第37話 マリーディア海蝕洞と不審な男
悠斗達に声をかけてきた男の船で『マリーディア海蝕洞』まで一行は向かう。
マリーディアの外れにある入り江で男は船を止める。
「ここから海沿いに少し歩いていけば見えてくる洞窟がマリーディア海蝕洞だ。俺はここで船を見張ってるからよ」
「見てろよおっさん。俺が弱くねぇって証拠を持ってきてやるから期待してまってろよ!」
悠斗はそう言って『マリーディア海蝕洞』へ向かった。
船乗りの男は悠斗達の姿が消えるのを見送ると、どこからかガシャッガシャッと金属音が鳴る方向へ振り返る。
「あぁ……貴方様か。――これで良かったのですかい?」
頭からフードを被った金属鎧……いや、騎士の甲冑を身に纏った男は銀貨の入った袋を取り出す。
船乗りの男は銀貨袋を受け取ると。
「へへ……ありがとうございやす騎士様。それじゃあっしはこれで」
船乗りの男は銀貨袋を懐にしまい込み、船のオールに手を添える。
「もうあっしは行きやすが、乗っていかれますかい?」
用が済んだのか、船乗りの男へ答えることもないまま、悠斗達が向かった方へあるき出した。
「無視ですかい……」
船乗りの男はオールを漕いで船を走らせる。
漕いでいる手を不意に止め、おもむろに悠斗達が向かった『マリーディア海蝕洞』へ顔を向けると。
「ヘヘ……わりぃなボウズども」
そう言葉を残して船乗りの男は再度船を走らせた。
***
船乗りの男の指示に従い徒歩で少し歩くと見えてきた洞窟。
「ここがマリーディア海蝕洞ね……」
洞窟の奥を見つめるアルマの言葉に続いて悠斗が。
「『海龍リヴァイアサン』がここいる……のか?」
自然にできた洞窟に見え、巨大と言われる『海龍リヴァイアサン』が入れるサイズでもない。
「暗いな……ニーナ頼めるか?」
レイの言葉にニーナは魔術を唱える。
「『我らの道に光を灯し給え』ライトボール!」
ニーナの魔術で暗い洞窟内は明るく照らされる。
壁も地面もじめっとしており、歩く度にヌチャッヌチャッと不快な音を鳴らす。
「明るくなったとはいえ何があるか分からないわ。用心して進むわよ」
アルマの言葉に黙って頷いた一行は小盾を装備した悠斗を先頭にし洞窟の奥へと進んでいく。
道なりに奥へ奥へと進んでいくと、魔物の気配がする。
「やっぱり居るよな……」
悠斗はふじこをニーナに預け、右手を剣の柄に手を添える。
アルマとレイはすでに剣を抜いており、いつでも戦えるよう戦闘態勢をとっていた。
悠斗も剣を抜いて前方に視線を集中させる。
洞窟はヌチャッと複数の足音を鳴らし、その音は段々と近づく。
ニーナが唱えたライトボールの明るさに惹かれて魔物達が姿を現す。
『ギャッ! ギャッ!』
緑色の肌をした子鬼3体が姿を晒した。
「ゴブリン……こいつら何処にでもいるな」
「どこにでもいて繁殖力も高い低級の魔物だから、こういう人が近寄らない洞窟は彼らにとって格好の住処よ」
「こいつら程度なら俺1人で大丈夫だ。それに3人仲良く戦うにはちょっと狭いしな」
「足元に気をつけなさいよ」
「分かってるよ」
アルマの忠告に悠斗は1人で前に出る。
ゴブリン達は近づいてきた人間を見て警戒をするが、男1人だけが前に出て背後には人間の女3人に子供。
この男を殺せば後ろの女を好き放題できると思ったゴブリン達は、粗末な武器で喝采を鳴らして悠斗に向かってくる。
悠斗は冷静に武器を構え、向かってきたゴブリンのうち真ん中の1体を斜めに一閃。
斬られたゴブリンは斜めに体がずれていき絶命。
すかさず体を半回転させて横に一閃し、残り2体のゴブリンをまとめて両断させた。
ゴブリン達が絶命したのを確認した悠斗は剣を振って付着した血を拭い捨てる。
左手で合図をすると、後方で待機していたアルマ達がやってきた。
「やるじゃない」
そんなアルマの声に。
「当たり前だろ。師匠にみっちり扱かれたんだからさ」
***
ちょうどマルクスからの依頼が始まる1か月ほど前。
悠斗はここ1か月無駄に過ごしていたわけじゃない。
ちょくちょく仕事を抜け出しては飲みにやってくるハインへ強くなりたいと相談した所。
「おっそれじゃ俺が稽古を付けてやろうか?」
との言葉を聞いた悠斗は喜んでお願いすることにした。
軍部ではハインの訓練が辛すぎて耐えられないということで、今じゃその副官や各部隊長が訓連官を勤めている。
そんなことなど知りようがない悠斗はこの時ほど後悔したことはなかった。
地獄の様な筋トレの日々、魔物だらけの森で置き去りにされ、ハインにはボコボコに殴られる。
一度も折れることなく、1か月みっちりとハインの訓連を受けた悠斗は、以前と比べるべくもないほど強くなった。
おかげで低級の魔物程度なら3体4体囲まれてもすぐ討伐できるほど強くなり、かつてスライムにひっくり返された悠斗はもういない。
胸を張れる一端の冒険者となったのだ。
***
「地獄のような訓連に耐えたんだ。ゴブリン程度で苦戦してるようじゃ師匠に殺されるっての」
「ふふん。父上が訓連したのだからこれぐらい当然だ」
レイは自分の父親が評価されて鼻高々だ。
実際の所、ハインは悠斗の訓連なぞ面倒でしたくなかったのだが、娘からの評価がだだ下がりの一方。
ここは娘のパーティー仲間である悠斗を強く鍛えれば見直してくれるのでは? と考えただけだった。
そんな事実を知らないハインの娘であるレイは「さすが父上だ!」と鼻高々だ。
気分良くしたレイは「ほらっこんな所で話してないで行くぞ!」と悠斗達を置いて先へと進んでしまう。
そんな彼女の背中を見た他のメンバーは、顔を見合って笑いながら追いかけるのだった。