第19話 はじめてのだんじょん
アルマ達が王女捜索の任に当たっている頃、そんな事は露も知らない悠斗はダンジョンの入り口に立っていた。
「へ~ここがダンジョンか」
ダンジョンの中は薄暗く、遠くを見通す程の灯りは無い。
「ふじこ、俺から離れるんじゃないぞ」
ふじこはコクリと頷くと、悠斗の服をギュっと握る。
「いくか!」
左手に松明を持って準備は万端だ。
「確か最下層まで行っても、夕刻ぐらいには戻れるっておっさんが行ってたっけ」
そう悠斗が呟くが、勿論独り言だ。
ふじこは黙ってトコトコ歩いているだけでとくに反応はない。
道なりに歩いて進んでいくと遠くから微かに足音が反響して聞こえてくる。
「ふじこ、ここからはいつもの緑色のスライムではない魔物が出るんだ。絶対に俺の前に出るんじゃないぞ」
悠斗はそうふじこに語りかけると、剣を抜いて構える。
段々と複数の足音が大きくなってくるのを聴いて、悠斗は剣の柄を握る力が強まっていく。
微かに足音以外の『ギャッギャッ』という鳴き声も聞こえてくる。
剣を構えて待っているとダンジョンで出会う初めての魔物の姿が見えてきた。
肌の色は緑色、背丈はふじこと比べて気持ち大きいかな? 程度の大きさ。
装備は腰みのに木の棒やどこから拾ってきたのか、刃こぼれしている粗末なショートソードだったりと統一されていない。
ゴブリン達は悠斗とふじこの姿を視認すると『ギャッギャッ』と小躍りしている。
視線は悠斗よりもふじこに集中していた。
ゴブリンからすれば柔らかい肉であるし、幼子といえど多種族の雌はゴブリンからすれば上玉だ。
欲望の捌け口にするのにちょうどいい。
ゴブリン達は駆け足になり悠斗とふじこに向かっていく。
「3体か……ヨシッ! 悠斗様の勇姿を見せてやるぜ。うぉぉぉぉぉぉ」
悠斗もゴブリン達に向かって駆け出していく。
彼はスライム狩りをして一体何を学んできたのだろう、大きくジャンプをして振り上げた剣を力強く振り下ろす。
「うらぁ!」
『ゴブリャ!』
先頭を走っていたゴブリン1体は悠斗のムダな動きに驚いて動きを止めてしまう。
そのまま振り下ろされた片手剣はゴブリンの頭に深く沈んでいき、そのまま倒れた。
これがゴブリンでなければ簡単に避けられて返り討ちにあっていただろう。
サクッと倒せたのに気分を良くした悠斗は、調子に乗って2体目のゴブリンに斬りかかる。
逆袈裟に振り上げた剣の軌道はゴブリンの胴体を斜めに斬り裂き、血を吹き出して倒れていく。
「俺ってやるじゃん!」
本当に調子に乗っていた故、背後に迫ってくる最後の1体に気が付かなかった。
スライムばかり倒してレベルを上げたせいなのか、はたまたふじこ任せのせいなのか、ここで戦闘の経験不足が裏目に出る。
悠斗が気配に気づいて振り返ると、最後に残ったゴブリンは刃こぼれしているショートソードを振り下ろそうとしていた。
すでに回避行動も防御行動も間に合わず、呆気なく悠斗は弱い魔物しか出ないダンジョンの1階層で命の灯火が消える――事はなかった。
悠斗が驚愕の叫びをあげようとしていた時、後方から高圧の水がゴブリンの頭を貫いていく。
最後に残ったゴブリンは自分が死んだ事にも気がついてない様な顔をして絶命していた。
「助かったぜふじこ。やっぱ俺らいいコンビかもな」
そう語りかけた悠斗であったが、無言の蹴りがふじこからの回答であった。
「いや、本当すまん、ごめん、許してください調子に乗ってました」
謝り倒し、ようやく無言の蹴りをやめたふじこを見た悠斗は立ち上がると死んだゴブリンの死体から魔石と右耳を斬り落としていく。
「よし、討伐の証と魔石はこれでいいんだっけ。にしてもこのまま放っておいたら死体が無くなるってダンジョンは不思議だな」
「な?」とふじこに同意を求める悠斗だが返事はない、ただのふじこの様だ。
ダンジョン内で死亡した生き物は、一定時間が経つと死体ごと消えてなくなる。
これはダンジョンで生まれる魔物や、もちろんダンジョン内で死亡した者も装備だけ残して消えてなくなる。
理由は不明だが、恐らくダンジョンが死亡した生物から何かしら生命力みたいな物に変換してるんじゃないか……というのがクレヴィスの考えだ。
余談だが、それを聞いた悠斗は興味無さそうにしていたら殴られた。
「んじゃいくか! 次はもう油断しねぇ」
気持ちを切り替えて先を進む悠斗。
流石に調子にノリすぎたと反省したのだろう、ヘラヘラとした顔を引き締めて真面目な顔している。
