第29話 交渉
娘に縋りつくハインを見て冷静さを得た悠斗はアルマとニーナも帰ってきている事に気がついた。
「お前達、いつの間に戻ってきたんだよ」
アルマにそう問う悠斗であったが、問われた本人はジト目になりながら。
「貴方がセレナ様にいやらしい目を向けていた時よ。ね? ニーナ」
「そうですね。セレナ様をいやらしい目で見るなんて……ぶち殺しますよ♪」
「はい、反省しております」
普段から優しいニーナが普段言わないであろう暴言まで出ており、その様子は先程のセレナと動揺の雰囲気が出ており、深く反省の意味を込めて正座をする悠斗。
「もう……アルマとニーナもそれぐらいで許してもいいじゃありませんか。それにセレナ様の胸元は女性である私達から見ても魅力的なんですから」
そう助け舟を出してくれたのはローゼリア。
「うっ確かに……」
そう言いながら自らの胸をペタペタと触るアルマ。
悲しいかな、これが格差社会。
しかし、ローゼリアから話を逸らされている事に気がつくアルマは。
「って騙されませんよローザ様!」
「ふふふ♪ でも、男性なら健全な証拠ですよ。ね? 悠斗」
ローゼリアから話を振られる悠斗なのだが「えっと……あの……」事実ではあるが、何と答えて良いのか返答に困る。
返答に困ると分かっていたローゼリアだったが、それもこれも悠斗がセレナに鼻の下を伸ばしていたので胸がモヤモヤしていた。
何ともないような態度を装っていたローゼリアも悠斗に少しいたずらをしてみたくなったのだ。
少し心がスッキリしたローゼリアは胸の前で両手を叩き。
「ほらっ、そろそろこの辺でよいでしょう。皆様もこうして雑談しにいらしたわけではないですよね? マルクス卿」
「えぇ、そうですね。まずはご無事で何よりでございます、ローゼリア様」
「まぁ、心配して下さったのですね。でも、それなら最初に私の心配をしてくださってもよいではありませんか」
「何を仰いますか。昼寝をしていた……の間違いではございませんか? ただ、寝室では無かったようですが、何処にいらっしゃいましたか? まさかダンジョンでお休みになられていたわけではございませんよね」
ローゼリアもマルクスもお互い「うふふ」「あはは」と笑い合っているのだが、目が笑っていない。
「立ち話もなんですから、どうぞこちらへお掛けになって」
ふじこを挟んで左右に悠斗とローゼリアが座り、向かいにはマルクス達が座っている。
アルマ達3人は悠斗達の後ろに立っている。
悠斗は「座ったらどうだ?」と促したのだが、何故だか断られた。
「ふふ。こうして並んで座ると夫婦の様ですね」
そう悠斗に笑顔で語りかけるローゼリア。
どういった言葉で返そうか返答に困る悠斗であったが、マルクスが助け舟を出してくれた。
「ローゼリア様、何処で聞かれているか分かりません。そういった冗談はご自重ください」
「冗談だなんてそんな……まぁ今はそういうことにしておきます。それで、マルクス卿が本日いらしたのは私ではなく悠斗の事ですね?」
「えぇ、娘が世話になっていると聞いてね。改めて私の名はマルクス = ニル = アーヴァインと言う。そこのアルマの父をしている」
マルクスは「よろしく」そう言って悠斗と握手を交わす。
「そして私の左にいるのがハイン。ハイン = ウル = コルニクス。そこにいるレイ嬢の父親にあたる」
少し前まで醜態を晒していたハインは綺麗サッパリ忘れたかの様に「よろしくな!」と挨拶をする。
「こちらの女性がセレナ = ウォルシュテッド。当代の聖女を務めていて、孤児院も経営されている。そこのニーナ嬢が孤児院の出身だ」
「改めまして、セレナ = ウォルシュテッドです。聖女とは言いつつも、私は一階の司祭にすぎません。気軽にセレナとお呼びください。悠斗さんにふじこちゃん」
改めて挨拶を交わした両者。マルクスは本題へ入ることにした。
