第65話 緊張感のない戦いと裏切り
時は少し遡り、アルマとレイが無数の敵と戯れていた頃に戻る。
悠斗・ニーナ組はアルマとレイ達に比べ、比較的敵の数が少なかった。
騎士達はローゼリア姫に手を出さない限りは前に出ず、幼女2人も守らなければならない。
残っているのは大したことなさそうな男と見るからに戦えそうにない神官の格好をした女のみ。
敵の多くはアルマとレイの方がヤバいと思い、そちらに戦力を集中させたのだ。
「こっちは大したことなさそうだから、俺はあっちの方へ救援に行く。ここは任せたぞ」
「俺たちが大したことなさそうってどういうことだこら!」
悠斗のクレームを無視して、屈強そうな男達はアルマとレイが向かった方向へと走っていく。
残った敵は5人。
減った男達の数を見て悠斗は。
「――まあ確かにアルマとレイの方が強いのは正解なんだけどよ、俺のなけなしのプライドが傷つくってもんだ」
「あれ……悠斗さんってプライドあったんですか?」
「ニーナちゃん……」
ニーナの毒舌が炸裂し、悠斗は「うっ!?」っと胸を押さえる。
敵を前にして漫才でも初めてしまった2人を見て、残った敵は怒りをあらわにする。
「俺たちを無視して女とイチャつきやがって……このクソが!」
どう見ても毒を吐かれただけなのだが、彼らから見ればイチャイチャしているように見えたのだ。
怒った男達の内、前方にいる男は余所見している悠斗に向かって攻撃を仕掛ける。
「おっと!」
攻撃してくるのが分かっていたのか身体を横に移動させて敵の攻撃を避ける悠斗。
そのままカウンターとして、空振りした敵に向かって斬りつける。
「ぐぁっ……!」
背中から大きく斬りつけられた敵はそのまま地面に倒れていく。
「こいつ……弱そうに見えて中々やるぞ……」
残った敵は悠斗の行動で警戒を強める。
そんな彼等を見て悠斗は。
「確かにあいつらに比べれば大したことはないけどさ、俺も師匠にしごかれたり、手に余る難敵から生き抜いたりと経験してきたんだ」
改めて剣を構え直す悠斗は。
「ここまでやって成長しないって方がおかしいだろ。それに……お前達の思考や行動なんて自分のことの様にわかるさ!」
そう言ってキリッ! と決め顔をニーナにチラ見せする悠斗の顔を見た彼女は『調子に乗ってますね……』と冷静に分析する。
ニーナが悠斗の言葉を分析した結果、内心では『思考や行動が自分のことの様にわかるって……それは悠斗さん自身も相手とレベルですと言ってるようなものではないでしょうか?』と思ってしまってツッコミたくなったのだが、このまま調子に乗ってもらおうと黙っていることに決めた。
以前の悠斗であれば、調子に乗らないでください! と叱りつけたものだが、リヴァイアサン戦を生き抜いた今の悠斗を見て、かつてスライム1匹も倒すのに困難だった男と同一人物には思えないほど急成長したと思っている。
当然そんなことを言うと、より増長してしまうので本人に言うことはしないニーナ。
そんな中でも状況は常に動いており、またさらに2人倒れてしまった。
倒された内の男の1人と仲がよかったのだろうか、生き残っている男の内1人が感情を顕わになる。
「ウスハゲー! この野郎……ウスハゲを殺りやがって!」
「おっれの名は……ウス……ハダ……だ……」
そう最後の言葉を残して死んだウスハゲと呼ばれた男。
悠斗は『最後の言葉がそれでいいのか……?』と思いつつも、仲間の男達が向かってくるのを冷静に待ち受ける。
「「死ねぇ!」」
左右から2人の男が同時に斬りかかってくる攻撃を、後ろに大きく飛んで避ける悠斗。
「クソッ! 逃がすわけねえだろ。挟み撃ちだ!」
悠斗へ攻撃を仕掛けた男の1人はそう言うと、後ろへと素早く回り込んで挟み撃ちにする。
「このままくたばれぇ!」
悠斗を挟み撃ちにした男2人はそのまま斬りつけようと動き出すのだが、挟まれている悠斗は後ろを振り向くこともなく、なぜか前に向かって攻撃を仕掛けた。
