4話 城塞都市カンテール
ようやく城塞都市カンテールの中へ入れる。
この世界に転生してから、まだ一時間ほどだが、結構な経験をして、今、俺はレイヤとロクサーヌと共に、カンテールの街中へ入ろうとしている。
「で、この都市に入るためのお金は幾らなんだ?」
「一人十ベリスよ」
「そのベリスってのは通貨の単位でいいんだよな?」
「ええ。一ベリス一円てところかしら」
「え? てことは、入場料十円!? やっす!」
「まぁそうね」
「十円すら持って無かったんだ、レイヤは女神なのに……」
「そんな目で見ないでくれる?」
そんな事を言いながら、大きな橋を渡り、大門へ近づく。
大門には、相変わらずたくさんの兵士が目を光らせていた。
歩いている途中でさっきレイヤを突き飛ばした兵士に会う。
「おい、ちょっと待てお前ら」
「何でしょうか?」
「金は持ってきたのか? そこの自称女神も」
レイヤを見て、そう言いながら嘲笑う兵士に向かって、お金を投げつけるレイヤ。
「これで文句はないわね? それから自称ではなくて本物の女神ですから。その辺間違わないようにしてちょうだい」
と、啖呵を切ったレイヤに対して、生暖かい目をして嘲笑いながら兵士はこう言った。
「分かりました。女神さま、まぁ色々あると思うが、なにがあっても頑張れよ」
「ふん」
と、恥ずかしげもなく偉そうに進んでいくレイヤ。
しかし、ロクサーヌが兵士に向かっていって、文句を言い始めた。
「あなたは女神レイヤ様に大変失礼な事を言っているのが分かっているのですか? 先程の嘲笑を謝って下さい。さもなければあたしが許しません。もちろん神もです」
と、二メートル近くある兵士に、首をほぼ真上に向けて、恐ろしい狂信者の瞳でロクサーヌは言った。
「あ、ああ、悪かったな、お嬢ちゃん。女神様に謝るよ、この通り」
そう言って膝を着いて頭を下げた。そして、レイヤが投げつけたお金をロクサーヌに渡す。
「女神レイヤ様はとてもお優しい方です。きっと、その謝罪を受け入れて下さることでしょう。あなたに幸があらん事を」
ロクサーヌはそう言って、兵士の頭を撫でてから前を歩いて行った。
俺は、なんというか居た堪れない気持ちで、腰を折りながら「すいませんすいません」と言い回りながら、兵士たちの前を歩いていく。
大門を潜って後ろを向き、「どうもすいません」と最後に腰を折っていると、さっきの兵士が俺のところにきて耳元でそっと囁く。
「お前さんも大変だな、頭のおかしな奴を二人も。頑張れよ。困ったことがあったら、いつでも騎士団の詰所に来な。俺の名はガルベスだ。しかし、あれだけ綺麗なのになあ……」
勿体無いなあ~と、とても優しい表情で話してくれた。
「あ、は、はい、ありがとうございます」
俺は、そうお礼を言ってガルベスさんから離れていく。
そして、ようやく俺たちは城塞都市カンテールの中へと入った。
◇
レイヤの説明によると、この城塞都市カンテールは城塞都市というだけあり、都市の真ん中に城があり、その城を中心に螺旋状に街が形成されている。
隣国であるウルリッヒ帝国と、一触即発状態である現在のヘットフィールド王国は、いつ戦争になるか分からない為、この城塞都市カンテールは、戦争になった時に緒戦を戦う、とても大事なヘットフィールド王国の拠点らしい。
なので、門に兵士がたくさんいるのだと言っていた。
建物は全て石造りであり、菱形の石が綺麗に並んで出来ている道路を俺たちは歩いている。
道幅も広く、馬車が時折俺たちを追い抜いて行く。
「なんつーか、重厚な街だな、ここ」
「そうね。地震があったら大変そうだわ」
「でも、規則正しい街並みがわたし好みでとても綺麗ですね」
三人三様な感想を言いつつ、目指すは当分宿泊するであろう宿屋である。
その宿屋は、サンガリ亭といい、レイヤの謎のコネクションで予約はもうしてあるという。
転生して間もない俺にはコネクションという便利なものは何もないのに、なんでレイヤにはあるのだろう。
そんな事を考えていると、サンガリ亭の前に着いた。
だいぶ城に近い区画で、建物も見るからに上等そうな、その宿屋に扉を開けてレイヤが入って行く。
その後を追って、俺とロクサーヌは中に入った。
サンガリ亭の一階は、受付と食事を摂る、所謂レストランみたいなお店と、併設してあるラウンジがあって、宿は二階から5階までのようだ。
レイヤは真っ直ぐに受付へ向かい、受付のお姉さんと何かを話している。
お姉さんが裏へ行くと、その行ったドアから白髪をオールバックにした、ナイスなミドルが出てきた。
若い頃はかなりのイケメンだった事を思わせるシワの入った精悍な面構え。
白い髭もしっかりと整えられ、貴族の執事と言われても納得してしまいそうな黒の燕尾服と、その立ち振る舞い。
どれを取っても一級品だと思われる、その姿勢正しきその姿が、レイヤから俺とロクサーヌに視線を向ける。
すると、レイヤがこちらを向いて俺たちを呼んだ。