気を引き締めた悠斗はふじこを連れてどんどん前に進んでいく。
道中見覚えのあるスライムやゴブリンと戦いつつも、歩くと左右に分かれ道が見えてくる。
「ここで分かれ道か……。どっちに行きたい?」
悠斗が決めてしまって進んでもいいのだが、1人で進んでいるわけじゃない。
ふじこには何事も経験してほしいと思っている。
他に知らない人がいるなら幼女に選択させるような事はさせないが、今はそうじゃない。
こうして2人で冒険している時ぐらいふじこには選んで欲しいと悠斗は思っている。
その結果何があったとしても、大人として責任を持つのが保護者である自分だと悠斗は考えているのだ。
ふじこは左の道を見たり、右の道を見たりキョロキョロして考えた結果、右の道を選択した。
「右だな。んじゃいくか」
コクリと頷くふじこを見て、先に進んでいく悠斗。
「にしても1本道って聞いてたのに分かれ道があるじゃねぇか。あのおっさん適当な事言いやがって」
そう愚痴りながらも前に進む悠斗とふじこ。
歩いていると道中に宝箱が見つかる。
「ゲームとかで見る分には不思議に思わなかったけど、こうして実際に見ると完全に不審物だよな」
道端の隅にポツンと置かれた木製の宝箱が落ちていたのだ。
「これ宝箱ごと持っていかれたりしないのか?」
そう言いながら宝箱を持ち上げようとするのだが、地面とくっついて離れようとしない。
「ンギギギギギ! はぁ~駄目だな。地面と宝箱がくっついてるんじゃないか?」
この世界の冒険者がダンジョンにある宝箱をそのまま持っていかないのも、大きくて嵩張るというのが理由じゃなく、そもそも持って帰れないからだ。
これも理由は判明していないが、学者によれば『ダンジョンにある宝箱は存在自体ダンジョンが生み出した生成物だからではないか』と言われているが、実際の所は分からない。
「さて、開けてみたいんだが鍵がかかってるな。俺にピッキング技術なんてある訳がないし……う~ん……」
どうしたものかと思案する悠斗だが「そうだ!」と何か閃く。
「ふじこ先生、鍵を溶かす液体とか出せない?」
頭をコテンと傾けている。鍵を溶かす液体というのが分からないようだ。
ふじこは右手を差し出した。
悠斗は意味が分からないままふじこの右手を握る。
「手を握って欲しいのか。もしかして寂しくなったのか?」
ふじこは悠斗の足を叩く事で返答する。
「違うのか……手を握るのに意味がある?」
コクコクと頷くふじこ。
『言葉で話せたら早いのにな』と内心考えつつも、今はふじこが伝えたい事は何なのか思案する。
「ふじこは溶かす液体が何かは分からない、でも俺に手を握るって事はこの行為に意味があるはずだ……俺に出来ることは考える事しかできな……あっ」
考えが閃いたのか、答えが分かった子供の様な顔してふじこへ顔を向ける。
「鍵を溶かす液体ってのを俺が考えろって事か?」
コクコクと頷くふじこ。
「はぁ~なるほど、そういえばふじこは俺のスキルだったな。そういやそうだ」
1人納得するものの「鉄を溶かす液体ってなんだ?」とパッと出てこない悠斗。
「硫酸はどうだ? 確かドロっとした液体で金属を溶かしたような……」
学生時代の科学の実験を思い出す悠斗。
正解だったのか、ふじこが指先を宝箱の鍵に向ける。
ドロっとした液体が指先から垂れていき、鍵はシュ~っと音とたてながら溶けていく。
そんな様子を見て『怖ええええ』と思いながらも、悠斗は真面目な顔をしてふじこに語りかける。
「ふじこ、さっき出した奴は俺の許可無く使うんじゃないぞ。ほらっ指切りだ」
悠斗はふじこの小指と絡めて指切りをした。
ふじこも理解できたのか、コクリと頭を動かす。
「さてっ鍵も開いたことだし、中身は何だろな」
ウキウキで宝箱を開けてみると、中には1着のフードが入っていた。
「フードか……サイズは大きくてふじこには着れないな……デザインがちょっと可愛くて男性向けじゃないし……これは帰ったらアルマ達のお土産にでもするか」
少々がっかり気味ながらもフードを折りたたんで鞄の中に仕舞う。
「それじゃ気を取り直して進むぞ」
気を取り直して進み出す悠斗とふじこ。
それ以降特に何か変わったイベントは起きることもなく、悠斗達は淡々と奥へ奥へと進んでいった。
簡単な描写だけど、戦闘書くの楽しーーい!
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