第20話 ペット枠
ダンジョンに潜った悠斗とふじこはどんどん先へ進み、現在は3階層。
階段を降りた所で悠斗のお腹が鳴った。
「へへっすまんすまん。そろそろお腹が空いたしお昼にするか」
階段入出口の壁を背もたれにしてお昼を取り出す。
シルベスタ特製のサンドイッチだ。
出掛ける前シルベスタからお昼にと渡された物になる。
悠斗は2人分のカップを取り出すと、ふじこはチョロロと水を注ぎ込む。
ここ最近の2人は常にこうしている。
飲料用に汲まれた水よりも、ふじこが出した水の方が美味しい。
スライム狩りの途中、お昼時に悠斗が出した飲料用の水を飲んだ所、珍しくふじこは顔をしかめた。
お気に召さなかったのか、カップが空になると指先から自分で水を出して一口飲んだ。
味に満足したのだろうか、コクコクと飲みだすふじこ。
それを見て悠斗は。
「なぁ俺も飲んでみたいんだが、入れてくれないか?」
それからというもの、悠斗とふじこはこうしてスキルで出した水を飲んでいる。
お昼のサンドイッチはシャキっとした歯ごたえのある野菜と塩気の効いたハムのサンドイッチ。
ここ1週間と少し、悠斗がふじこと過ごして分かった事は、彼女は結構グルメだという事。
あと辛いものが好きなのか、結構何にでもデスソースをかけて食べる事が多い。
味覚が少し狂っているのでは? と思わざるを得ない悠斗。
彼が直近で止めてほしいと思っているのは、そのデスソースがかかった料理を自分に無理やり食べさせようとする事だ。
小休憩をしながら、改めてこのダンジョンの事を考える悠斗。
このダンジョンは通称『駆け出しダンジョン』。
出現する魔物は駆け出し冒険者が倒せる程度の魔物しか出てこず、スライム、ゴブリン、コボルト、ホーンラビットが観測されており、それ以外の魔物が出た報告はない。
階層も5階層と大きくなく、ダンジョンが現出してから変化がない為そう言われている。
そんな『駆け出しダンジョン』でも死亡者はいる。
1番死亡率が高いのはゴブリンでもなく、コボルトでもなく、ホーンラビット。
1本角を生やしたウサギ型の魔物で凄く可愛らしい。
この可愛さに気を緩める駆け出しの冒険者は多く、その角の餌食になる者が多い。
まだ悠斗はホーンラビットに出会っていないのだが、だからこそ『気をつけないとな~』と考えていた。
そんな時、奥の方から微かに動物の鳴き声の様な音が聞こえてきた。
「ん? なんか奥の方から聞こえないか?」
悠斗の訴えにコクリと頷くふじこ。
「魔物が近づいてきてるのか……? なら休憩は終わりだ。行くぞふじこ」
立ち上がった悠斗は剣を鞘から抜き出して、警戒しながら進む。
「どんどん音が近くなってるな。気をつけろふじこ」
2人は慎重に先へ進んでいく。
『きゅ~ きゅ~』といった鳴き声や何かを叩く音が聞こえてくる。
警戒しながら進んでいくと、そこには1本角を折られたホーンラビットが3体のゴブリンに虐められていた。
「ホーンラビットが何で……ん? よく見たら角が折れてるな」
ホーンラビットにとって額から生えている1本の角は彼等にとって生きるのに大事な物だ。
雑食であるホーンラビットは、この角で相手を穿いて食べて生活している。
つまり、角が折れたという事は自分で食料を調達できなくなるのだ。
また、角を大事にしているホーンラビットにとって、角がない同種族を仲間として認めない習性がある。
だからこのホーンラビットは角が折れた時からずっと一人ぼっちだったのだろう。
ゴブリン達から受けている打撲の痕の他、体は痩せ細ていた。
近づいてくる足音と声にゴブリンも、そして虐められているホーンラビットも気づいたのだろう。
ゴブリン達は『ギャッ! ギャッ!』と威嚇をしてくる。
悠斗は内心『浦島太郎か何かで見たことある構図だな』と余計な事を考えながら剣を構えた。
ホーンラビットを虐めるのに飽きたのか、ゴブリン達が悠斗とふじこへ一斉に襲ってくる。
