開発したのはいいものの、誰も使うことができないであろう死蔵となった魔術具を、急遽髪飾りに改修してもらったのです。これを使えれば、彼女を通して証拠を掴むことができるのではないかと。ステータスを見なければ、彼女はただの可愛い幼子ですからね」
「しかし、予想外のことが起きた……というわけじゃな」
「はい。誰も戻った者がいないマリーディア海蝕洞へ行ってしまったのですから……」
「じゃから、ここまでの規模の人数を派遣したんじゃな。しかも公爵であるお主までもが直接」
「はい。本来であれば、あの者達を捕縛するだけなら半分の人数でもよかったのです。しかし、まさか彼ら達があそこへ赴くことになるとは思いもよりませんでした」
困った表情をしながらも話を続けるマルクス。
「だからこそ、悠斗くんとふじこちゃんに黙って巻き込んでしまった私が直接出向かなければいけないというのは当たり前のこと。そして最低限の行い……と思い捜索のためにと人数を集めて準備を進めていたのですが、これまた予想外のことに自力で帰ってきたのです」
「しかもわしを連れてじゃな」
「その通りです。お話は髪飾りを通じて私も聴いていましたから、急いでマリーディア邸まで一直線に来た……ということです」
「なるほどの……」
「ここマリーディアを他国の者に落とされれば、我らは窮地に陥ることになるのは明白でした。だからこそ1人の人間である前に、王国貴族であり公爵でもある私は国のため……なによりも民の為に手段は選んでいられませんでした。だからと言って、私の罪が許されるわけではないのは承知しております。彼の人柄が分かった上で利用したのですから」
覚悟はすでに済んでいるのか、首をリーエルへ差し出すように頭を下げるマルクス。
「リーエル様……いえ、大精霊ウンディーネ様。この度は申し訳ございませんでした」
マルクスの言葉にリーエルは、紅茶を飲み干したカップを置くと、席を立つ。
そしてなにもせず黙ったまま扉の前に向かう。
何も起こらないことに不思議に思ったマルクスは顔を上げると。
「リーエル……様?」
「お主を許すか許さぬか、それはわしが決めることではなく我が主が決めること。じゃから今回はわしは何もせぬし何も言わぬ…………じゃが」
少し間を置いてからゆっくりとリーエルは後ろを振り返る。
そして表情を変えなかったマルクスでさえも、思わず恐怖を覚える様な殺気を出したリーエルは一言告げて去っていく。
「二度はない」
マルクスは、リーエルが去っていった後も、扉に向かって頭を下げ続けた。