第5話 待って、勝手に自分の妹にするんじゃない
「おげぇぇぇぇぇぇぇ」
銀髪幼女にまで気が回らない悠斗は胃の中の物を吐き出した事でようやく理解する。
『俺はもしかしなくても、よく分からないスキルを与えられて異世界に放り出されただけではないか?』という事実を。
Exactly そのとおりである。
いつの間にか周囲は静かになっており、悠斗に向かって複数の足音が聴こえてくる。
胃の中を綺麗さっぱりした悠斗はその足音に気がついて顔を向ける。
顔を向けた先には3人の少女達がいた。
そう、先程まで戦っていた『戦場の戦乙女』の3人である。
その内の1人、アルマは未だに蹲っていた盗賊の頭を剣の腹で頭を強く打ち付けて気絶させる。
レイは顔を険しくしたまま槍を悠斗に突きつけ、ニーナは恐る恐る2人の後ろに隠れついてきている。
悠斗は突如槍を突きつけられた事で両手を上にあげて敵意はない事を示した。
「なっ何だ!? おっ俺は何もしてないぞ! ……あっ! 盗賊だと勘違いしているのか? なら俺は盗賊じゃない。 本当だ!」
「証拠は?」
「証拠は……ないが本当だ、信じてくれ!」
疑いの目を変えないレイは悠斗の後ろに隠れている銀髪の幼女を見つける。
「……その子は何だ?」
「その子は何だ?」と言われても、それは悠斗自身が知りたい事なのだ。 聞かれても分からないが、ここで何か言わないと余計に状況が悪化するぐらいは頭が働いた。
頑張って少ない脳みそを捻って絞り出した答えは。
「……妹。 そっそう、妹だ!」
「な?」と銀髪幼女を見つめる。 パチリパチリと片目を瞑ってアイコンタクトを促すが、彼女は相変わらず無表情で変化は見られない。
初めてのアイコンタクトが通じる事はなかった。
「本当の事を言え」
バレバレだった。
それも当然だ。 悠斗は身だしなみは整っているが黒髪で平たい顔。
それに対して幼女の方は銀髪でパッチリとしたクリクリお目々に小さい顔。
誰がどう見ても血縁者には見えず、まさに月とスッポンだ。
ますます顔は険しくなり、怒気を込めたレイの声にビビる悠斗。
レイはニーナの方に顔を向けると、一度だけ頷いて合図を出す。
ニーナは察したのだろう、トコトコと歩いて幼女に近すぎず離れすぎない位置まで移動すると、その場でしゃがみ込んで銀髪幼女に声をかける。
「こんにちは♪」
「……」
相も変わらず無表情なのだが、恥ずかしいのか悠斗の衣服をギュッと掴んで隠れてしまう。
「私はニーナって言うの。 お名前教えてほしいな♪」
銀髪幼女はちょっとだけ顔を出してニーナを見つめる。
そんなニーナも顔をニコニコして銀髪幼女が話すのを静かに待っている。
そんな彼女は『戦場の戦乙女』の2人、レイとアルマとは幼馴染ではない。 元々は孤児院に住んでおり、将来は育ててくれたシスターの様になりたいと思っていたのだが、ニーナに神聖術の素質があると分かったシスターは教会本部へ連れて行き、そこで神聖術を学ぶ事となった。
さて、そんなニーナが使える神聖術は回復や状態異常などの役割があり、パーティーに必須の人材である。
しかし誰でも使えるわけではなく、素質がないと唱える事すらできないので貴重な人材だ。
だが冒険者は男ばかり。 ニーナは顔立ちもいいし神聖術も使える事で下心丸出しの男連中に引っ張りだこ。
そんな下心丸出しの男連中に嫌気がさして、冒険者は諦めようとした時に出会ったのがレイとアルマだった。
レイとアルマも神聖術を使えるヒーラーを探しており、歳も近く同性でもある2人と意気投合。
結果、ニーナはレイとアルマとパーティーを組むことを承諾。 そして『戦場の戦乙女』が結成されたのだ。
故に孤児院出身のニーナは血は繋がってない弟や妹達が沢山いるので、子供の扱いに慣れていた。
気長に待っている事数分、銀髪幼女は悠斗の方へ顔を向ける。
「ん? なんだ?」
銀髪幼女はじーっと悠斗の顔から目を背けない。