呼ばれたので受付へと歩いて行く、ロクサーヌと俺。
「紹介するわ。こちらは、このサンガリ亭の主人のマールビル。で、こっちが、私の下僕であるカズヤと妹のロクサーヌよ」
と、俺たちと、ナイスミドルを見やりながら紹介した。
「初めまして、わたくしはマールビル・クワトロと申します。気軽にマールビルとお呼び下さい。カズヤ様、ロクサーヌ様、どうぞお見知り置きを」
ヤバい。かっこいい、この人。惚れてしまう。
この世界の父と呼ぼう。
「あ、初めまして。俺は下僕ではなく、普通の人間でカトウカズヤと言います。よろしくお願いします」
俺はそう言って、差し出された右手を掴んで握手をする。
「わたしはロクサーヌです。マールビル殿、よろしくお願いいたします」
そう言いながら、満面の笑顔を見せるロクサーヌ。
ロクサーヌの青い髪と碧い瞳は、整った顔と相まって、普段は小学生にしか見えないのに、マールビルに対するその姿は、すっかり淑女であった。
女って怖い。ロクサーヌは女神見習いだけど。
「さて、それではお部屋へご案内いたしましょう。ジル、お願いします」
そうマールビルが言うと、年の頃は十七、八位の、長く艶のある金髪に碧眼の、レイヤに負けずとも劣らずな美女がやってきた。
そして、「それではご案内いたします」と言って、俺たち三人を部屋へと案内してくれた。
◇
「おい、マールビルって何者なんだよ。あとジルって綺麗すぎないか? なあ、レイヤ」
「うるさいわね。少しは黙りなさいよ。ロクサーヌを見習ってちょうだい」
俺たちの部屋は五階の一番奥で、俺が一部屋とレイヤ、ロクサーヌで一部屋という二部屋を貸してもらった。
サンガリ亭で最高級の部屋だ。
なんなのこの高待遇。怖いんですけど。
というわけで、今は夕食をとった後、レストランに併設しているラウンジでお茶を飲んでいた。
ロクサーヌは俺とレイヤが話すのをニコニコしながら見つめている。
俺たちが喋るのを見ているのが面白いらしい。
「なあ、どうなんだよ、そこんとこ」
「カズヤは本当にうるさいわね。そんな事より、これからどうやって生活をしていくか、でしょうに」
「あー……なんつーか、全く考えてもいなかったわー、それ」
「赤ん坊として転生しなくて良かったわね。赤ん坊で転生していたら、とっくにうっかりと死んでいたでしょうね、カズヤは」
「うっかり言うなよ。気にしてんだから……」
「ふふ。気にしていたの? それは良かった」
「…………」
相変わらずレイヤは俺をからかうのが面白いらしい。
まぁ生粋のサディストだからな、仕方ないか。
「マールビルは、私がこの世界にいた時の古い知り合いよ。とても古い」
「え? ここにいた事あんの?」
「ええ。昔ね」
「ふーん」
まぁなんというか、転生したり女神が普通にいる事を考えれば、そういう事もあるんだろうな。
なんて思って、それ以上は詮索しなかった。
「で、カズヤはどうやって私たちを食べさせていくのかしら」
「は? 食べさせてって……なに? 俺が金を稼ぐの? ロクサーヌの五百万は?」
「当たり前じゃない。私はあなたの力が暴発しない為に、カズヤに死ぬまでついていなきゃいけないのよ? お分かり? 五百万は使う予定があるからダメよ。そうね……カズヤは生前は学生だったわよね?」
「うん、大学生」
「もちろんDTよね」
「DT言うな。この力のせいで友人もいねえよ」
「とすると、素人でもできるのは冒険者ぐらいかしら」
「冒険者?」
「そう。この街にも冒険者ギルドがあるから、そこで冒険者登録をして、依頼、クエストをクリアすれば報酬はもらえるわね」
「んー……まぁ超能力あるし……でも、それ以外は本当に俺にできそうにないの?」
「無いわね」
「……」
「明日にでも行ってみましょう」
冒険者と言われて思いつくのは、危険な仕事という事と、自分のうっかり度だった。
うっかり死ねば、人生がまた終わってしまう。
日本にいた時は十九年。短かすぎる人生だった。
まぁある意味、前世の死がトラウマになっているというか……。
「んー……」
「なに? 他になにか出来ると思ってるわけ?」
「いや、そうじゃなくてさ、冒険者って危ない事もするんだろ? うっかり死ななけりゃいいんだけど……」
「初めから難しい事をしなくてもいいんじゃない? 簡単なことからやっていけば?」
「簡単なことねえ……」
「もちろん、私もロクサーヌも手伝うわよ?」
「でも、女神の力は使えないんだろ?」
「魔法は使えるのは知ってるでしょ?」
「まぁ、良くわかんないけど、とりあえず明日行ってみるか……」
というわけで、とりあえず転生一日目が終わりを告げる。
そして、俺は明日、冒険者ギルドへ行くことになった。
お金を稼ぐために。そして、生きるために。
最後にロクサーヌがレイヤに聞いた。
「レイヤ様、DTとはなんですか?」
「DTとは、三十歳までソレを守ると、天使になれると言う大切な宝物です」
レイヤはそう答えた。
「うるせーよ」
俺はそうひとりごちた。