2話 お金のない二人
気がつくと、俺と女神は道に立っていた。
文字通り立っていた。
「あぁ、体が重いわ。重力って本当にイヤ。もうなんなのよ」
「あ、あのう……」
「なに?」
「ここは何処ですか?」
のどかな畑の風景を見ながら女神に聞いた。
「えー、今世のミッションを言います」
「へ?」
「今回は、この世界を我が物にしようと、ひっそりと頑張っている魔族の王、略して魔王を倒して下さい。以上です」
「…………」
何かのセリフのように、平坦に棒読みで言って、女神レイヤはタバコに火を点けた。
俺は呆れてその場に座り込む。
これからこの世界で生きていくのだから、詳しい事を聞きたかったのだけど、この女神は話す気がないらしい。
というか、ミッションて。ミッションてなに?
しかも、『魔王』とか言ってたよな?
「あのさ、女神さん、意味がわからないんだけど」
「あら、突然のタメ口。驚くからやめてくれる? 敬語なら敬語で通して欲しいのだけど」
「…………じゃ、じゃあ敬語なしでお願いします」
「はいはい」
なにこの女神。人の話を聞かない系な感じ?
プハーと煙を口から出して、目の前の道を歩き出す女神レイヤ。
「てか、魔王とか冗談だよね?」
「そうね、冗談でも言ってないとやってられないわね」
「え? なに、やってられないって。マジなの? マジなんですか?」
「どちらでもいいじゃない。私はこの世界でやる事があるのよ。とりあえず、街へ行きましょう。ここにいてもしかたないし変な虫もいるし。それから、また、うっかり死なないように」
そう言って、さっさと先に行ってしまう。
俺は慌てて女神の後をついていく。
「ちょっ、待ってくれよ。俺はついさっき死んだばかりなんだぞ?」
面倒くさそうに後ろを向いて女神が言う。
「だから? グチグチ言ってないでさっさとついて来なさい。面倒くさいわね。あなた腐っても男でしょ? 下についてるものは飾りなの? ついてくるの? こないの?」
「いや、だから……って……もう、いいよ。ついてけばいいんだろ、ついていけば」
俺はぶうぶう文句を言いながら後を追う。
「初めから素直についてくればいいのよ。面倒くさい」
振り返り、蔑んだ翡翠色の目で俺を見る女神レイヤ。
はっきり言おう。俺は怒っている。
女神だかなんだか知らないが、なんでこんな扱いを受けなければならないのだ。
ヤバいくらい綺麗だからといって、スタイルが良いからといって、胸も大きくて綺麗で長い銀髪だからって、可愛い白のワンピースを着ているからって、誰もがお前を許すと思うなよ? 俺はお前にこんな扱いを受ける筋合いはない。
断じて無い。
そして、少しだけ力を見せつけてやろうと思い、女神の頭に圧縮した空気を撃ち込んだ。
しかし、スカっという音がして女神が振り向いて言う。
「だから、言ってるでしょ? 私にはあなたの力は通じないって」
「チッ……」
「そう言う体質なのよ」
女神レイヤの頭に直撃したはずの先ほどの空気弾は、スカっという音とともに霧散してしまった。
やっぱり駄目なんだ、こいつに超能力は通用しないんだ……。
俺は項垂れて、とぼとぼと後をついていく。
「まったく……本当にあなたは超能力以外はダメね。その平坦で特徴のない顔もボサボサの髪の毛も、中肉中背で普通のスタイルも性格も。あと、上下で着ているブカブカなグレーのスウェットも」
呆れて物も言えないと肩をすくめてから、女神レイヤは前を向いて偉そうに歩いていく。
いじけて、しかたなく後をついていく。しかし、なんだろうか、この敗北感は。
そして、二人とも無言のまま、二時間ほど歩くと、とても大きな城壁が見えてきた。
「あの大きな城壁に囲まれた街が城塞都市カンテールよ。あそこで私の部下が待っているはずだから、詳しい話はあそこで。いいわね?」
突然そう言うと、レイヤは俺のほうを見向きもせずに、またタバコに火を点けた。
歩きタバコは反対だ。いや、ここは多分、日本じゃないから別にいいんだけどさ、この人って女神なんだよね?
◇
ほどなくして城塞都市カンテールに着いた。
十メートルはあろうかという高く頑丈そうな城壁。
街へ入るためのでかい大門には、全身を鎧で固めた兵士らしき人がたくさんいる。
というか、全身鎧なんて初めて見た。
いったい、どういう所なんだろうか。
詳しい話は後で聞くことになるのだけど、少し不安になってきた。
そして今、俺たちは大きな門の前、たくさんの人が行き交う中、立ち話をしている。
「さて、このカンテールに入るにはお金が必要なのだけど、ロクサーヌに連絡が取れないわね」
「ロクサーヌって部下の人?」
「ええ。正確には女神見習いね。あぁ、ところで今回のあなたの名前を聞いてなかったわね。なんというの?」
「え? 今回の? 俺の名前? 神とかに聞いてんじゃないの?」
「聞いたのだけど忘れてしまって」
そう言うとテヘっと微笑する女神レイヤ。
反則級に綺麗で可愛い。まだまだ青春真っ只中の俺にはキツい微笑だ。腹が立つ。
「俺の名前は、加藤和也。改めてこれからよろしく、女神レイヤ」
「カズヤ、ね。前世と変わってないのね。名前は変わると言っていたのだけど……まぁいいわ、了解。私のことは特別にレイヤと呼んでいいわよ。それから、女神の力は下界では殆ど使えないから、しっかり守ってちょうだい」
初めから思っていたのだけど、なんで上からモノを言うのだろうか、この人。いやこの女神。
上からモノを言わないと死ぬ病か何かか?