「さて、こうしてこちらに来たのはローゼリア様がお世話になったから……というのは建前で、娘達から君の事は聞いていてね、是非一度挨拶をしておこうと思ったのだよ。勿論ローゼリア様の事も心配していたけどね」
ウインクしてお茶目に笑うマルクス。
「そりゃそうですよね、知らない男が娘さんの近くにいるんですから、そう考えるのなんて当たり前ですよ」
こうして気さくに話しかけてくれるが、「(見ず知らずの男がひとつ屋根の下で娘と一緒に暮らしているとなれば心配にもなるよな)」と思う悠斗。
「さて、この宿だが『天の方舟』は宿とは言いつつも、アーヴァイン家。つまり私が冒険者を始めると言った娘達が心配で建てた場所になる。娘達から聞いているとは思うが、今まで住んでいた分のお金の事は心配しなくていい」
「(さすが貴族様。娘のためにこんなに立派な建物を建てるなんて凄いな……)」
「そんなことよりも今まで大変だったね」
「いえ、そんなことは。こちらこそ俺とふじこ、2人もお世話になりっぱなしで……なんてお礼をしたらいいか……」
「持ちつ持たれつだよ。それに君は『異世界人』だと娘からは聞いている。もしそれが本当なら、この世界の常識など色々と知らないことが多いだろう。王の左腕と呼ばれているアーヴァイン家当主として当然のことさ」
「ありがとうございます! それで……大変不躾なのですが、もう少しだけここに住まわせていただけると……」
恐縮した様に縮こまる悠斗。
マルクスは顎に手を置いて「ふむ……」と黙考を始める。
そんな様子を見る悠斗は。
「(俺だったらさっさと出ていってくれって言うだろうな……せめてふじこだけでもと頼み込むか……?)」
「悠斗君」
どうするのか決めたのだろう。マルクスは悠斗の顔を真っ直ぐ見つめる。
悠斗はマルクスの放つ言葉を今か今かと待ちわびると。
「1つだけ条件がある。それさえ飲んでもらえるなら気が済むまでここに泊まってもらっても構わない」
「条件……ですか?」
マルクスからどんな条件が出されるのだろうか。
「(俺にできる事なら何でもしないと……)」
ゴクリと喉を鳴らす悠斗。
マルクスは1冊の本を出す。
よく見ると少し古びている様で、年代物だというのがわかる。
「君は確か『言語理解』というスキルを持っていると聞いているのだが、この本に書いてある文字は読めるかい?」
悠斗は古びた本をペラペラとめくる。確かに読めるのだが、専門用語ばかりで一体何の本だか分からない。
「読めますけど……これは?」
「本物か……」
ボソッと何か言った様な気がしたが、小さい声だったので聴き取れなかった悠斗。
マルクスは安心したかの様に悠斗の顔を見ると。
「そうかそうか、それならばいいんだ。こちらでは分からない大昔の本が他にもあってね。それを君に翻訳してほしいと思っているんだ。これは読めるかどうかの確認に持ってきただけでね」
「それだけで良いんですか? であればお引き受けします」
「あぁ良かった。断られたらどうしようかと思っていたよ」
「いえいえ、こちらこそ翻訳するだけでここに住まわせてもらえるなんて、本当にありがとうございます」
自分が解決できそうな条件でほっとする悠斗。
話は終わったと思ったのか、横にいたハインがガサガサと何かを取り出したと思ったら。
「話は終わっただろ? 小難しい話なんて止めて交流も兼ねて今夜はパァーっと飲もうぜ!」
ハインの一言から話し合いは終わり、交流会という名の宴会が始まった。
「父上……」
痛い頭を手で抑えて「はぁ……」とため息をつくレイ。
そんな姿見て長い夜になるそうだなと思う悠斗であった。
貴族と初めての交渉。
言葉というのは難しいね。
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順調であれば次週も更新すると思います。
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