逃げ場を封じたことで動揺するか動きが鈍くなると思っていたら、悠斗が思いもしない行動に出たことで驚く男。
「そっそんなに死にたいようなら殺してやる!」
男の振り上げた手は、そのまま悠斗へ当たる直前に動きが止まった。
悠斗が両足を強く蹴り急加速を始めると、体勢を低くして横薙ぎに振り斬りつけたからだ。
横薙ぎに斬りつけられた男はそのまま倒れていく。
悠斗はそのまま剣を鞘に収めるのだが、まだ後ろには敵がいる。
彼も棒立ちしていたわけではなく、悠斗へ後ろから斬りつけようと行動を開始していた。
だが、悠斗は自分の後ろに誰がいるのか知っている。
戦えなさそうな見た目のニーナに見えるが、これでも彼女は冒険者。
そんな彼女が怖がって動けないはずもなく、自分が無視されているのを利用して、杖を大振りにかぶる。
「私を忘れてもらっては困ります!」
そう言いながら残った男の頭を殴り倒す。
「がっ……!」
当然後ろに気をつけていたわけではない男は後頭部でもろに受けた結果、何もできずにズルズルと倒れていった。
「はあ……やっぱり肉弾戦は得意じゃありませんね」
「ニーナちゃんお疲れ様。こっちはアルマとレイが派手に暴れてくれたおかげであっさりと終わったけど、俺たちも加勢に向かったほうがいいよな……あの人数だし」
ニーナの言葉に悠斗はアルマ達の方向を見ながら答えた。
すると、丁度何やら動きがあったのか、レイの言葉が響き渡る。
堂々たるレイの宣言に、悠斗の目から見てもどんどん武器を落としていく人達が増えていた。
「やっぱいらないかもな」
その光景を目にして、自分の言葉訂正する悠斗。
ニーナと共にローゼリアの元に戻ろうとしていた所、大声で怒鳴りながら逃げる男を見かける。
そして少し遠くからそれを追うアルマの姿も。
男は逃げるものの足元をよく見えおらず、小さな幼女に足をぶつけて派手に転んでしまう。
逃げていたのもあり、その行動を偶然にも止めた幼女に怒っているのか、持っていた剣を振り下ろそうとする。
「ヤバい!」
そう叫ぶものの、悠斗の場所からでは少し遠くて間に合わない。
しかし、追いかけていたアルマがナイフを取り出して、男に目掛け投擲するのが見えた。
投擲されたナイフは振り下ろされるはずだった男の腕に突き刺さり、その痛みで剣を落として地面にうずくまる。
その僅かな時間があれば、アルマの速さがあれば追いつくのも容易い。
追いつかれた男は絶望した表情に変える。
「これで終わりだな」
悠斗はそう答えるのだが男は表情を一転させる。
自分を殺せば周りの人間も死ぬことになると叫びだす。
「あの野郎……ってニーナちゃん!?」
間髪入れず、ニーナはアルマの元へと走り出していく。
それは自分にできる最後の仕事をするためだ。
彼女はただの神官ではない。
今代の聖女であるセレナが、次代の聖女として育成していたのが彼女だ。
まだまだセレナには程遠いが、奴隷紋を消すことぐらいニーナにだってできる。
アルマの元へ向かったニーナは魔術を唱え、フロア一面を巻き込むほど巨大な魔術陣を描いていく。
さすがに人数も多く、全員から奴隷紋を消すにはすべての魔力を使わなくてはならない。
それでも躊躇なく、ニーナは体内から魔力を放出した。
描かれた巨大魔術陣が効力を発揮したのか、光ると同時に黒いモヤの様なものが人々の首元から立ち上がって消えていく。
そんな光景を見て青ざめた男は一転、アルマに向かって懇願するのだが、ここで情けをかけるような女性ではない。
アルマは慈悲のない言葉をなげかけて、男の額へと剣を突き刺した。
「ふう……これでアールスさん――いや、アールスの企みもこれでお終いだな」
戻って早々に始まった騒動もこれで終わりかと安心する悠斗であったが、突如ローゼリアの叫び声が聞こえてきた。
「きゃーー!!」
声のした方へ振り向くと、血を流して倒れる騎士2人と何故かローゼリア達を人質にしているプロディオの姿があった。