「で、そのロクサーヌとか言う女神見習いはどこにいんだよ」
「今、【伝言】をしてるのだけど、返事がないのよ。ロクサーヌがいないとお金がないからカンテール内に入らないのだけど」
「【伝言】てなに?」
「魔法よ、魔法」
「ん? 魔法? レイヤって魔法が使えるの? てか魔法!? あの魔法?」
なるほど。すると、ある意味、レイヤも超能力者というわけか。
「そうよ? ここは地球とは物理法則は殆ど同じなのだけど、文化とか色々違うのよ。説明するのが面倒だから後でいい?」
面倒ってなんだよ、面倒って。
話してくれなければ、ここがどういう所なのか全く想像できないじゃないか……いやマジで不安しかない。
まあ、それはさて置き、まずはお金と女神見習いロクサーヌ、と。
「金が無いと入れないんだよな、この街は。どうすんだ?」
「そうね、仕方ないから女神の力【魅了】を使うしかないわね」
「大丈夫なのかよ」
「任せなさい」
そう言うとレイヤは大門へ向かい、偉そうに歩いて行く。
途中、兵士に止められるものの、何故かそのまま先へ行く。
そして、また兵士に止められて何かを身振り手振りで伝えているレイヤ。
しかし、その兵士はレイヤの肩を押して追い返そうとし、その勢いでレイヤは倒れてしまった。
レイヤは、着ているワンピースを手のひらでハタキながら、偉そうに立ち上がる。
そして、もう一度、兵士へ向かって何か言おうとした瞬間に十人ほどに囲まれた。
俺は、急ぎダッシュしてその場へ向かい声をかける。
「す、すいません、うちのツレがなにか?」
背の高い兵士の一人が言った。
「この女が、自分は女神だからここを通せと無理を言うのだ。入りたければ金を払え。貴様はこの女の仲間か? こういう頭のおかしい女はきちんと仲間の貴様が教育しろ!」
そう言うと、レイヤを俺に押し付けて兵士たちは大門へ戻って行った。
「おい、【魅了】はどうした?」
「ふ、ふん。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、女神の力が通じなかっただけよ」
「もしかして女神の【魅了】が使えない……とか? そういや、女神の力は殆ど使えないって……」
「ふんっ」
「ダメじゃん」
俺がそう言うと早足に大門から離れて行くレイヤ。
そして、もとの場所に戻る俺たち。
「とりあえず、ロクサーヌっていう女神見習いを待つしかないんじゃないか?」
「ふん」
レイヤは激おこだった。
それはそれはもう、とんでもなく激おこだった。
何故ならば。
「ねえ、カズヤ。あの兵士たちを超能力で何処かへ吹き飛ばしてくれないかしら」
「いや、ダメだよ、やたらと使っちゃ。まだ何も分からないし、目立つことは極力避けたいんだよ」
「じゃ、じゃあ、私をつき飛ばした奴だけでいいから、お願い」
そう言って俺を拝むくらいに激おこだった。
「あ、ちょっと待って。俺がそのロクサーヌって人を探すから。つーか、自分が超能力持ちって忘れてたよ」
「あら、そうだったわ。その手があったわね。カズヤがマヌケ過ぎて思いつかなかったわよ」
「なに、その直球な悪口」
「早くして」
そう言い、腕を組んで偉そうに俺を見る。
「じゃあ、ちょっと頭さわるぞ?」
「は? イヤよ、気持ち悪い」
もの凄い渋面を作るレイヤ。
「……あのなぁ、記憶を視ないとロクサーヌを探せないだろ? てかレイヤの記憶って視れるのか? 超能力効かないんだろ?」
「記憶は平気よ。私を害する目的じゃなければね。そ、それよりも早くして」
手のひらで頭を鷲掴みにすると、レイヤは「ひっ」と言い、気持ち悪そうな顔をして我慢をした。
そんなに嫌がられると、さすがにへこむんだけど……。
「は、早くしてよ、気持ち悪い」
「もう少し我慢してくれ」
俺はそう言うと、レイヤの記憶の中からロクサーヌを発見した。
よし、と言って手のひらを離し、今度はロクサーヌを探す。
「ねえ、なにボケっと上を向いてバカな顔をしているの?」
「バカで悪かったな。ロクサーヌを探してるんだよ」
自分の目の前にパソコン画面が浮かび、その画面に地図が浮き上がる。そして、自分の位置とロクサーヌの位置を特定する。
イメージとしてはそんな感じだ。
「居たぞ。けっこう近くにいる」
「どこ?」
「今からロクサーヌのところへ行くから、どこでもいい、俺に触れてくれ」
「え? なんで私がカズヤに触れなきゃいけないの?」
「お前、実はバカだろ? な? 俺に触れてないと一緒に瞬間移動できないんだよ! 触れないと一生ロクサーヌに会えないぞ?」
「カズヤにお前呼ばわりされる筋合いはないのだけど。それから言っておきますが、私はバカではありません」
「…………」
「なによ」
「なんでも……」
と言うわけで、俺たちはロクサーヌを捜しに、というか、いる場所は分かっているので、会いに行くことになった。俺の超能力で。