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第113話 対巨大な獣戦 前編

「そのセリフはこちらですよ。……さあ、我々の敵を排除すると致しましょう」


 アブラはそう言って偽の大精霊の身体を優しく撫でる。

 その表情は狂喜に満ちた顔をしており、しかし大切な人へ接するかの様な態度でもあった。

 偽の大精霊はアブラの声へ応える様に、赤い肌の巨大な獣は立ち上がる。


『ゴアァァァァァァァァァァ!』


 偽の大精霊による叫び声に周囲が振動する。

 悠斗は剣を構えてナルシャを下がらせようとするのだが、その背後には警備兵達が武器を構えて悠斗達に刃を向けていた。


「逃げ場はないか……ナルシャ、俺から離れるなよ」


「うん!」


 ナルシャの声を合図に、巨大な獣が動き出す。


「早い!」


 大きな身体から思いも寄らない速度を出して、赤い肌の巨大な獣は悠斗へ向けて走り出した。

 巨大な獣の腕は長く、悠斗から少し離れていても攻撃できるのか、腕を振り上げるのが早い。

 悠斗はすぐさまナルシャとふじこを抱えて横へ飛んだ。

 悠斗の動きを察してリーエルとミラもすぐさま逃げる。

 その直後、部屋全体が揺れ動いて粉塵が舞った。

 間一髪の所で避けきれた悠斗達は、抱えていたふじことナルシャの無事を確認する。


「大丈夫か? ふじこ・ナルシャ」


「んっ」


「大丈夫、けど……」


 巨大な獣から繰り出された攻撃の衝撃は大きく、粉塵が消えた先には大きく深い爪痕が描かれる。

 悠斗の背後にいた警備兵の一部も巻き込まれていて、彼らは無残な姿に変わっていた。

 しかし、その中でも無事だった者達はいたが、気が動転していて中々言葉が出ない。

 我に返った者達は状況を認識すると叫びながら逃げていく。

 その恐怖は伝染していき、やがてその声は感染するかの様に広がり阿鼻叫喚となっていく。


 その状況を見て悠斗はアブラを睨みつけて。


「アブラ……お前、関係ない者達まで巻き込んで……!?」


 悠斗の怒り声を聞いてもアブラの表情は狂喜に満ちたまま変わっていない。


「彼らも火の大精霊様の手で天へ送られたのですから、本望でしょう!」


「アブラ…………あんた本気言ってるのか?」


「ええ、本気ですが?」


 何を当たり前のことを? と逆に問いかけるような表情をしているアブラ。

 悠斗はアブラの顔を見ると、迷いは消えたのか剣を抜く。


「もういい、わかった――」


 悠斗はアブラへ一言告げると、巨大な獣へ斬りかかる。

 巨大な獣の腕を斬りつけようとするのだが、鉄にでも叩きつけたかの様に硬かった。


「なっ硬い!?」


 予想外の硬さに悠斗の動きが一瞬止まる。

 リーエルは悠斗へ助け舟にみずてっぽうを放つ。


「これならどうじゃ!」


 水圧の威力が強かったのか、巨大な獣はそのまま吹き飛んで壁に激突する。


「やったのじゃ!」


 リーエルの言ったフラグをすぐさま回収するかの様に、巨大な獣に目新しい傷などは見当たらない。

 しかし、みずてっぽうで濡れてしまった毛が不快なのか、巨大な獣は身体を揺らして水分を飛ばす。

 綺麗好きなのか、毛づくろいまでする程にかなり余裕がありそうで、リーエルの攻撃を受けたはずなのだが然程ダメージを負っている様には見られない。


「割と本気だったんじゃがの……」


「次はボクの番なのだ!」


 落ち込んだリーエルと違い、ミラは何だか楽しそうに目をキラキラさせて自身の魔力を貯める。


「ミラちゃん変身なのだ!」


 ミラの叫びと同時に、強い光に包まれると幼女だったサイズがニョキニョキと大きくなり、成人の大きさにまで身長が伸びる。

 強い光が収まると、そこには片目だけ閉じてポーズを決める少し残念だがスタイルのいい女性が現れた。


「ミラちゃん大人モードなのだ!」


 身体が大きくなったのだが、大きくなったのは見た目だけで精神的な所は成長していない。

 緊張感がない彼女はスラッと長い足を強く踏み込み、「いくのだ!」と締まらない掛け声と共に駆け出していく。

 その速度は最早人間が出せる速度ではなく、瞬きする一瞬の間に巨大な獣へ詰め寄ると、高く飛び上がってはそのまま後頭部へ拳を叩きつける。

 明らかに女性の細い腕にしか見えないのだが、どこにそんな威力があるのか巨大な獣は振り込まれた拳の強さに比例して、頭を地面へ叩きつけられた。


『グガッ!?』


 続け様にミラは休む暇も与えないのか、今度はスラッと長い右足で巨大な獣の胴を蹴り上げる。

 大太鼓でも叩いたかの様な鈍い音が鳴り、巨大な獣の身体が宙を浮く。

 ミラは素早く身体を半回転させ、そのまま回し蹴りを繰り出す。

 凄まじい威力に巨大な獣は為す術もなく身体を吹き飛ばされ壁に激突する。

 その余波で部屋全体は大きく揺れて騒音は周囲に響き渡る。


「今度こそやったのだ!」


 ミラが繰り出した連撃の威力は凄まじく、口に生えている鋭い牙は折れ、口から血を流してその姿は満身創痍に見える。

 眠るように壁を背に倒れた巨大な獣の姿を見て、勝負はついたと思った悠斗。


 しかし――。


「まだ動けるのかよ……」


 眠りから覚めた猛者の如く、強く地面を踏みしめて巨大な獣は立ち上がる。


『ゴアァァァァァァァァァァ!』


 怒りをただ一点へぶつけるように、ミラを睨み返している。


「まだまだ元気みたいなのだ? それなら――」


 また繰り出そうと動き出すミラであったのだが、突然光に包まれては身体のサイズが元の幼女サイズへ戻る。


「わっとと!」


 突然の変化に驚くミラはそのまま横転してしまう。


「えへへ~魔力が切れちゃったのだ!」


 魔力が切れてしまい、変身が解けて元の姿に戻るミラ。

 テヘヘ笑いながら悠斗の方を見ているミラに向かい、巨大な拳が襲いかかる。

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