3階層まで降り立った悠斗とふじこにとって、すでにゴブリン達とは戦い慣れていた。
あっさりと2匹を斬り殺した悠斗、その背後を襲おうと思っているゴブリンにはふじこがウォータカッターで首を切断。
悠斗の指示も無く、連携をするふじこ。
2人はこのダンジョンでまた1つ信頼関係を深めたようだ。
残ったのは虐められていたホーンラビット1体。
『きゅ~』と鳴きながらビクビク怯えている。
「どうすっかな……」
魔物と云えど、流石にここまで弱った相手を殺すには忍びない。
「魔物を見逃すのは……いや、ここは駆け出しダンジョンだし……」
ブツブツと独り言を言いながら思案している間に、ふじこは掴んでいた悠斗の服から手を離してホーンラビットに向かって歩き出した。
「あっこらふじこ!」
悠斗が注意をするのだが、ちょっと遅い。
ふじこはすでにホーンラビットの目の前まできていた。
ふじこは目線を合わせるようにしゃがみ込むとゴソゴソと鞄の中から1枚のクッキーを取り出す。
そのクッキーを無言で差し出した。
ホーンラビットはいきなり近づいてきた人物を怖がり、本能なのかさしだされたクッキーではなく、ふじこの手に噛み付く。
「いてぇ! えっ何で俺が痛いの!?」
よく見るとふじこは確かに噛まれているのだが、手から血が流れ出たりはしていない。
逆に悠斗の手はふじこが噛まれた所と同じ箇所から血を流していた。
「あっこれもしかして『生命共有』っていうふじこのスキルが関係してるのか?」
頭が混乱している悠斗を他所に、ふじこは手を引っ込めずにクッキーを差し出していた。
ふじこの心が通じたのか、そもそもふじこに心があるのかは分からないが、ホーンラビットは噛み付くのを止めて、ふじこの手をペロペロと舐めだす。
その後スンスンとクッキーを匂い、問題が無かったのか食べ始めた。
手が噛まれたのを気にしてないのか、食べ始めたホーンラビットを小さな手で頭を撫でるふじこ。
ホーンラビットは食べ終わるとそんなふじこにすり寄って、頭を擦りつけている。
『きゅ~♪』
「いや、『きゅ~♪』じゃねぇよ。ほらっふじこから離れろ」
悠斗があしらおうとするのだが、ふじこが手を広げて邪魔をする。
悠斗の手から守っているようだ。
ホーンラビットはふじこの後ろに隠れて『きゅ~』と怯えて鳴いている。
「ふじこお前……まさかとは思うが、そこの魔物を連れていきたいなんて言わないよな?」
ふじこは頭を上下に動かして、そうだと訴えているようだ。
ホーンラビットも仲間になりたそうに『きゅ~』と鳴いて悠斗を見ている。
「ホーンラビットが仲間になりたそうにこちらを見ているってか。ドラ○エじゃねぇんだぞ……マジか?」
悠斗の「マジか?」にコクリと頷くふじこ。
「はぁ~どうすっかな……。いや、これが日本だったら別に動物の1匹ぐらいいいけどさ、ここは異世界だしこいつは魔物だし……」
悠斗は「あ~う~」と悩んだ末にこう結論した。
「よし、保留」
今ここで結論を出すのは止めた。それよりも先に進もうと考えたのだ。
時間が経てばふじこも気持ちを変えてくれるかもしれないと悠斗は考えた。
もちろん魔物であるホーンラビットも野生に返るかもしれない。
とりあえずそう結論づけた悠斗はふじことホーンラビットに注意する。
「いいかふじこ、とりあえず保留だ。アルマ達やシルベスタさんがダメだと言ったら諦めるんだ。そしてホーンラビット、お前もふじこや他の人に危害を加えるんじゃないぞ」
「……(コクリ)」
『きゅ~♪』
アルマ達やシルベスタに許可を貰おうと考えてる辺り、悠斗も内心追い出したりといった事は考えてないのかもしれない。
こうして新たにホーンラビットという魔物が1匹同行する事となった。
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