「もしかして俺が変わりに言えってことか?」
コクリと顔を上下に動かす幼女。
「あ~こいつの名前は多分『ふじこ』だ。 だな?」
コクリと顔を上下に動かすふじこと呼ばれる幼女。 それを見てニーナはニッコリ笑顔にしてふじこに声をかける。
「そっかーふじこちゃんか。 可愛い名前だね♪」
「……」
また沈黙に戻るふじこ。 ニーナはそれでもめげずに声をかけた。
「どこから来たの?」
そんな質問に、ふじこは左手の人差し指を空に向けた。
その場にいる全員が顔を上に向けたが、あるのは青く広がる青空のみ。
ふじこを見るが、それ以上は語る気がないのか悠斗の背に隠れてしまう。
ニーナは首を横に振って、これ以上は無理だとレイに促す。
悠斗の尋問の時間が再開した。
「さて、お前は……この娘はどこから来た? ……まさか人攫いじゃないだろうな?」
人攫いだとしたら、即刻その首を斬り落とすと言わんばかりに顔に怒気を膨らませる。
「ちっ違う! 人攫いじゃない!」
「じゃあその……かっ可愛い幼……ゴホン! その娘はなんだ。 お前たちはどっから来た?」
「それはその……」
言えないのだ、違う世界から来ましたなどと。
初対面の人間にそんな事を言う奴はただの狂人か頭がおかしくなったやつだ。
誰だってそう思うし、悠斗もそう思っている。
「答えられないのであれば、それは怪しいと言っている様なものだ」
「なっ何でそうなる! 俺だってこいつが何か知らないんだ!」
「本当か? それならお前はどこから来た。 まさか言えないわけじゃないだろ?」
「それはその……」
本当の事が言えない悠斗は咄嗟に口がどもってしまう。 それが余計にレイの心象を悪くしてしまい、状況が悪化してしまった。
「やはり人攫いか何かじゃないか? ――なら!」
レイは持っている槍を大きく後ろに振りかぶって、いつでも悠斗の首を刎ねれる態勢にする。
当然ながらこれは脅しなのだが、今の悠斗にそれは分からない。
それでも口を割らない悠斗に苛立つレイは振りかぶろうとする。 当然寸止めをするつもりなのだが……。
突如そこへ銀髪幼女のふこじが悠斗を庇うように、両手を広げて出てきた。
怖気づく事もなく、相も変わらず無表情のままレイを見つめる。
「うっ……うぐっ……」
レイの目には可愛い幼女が「やめて!」とウルウルさせて自分を見つめているように見えるのだが、それは幻想である。
ふこじと呼ばれる幼女が魔法か何かを使っているわけでもなく、アルマとニーナには隠している(と思っている)可愛い物好きという趣向がレイの目を曇らせただけである。
「こっこの……可愛い私の妹に免じて槍は収めてやろう」
勝手に自分の妹にしたレイの発言をニーナもアルマも、そして悠斗も空気を読んでスルーした。
「それで、何故本当の事を言わない?」
「……絶対に信じないからだ」
「お前の言葉を信じるか信じないかは私達が決める。 話さなければこちらは分かりようがない」
数分の沈黙が流れ、ついに悠斗は口を開く。
「……分かった」
悠斗が思いきって話そうとした時、アルマがそれを遮るように声を出した。
「話は長くなりそうでしょ? 盗賊達もこのままにしておけないし、とりあえず縛って馬車の方へ戻りましょう。 レイ手伝って」
「あぁ」
「おっ俺も何か……」
悠斗も何か手伝える事はないかと思い声をかけたのだが。
「貴方は馬車の中で座って待ってて。 ニーナ後はよろしく」
「うん♪ ほらっ行きましょう。 ふじこちゃんも♪」
ニーナは悠斗とふじこに声をかけて歩き出す。
そっとふじこに手を伸ばしてニッコリ見つめると、ふじこは少しだけ心を許したのか、それまた気分なのかは分からないが、小さい手を伸ばしてニーナの手をギュっと握りしめた。
盗賊編終了!
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